連載1回目では、ブランドの埋没や価格競争が発生する「最適化の罠」からの脱却として、生活文化の形成を最終的なゴールとする「価値創生CX」という考え方をご紹介しました。2回目の記事では、それをマーケティングモデルに落とし込んだ「価値創生CXモデル」を解説しました。
最終回となる本記事では、この「価値創生CXモデル」を日々のマーケティング実務に落とし込むための「4つのステップ」と、AI時代におけるデータ活用の本質についてご紹介します。
市場創造のプロセスは「ジョブの特定」から始まる
「価値創生CXモデル」を、日々のマーケティング実務に落とし込むにはどうすればよいでしょうか。私たちはそのプロセスを以下の4つのステップに体系化しました。
Step1:ジョブの特定(解決すべき未充足なジョブの探索)
Step2:ジョブの構造化(「問い」と「答え」への分解)
Step3:体験設計への落とし込み(関係性のリデザインとエコシステム)
Step4:生活文化形成のカタリストへ(文化自走のバックアップ)
すべての起点は「Step1:ジョブの特定」です。ここで重要なのは、顕在化しているニーズ(例:安いものが欲しい)ではなく、生活者が無意識に感じている「違和感」や「諦め」、あるいは代替行動(本来の商品がないから別の何かで済ませていること)、つまりは生活者における潜在的に未充足な課題に着目することです。
そのためには「生活者は、どんな目的(ジョブ)を果たすためにその行動をしているのか?」という視点で、購買データやSNS、カスタマーサポートの声などを横断的に分析します。特に「背景」「相関」「代替」「情報」「行動」というポイントから文脈を読み解くことで、データには表れない「本当はこうしたいのに、できていない」という未充足なジョブをあぶり出します。
パーセプションを変える「問い」と「答え」の設計
ジョブが見つかったら、次は「Step 2:ジョブの構造化」です。ここでは、生活者の認識(パーセプション)を動かすためのシナリオを描きます。具体的には、ジョブを「問い(気付き・納得)」と「答え(行動・習慣化)」の要素に分解します。
- 問い: 生活者の無意識にあるジョブに「気付き」を与えるきっかけ。「言われてみれば、確かに困っていた」「それは自分に関係あることだ」とハッとさせる問題提起です。
- 答え:「問い」によって顕在化したジョブに対する解決策として、商品の提供価値を再定義。単なる機能説明ではなく、「これなら自分の課題が解決できる」という納得感と、行動への見通しを与えるものです。
生活者の認識を新たにし、次なる行動を促すこの一連のストーリーを、私たちは「パーセプションシナリオ」と呼んでいます。たとえば、米国の眼鏡ブランド「Warby Parker」を価値創生CXモデルに当てはめて考えてみましょう。
彼らは「眼鏡は視力の矯正が必要なヒトにとって必需品であるにも関わらず、多くの生活者にとって高額である」という現状に対し、「なぜ眼鏡は、誰もが手に入れやすい価格帯で製造・販売できないのか?」という「問い」を投げかけました。これは、単に安い眼鏡を売るのではなく、「眼鏡市場の不透明な流通構造」を生活者はもとより社会全体の課題として顕在化させるアプローチです。
そして「答え」として、中間業者を省いたD2Cモデルによる「適正価格」と、自宅で試着して気に入った1つを選ぶことのできる「Home Try-On」を提供しました。これにより、「眼鏡は高いもの」という常識を覆し、「誰もが気軽に楽しめる」眼鏡の民主化という新しい市場を切り拓いたのです。
「ヒト・モノ・コト・トキ」で体験をリデザインする
パーセプションシナリオを描くことができたら「Step3:体験設計への落とし込み」に進みます。ここでは、商品やサービスを単体で見るのではなく、社会での「関係性」の中で捉えていきます。具体的には、以下の4つの視点で、商品がどのような価値を生み出せるかを洗い出します。
- ヒト:どんな人と、どのようなつながりが生まれるか?
- モノ:他のどんなモノとつながれば、魅力が増幅するか?
- トキ:どのような時間や場所(シーン)を演出するのか?
- コト:そこで起きる出来事とどう関わるのか?
