インベンションとイノベーションの違い
田中:ここから本題に入らせてください。『イノベーションの競争戦略』、大変興味深い内容でした。内田先生は事例の出し方が秀逸で、たとえば冒頭でセグウェイの事例が出てきますよね。引用させていただくと、「イノベーティブな発明だったセグウェイは、果たしてイノベーションだったのだろうか」という問いを投げかけ、イノベーションの本質に迫ろうとされています。

少し私から説明させていただきますと、セグウェイは2000年頃に登場した自立二輪車です。たしかに、世の中に出てきた時のインパクトはすごかったけれど、ビジネスとしては失敗と言える結果になりました。偉大なインベンションでも、イノベーションにはなり得ないことがある――ということを事例を通して示されています。まずは、インベンションとイノベーションの違いを教えていただけますか?
内田:実は、この本を書く前はあまりその違いを明確に区別していませんでした。イノベーションというと、何となく「新しいものを出すこと」だとか「新しいサービスを始めること」だと考える節が一般的にありますよね。
ですが、研究を進めていくと「最初に画期的な発明をした」とは言えない商品やサービスが、世の中にイノベーションとして定着していることがわかってきました。
田中:最初の発見はそこだったわけですね。
内田:そうです。要は、最初にイノベーションを起こした主体とそのサービスやプロダクトではないものが、後々にイノベーションとして捉えられているケースも意外とある。わかりやすい例で言えば、TSUTAYAはレンタルCD・DVDのサービスで一時代を築きましたが、このサービスにも元々は他にパイオニアが存在しています。TSUTAYAは後から追っかける形で圧倒的な地位を築いたのです。
こうした例を踏まえると、「最初に新しいモノやコトを世に出すこと」もたしかにイノベーションの必要条件ではあるけれど、十分条件ではないということになります。世の中で言われている「イノベーション」は、その定義や概念に不足があるのではないかということで、ここを深掘りしていくことになりました。
発明の「横取り」でも、イノベーションにはなり得る
田中:なるほど。イノベーターと思われている企業も、実際には後追いである場合があるということですね。たしかに、よくよく考えてみると、いくつかそのような例を思いつきます。
内田:そうですよね。実は、他社の発明を後追い、言ってしまえば「横取り」して成功している例は多くあります。
田中:内田先生は、本の中でイノベーションを次のように定義されています。
イノベーションとは、これまでにない価値の創造により、顧客の行動が変わること。
『イノベーションの競争戦略:優れたイノベーターは0→1か? 横取りか?』P30より引用
つまり、顧客の行動を変えることにイノベーションの本質があるのだと提示されているわけですが、そう考えると、先に例に出たセグウェイは消費者の行動を変えるまでにはいかなかった=イノベーションにはなり得なかったということになります。
内田:本書では、「新しいモノ・コトを作ること」に重点が置かれている従来のイノベーションを「インベンション=偉大な発明」と呼んでいます。イノベーションを起こせなかったからセグウェイは発明として偉大ではなかったかというとそうではありません。僕もあれは素晴らしい発明だったと思っています。

ここでポイントになるのは「なぜインベンションが社会に定着しなかったか」です。セグウェイの場合、普及しなかった理由は、価格が高すぎたこと、規制により公道を走れなかったことなど色々あるのですが、「用途がなかったこと」が意外と一番大きな原因だったのではないかと考えています。実際にセグウェイが使われたのはホテルや遊園地、空港など非常に限定的でした。その限定的な用途に100万円というのは、価格と価値が見合わなかったのではないかというのが、我々の見解です。