企業がCMOを置くことの利点
田中:ここで私の考察も交えますと、企業がCMOを設置する利点の一つとして「企業資源の集中化」があると考えています。社内には色々なコンフリクトがある中、CMOがヒト・モノ・カネ・情報のベクトルを示すことで、企業資源を有効に活用することができるようになるというわけです。また、CMOがいることにより「マーケットインテリジェンスが強化され、その企業のケイパビリティが向上する」という利点もあると考えています。
実際、CMOに近い立ち位置にいらっしゃる山形さんから見て、これらの利点に思い当たることはあるでしょうか?
山形:そのとおりだと私も考えます。特に企業資産の集中化については、ブランド資産の形成において、CMOの有無による差が出てくるでしょう。
というのも、「中長期的に形成される資産としてブランドが重要である」ということへの理解は、日本企業の場合、まだまだ当たり前のものになっていないと感じます。

マーケティング部門はもちろんですが、こうした理解は営業部門でも非常に重要です。たとえば、営業の現場でも、価格や流通量の話をするだけでなく、本来は「売り場のどこに・どう陳列されるか」をブランドの観点から思考すべきです。店頭はお客様がブランドと接する非常に重要な接点ですから、その積み重ねにより中長期的に大きな差がついてきます。CMOがブランド育成の指針をしっかり示すことで、マーケティングだけでなく、営業も何をすべきかがクリアになるのです。
キリンビールの組織改編を振り返る、営業とマーケを融合させるには?
田中:まさに今のお話に関係してきますが、キリンビールとキリンビールマーケティング社は2017年に事業統合をし、組織体制を一新されましたよね。具体的には、マーケティング本部を新設し、その下に営業部門とマーケティング部門をぶら下げる形に。そうして営業とマーケティング機能を一体とすることで、今日も山形さんが何度も口にされている「顧客志向」が営業を含め全社戦略に反映される体制になりました。

このニュースを見て、「山形さんはすごいことされたな」と思っていたのです。この組織改革はまさに「企業資産の集中化」と「企業能力の向上」に繋がるものだと思います。とはいえ、営業とマーケティングを有機的に結びつけるのは容易なことではないでしょう。両者の距離を縮めて、一体化させるために、どのようなことが重要だと思われますか?
山形:それは非常に難しい問いですね。マーケティングと営業で社員を交流させたり、両方を1つの組織に入れてみたり、コミュニケーションの回数を増やしてみたり、恐らく多くの企業で試行されているアプローチはどれも正解だと思います。
その上で、私がキリンで得た教訓は「本当の意味で同じものを見ることが重要」ということです。
前職で勤めていたP&Gは「ブランド」を大事にする会社でした。P&Gからキリンに来た当初、やはり日本企業では「ブランドを中心に置く」という考え方はなかなか馴染まないか、と感じたのも事実です。一方で、日本企業には「ブランド理念など本質的な部分を深く共有し合える」という強みがあると感じています。日本企業は、団結して1つのものに向かっていく時、非常に大きなパワーを発揮しますよね。
営業とマーケティングの融合においても、ブランドの本質的な部分を共有して、ことに当たる姿勢が結局は重要だと考えます。私もそのためのコミュニケーションは、じっくり時間をかけて、丁寧に行ってきました。時間はかかりますが、これをやり抜くのが近道です。「晴れ風」の場合も、営業とマーケティングが一体となり顧客価値の創造に向き合った結果、大きなパワーが発揮されたのだと思います。