不合理な消費行動を社会心理学で解き明かす
今回紹介する書籍は『買い物の科学:消費者行動と広告をめぐる心理学』。著者は、法政大学文学部心理学科教授の越智啓太氏です。
越智氏は社会心理学、犯罪心理学を専門としており、警視庁科学捜査研究所の研究員なども務めてきた人物。その学術的観点に基づいた、多数の書籍執筆、テレビドラマや映画での監修やメディアへのコメント出演など、幅広く活動を行っています。
現在、私たちは日常生活で様々な広告に接触し、それに触発されて消費行動をしています。越智氏は、そのような中で行われる消費行動は「必ずしも理にかなったものではない」と主張しています。20円相当のポイントを得るために欲しくもない商品を購入してしまったり、レジ横に置いてある商品をほぼ無意識に購入してしまったり……と、一見すると不合理な消費行動を消費者は行っているのだと言うのです。本書では、自身の専門領域である社会心理学をまさに「人間による不合理な行動の要因を解き明かす学問」と表現する越智氏が書き手に。企業がマーケティング活動を行う上で、消費者の行動を正しく理解するためのヒントを共有しています。
売上額の減少を引き起こす、「お試し価格」の危険性
本書では、「商品認知」「価格設定」「ブランド戦略」「比較広告の効果」「消費の個人差」の五つのテーマを解説。企業のマーケティング活動における消費者の心理に対する誤解をわかりやすく明らかにしています。
たとえば「価格設定」の章では、企業が集客目的のプロモーションなどとして実施する“安売り”の効果を分析。多くの企業が行いがちな、いわゆる「お試し価格」のプロモーションが持つ危険性を紹介しています。越智氏は、読者がイメージしやすい表現を用いながら、次のようにその危険性を紹介しています。
「昨日まで400円で食べられたものを、今日800円で食べる気はしない」(p.86)
越智氏がここで語るのは、商品の価格を下げたプロモーションは、消費者が認知する価格、つまり「内的参照価格」を下げてしまうということ。その結果、商品の価格が通常に戻るタイミングで消費者が「高い」と感じるようになるので、最終的には「トータルでの売上を下げる」ことにつながるのだと説明されています。
集客目的で行ったはずの割引が商品のブランド価値を下げ、売上額の減少にまで影響をおよぼしてしまう。本書では身近な事例を取り上げながら、このような失敗が起こってしまうメカニズムを社会心理学の視点で解説しているのです。
クーポン配布で「特別感」を演出
では、内的参照価格を下げることなく、集客プロモーションを実施するにはどうしたら良いのでしょうか?
本書では、ありがちな誤解を伝えるだけでなく、対処法も解説しており、先述の価格設定の課題についても、四つの解決方法を紹介しています。そのうちの一つが「クーポン配布戦略」。これは実際に商品の価格を下げる代わりに割引クーポンを配布するというものです。
経済学的に見ると、値引きもクーポン配布も、同じ現象として捉えられるものだと越智氏。しかし、心理学の視点で見るとその効果は大きく異なるのだと説明しています。
「クーポンの場合、店頭表示価格は変わらないので『このクーポンをもっているから特別に安いんだ』という『特別感』を感じさせることができ、これにより、心理的に『例外処理』が行われ、内的参照価格に影響が及ばないのです」(p.119)
つまりクーポンの配布により、ブランド価値を下げることなく、値引きと同程度の効果を持ちながらもブランド価値を下げないキャンペーンが可能に。その結果、売上にしっかりと結び付いた集客プロモーションが実施できるようになるのだと越智氏は語っています。
本書ではこのように企業が行いがちなマーケティング活動のミスを社会心理学視点から分析。問題点の解説から具体的な解決策まで丁寧に解説しています。
ターゲットとなる生活者に意図がなかなか読めない消費行動がある方、その原理を正しく把握してより良いマーケティング施策を展開したいと考える方にお薦めの書籍です。