ベキ分布と正規分布
先ほどのグラフからもわかりますが、ベキ分布は、ベルカーブを描く正規分布とは違い、平均値や標準偏差が意味をなさないのが1つの特徴です。最小値付近にきわめて多くの個体が集中している一方で、ごく少数の個体が非常に大きな値をとるため、ほとんどの個体は平均値以下の値をとります。また、値はx軸の特定の規模とは無関係に一様に(スケールフリーに)分布するため、分散も無限大になってしまいます。
私たちがビジネス・シーンで慣れ親しんでいる分布といえば、ベキ分布ではなく正規分布なのではないしょうか(ベキ分布という言葉をはじめて聞く方も少なくはないでしょう)。例えば、不良品の発生率を管理するシックスシグマの手法も前提としているのは正規分布の標準偏差です。シックスシグマの考え方は、標準偏差の6倍まで変位を抑えられれば、不良品が発生する確率は100万分の1となり、バラつきのリスクのない経営が可能になるというものです。
また、マーケティングの分野で引用されることが多いイノベーター理論も正規分布を前提とした消費者層を想定したものです。正規分布の度数分布曲線はベルカーブで描かれますが、累積度数分布として描くと下図のようなS字曲線となります。このベルカーブとS字曲線の関係に注目すると、累積度数分布曲線が急上昇しはじめるラインがちょうどオピニオンリーダー層とアーリーマジョリティ層の境目付近にあたるわけです。そうしたことからオピニオンリーダー層への浸透が一段落し、普及率16%のラインを超えてマジョリティ層への浸透ができるかどうかを市場浸透のポイントとして捉える考え方が成立します。
正規分布は特殊、ベキ分布は一般的
これまでのビジネスでは正規分布のような偏りが少ない状態を想定していた傾向があったと思います。 そこでは平均値や標準偏差のような指標が有効でした。しかし、最近の様々な研究でわかってきたのは、私たちが普通に生活している世界においては、非常に偏った分布を示し上位と下位の格差の激しいベキ分布が実はめずらしいものではなく、むしろ、正規分布のほうが特殊であるということです。
例えば、ガラスが割れたときの破片は、ごく少数の大きな破片にはじまり、それよりも多い数の中くらいの破片、数え切れない小さな破片、そして、目に見えない微小な破片が無数に、という風に破片の大きさとその数がちょうど、ベキ分布になるそうです。大きな破片だけ集めても大体のもとの形を再現できるように、ベキ分布に従うものは非常に多くの値をとる少数のものが全体の傾向を示すという性質をもっています。上位20%の顧客が全体の売上の80%を占めるのもこうしたベキ分布の性質によるものです。
ベキ分布は、他にも地震のエネルギーや音楽CDの売上、企業の所得の分布などに見られると言われています。また、一見、ランダムな分布になると思われるWebのネットワークにおける被リンク数の分布や自然言語の単語の利用状況がベキ分布を示すことも、『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』でスケールフリー・ネットワークについて紹介しているアルバート・ラズロ・バラバシらの研究によってもわかっています。