たとえば、食品メーカーが「いつでも栄養バランスの良い食事を摂りたい」というジョブに応える場合、単に商品を売るだけでなく、フィットネスジム(ヒト・コト)と組んで運動後の栄養補給を提案したり、献立アプリ(モノ)と連携してレシピを提案したりすることで、体験の価値は格段に広がります。
このように、複数の関係者が結び付くことで、単一企業ではなしえない最適な課題解決を生み出す「XaaS(◯◯ as a Service)」としての視点が、体験の付加価値を高めます。
1社で完結させない。「エコシステム」の形成
新しい生活習慣を「文化」として定着させるには、自社だけで完結させようとしてはいけません。多様なステークホルダーを巻き込む「エコシステム」を構築し、自社はそのプレイヤーがつながり合うための「ハブ(結節点)」となります。
エコシステムにおけるプレイヤー
- KOL(権威・専門家):理論やエビデンスを提供し、信頼を担保する(例:大学教授、医師)
- KOI(実践・推奨者):いち早く実践し、その便益を体現して見せるイノベーター
- メディア・インフルエンサー:情報を広く拡散させる
- 生活者(UGC):自身の体験をSNS等で発信し、共感の輪を広げる
さらに、「Step4:生活文化形成のカタリストへ」では、文化が自走し始めた後のバックアップを担います。企業は「陰の支え手」として基盤を維持しつつ、「虫歯予防の次は口臭ケア」といった「次の問い」を投げかけ、生活者による自由なカスタマイズを支援することで、文化を枯らさず進化させ続ける役割を果たします。
データは「最適化」ではなく「洞察」のために使え
最後に、価値創生CXにおけるデータ活用について触れておきましょう。
従来のデータ活用は、広告のROIを高めたり、無駄を省いたりする「最適化」が主目的でした。しかし、価値創生CXにおいては、データ活用の目的が異なります。目指すのは、「人間が洞察するための素材」としてデータを扱うことです。
行動経済学者ダニエル・カーネマンの理論によれば、人間の判断の多くは直感的な「システム1」で行われます。AIは論理的な「システム2」の効率化は得意ですが、生活者の「なんとなく」といった心の機微を読み解き、新しい「意味」を発見することは、人間にしかできません。
具体的には、広告配信のためのデータから、顧客理解のためのデータへのシフトが重要です。
クリック履歴などの断片的なデータではなく、本人の同意に基づいた深いデータ(文脈、背景、意図)を蓄積し、それを「この人には、こんな背景があるから、こういう体験が態度変容に効くのではないか」という仮説構築に使います。
たとえば美容業界なら、肌診断データという数値をそのまま見せるのではなく、美容部員が「お客様の肌は今こういう状態なので、このお手入れがおすすめです」と翻訳して伝えることで、納得感のある体験になります。体験実装の観点では、データは人間がより良い体験を提供するための「支援ツール」であるべきです。
また、その成果を測る指標も変わります。単なる売上だけでなく、体験を通じて生活者が「自分は変われる」と実感する「自己効力感の向上」をKGIに据えることで、真に暮らしに根差した体験価値を評価できるようになります。
AIが効率化してくれるからこそ、人間は「文化」を創ろう
全3回の連載を通じて、AIの「最適化の罠」を越え、人間が担うべき「価値創生CX」について解説してきました。AIエージェントが普及し、購買が自動化されていく未来において、既存市場でのシェア争いはAI同士の戦いとなり、人間が介入する余地は減っていくでしょう。
しかし、だからこそチャンスがあります。
AIが効率化を担ってくれる分、私たちマーケターは、人間にしかできない「創造」の領域に全力を注ぐことができます。生活者の隠れた本音に寄り添い、まだ世の中にない「ジョブ」を見つけ出し、それを解決する新しい「生活文化」を創り上げることができます。そんなビジネスを、社会を共に実現していこうではありませんか。
※本記事は制作中の書籍の情報を含みます。図版など一部が刊行時の内容と異なる可能性があります。
書籍のご紹介
本記事は、5月刊行の書籍『至高のCX 生活文化の形成を見据えた「新しい顧客体験」の戦略と実装』の一部を抜粋・再構成したものです。書籍では、価値創生CXモデルの概要や、実現のためのステップを詳しく解説。さらに9カテゴリのケーススタディとフレームワークを用いて、価値創生CX設計の勘所を学べます。
「低迷する既存ブランドを回復させたい」「戦略に変化が必要だが、何を変えたいかわからない」という悩みにお答えする1冊。ぜひ、ビジネスにお役立てください!


