代表取締役社長 島本久美子氏
英国ゲッティ イメージズにてメディア向けセールスを担当。報道写真のセールス シニアダイレクターを経て2009年に帰国し、現職。
2008年に頓知ドットを創業、グローバルに拡張現実サービスを広げる。2013年にテレパシーを創業、世界規模の新しいコミュニケーション環境を実現するウェアラブルデバイスの製品ローンチを控えている。
「NAVERまとめ」とゲッティ イメージズの提携が意味するもの
2月下旬に開催された「Social Media Week」で行なわれた対談「ソーシャル時代のヴィジュアル・コミュニケーション革命」では、世界的なストックフォトサービスを展開するゲッティ イメージズ ジャパン代表取締役社長の島本久美子氏と、アプリ「セカイカメラ」の開発で知られ、写真家としても活動するテレパシーの井口尊仁氏が、それぞれの視点から、ヴィジュアルコンテンツの現在について刺激的なトークを展開した。
ゲッティ イメージズといえば、昨年9月にまとめサイト「NAVERまとめ」(NHN Japan)に対し、画像ライセンスの提供を開始したことが記憶に新しい。一般ユーザーがまとめ記事を作成する際に、ゲッティ イメージズが提供する豊富なヴィジュアルコンテンツを簡単に、また安全に利用できる仕組みが整った。これによって、高品質な画像を利用し、クオリティ・視認性の高いまとめ記事が簡単に作成できるようなったのだ。
ゲッティ イメージズは写真通信社としての機能も有している。昨年のロンドンオリンピックでは、男子柔道の会場の天井にリモートカメラを設置して撮影した写真が産経新聞に採用された。
一方で、マーケティングやクリエイティブに利用できるヴィジュアル素材を企業に提供。最近では、トヨタ プリウスのプロモーションビデオにおいて、ゲッティ イメージズの複数本のストック動画が使用された。その理由も、「グローバル展開にあたり、著作権の観点から安全な素材を」というものだった。
ソーシャル時代を迎えて、ヴィジュアルの消費や入手が大きく変わった
「ソーシャルメディアが一般的になった“ソーシャル時代”を迎えたことは、ヴィジュアルの消費の仕方や入手の方法に非常に大きなインパクトを与えていると思います」と島本氏。それに応じる井口氏は、IT分野の実務家としての顔のほかに、写真家としての顔も有している。
井口氏には、“ソーシャル時代がヴィジュアルの消費や入手にインパクトを与えている”というテーマにふさわしい、こんな経験がある。写真共有サイト「Flickr」で自身の作品を公開していたところ、フランスの出版社に在籍する編集者の目に留まり、芥川賞作家である山田詠美作品『ベッドタイムアイズ』の仏語版のカバー写真に採用されたのだ。
「最初に連絡を受けたときは、何かの冗談だと思ったんです。それが、このような形で本当にカバーになり、編集者からも礼状をもらって。コピーライトもしっかり入れてくれたので、海外ではもはや当たり前の展開なのだと実感しました。商業写真はこれまで、プロが厳密なコントロールの下に撮るものでしたが、今は一変してリアルな事象を撮りたい人が好きに撮った写真に価値が見出され、販売される流れが急増しています。商用目的でなかった素材を編集者やクリエイターが見出して、商業シーンでどんどん使うというトレンドが生まれているのを感じます」(井口氏)
「井口さんのように、ソーシャルネットワークを介して世界に出て行く方は増えていると思いますね」と島本氏。ほかにも、映画『ソーシャル・ネットワーク』や、スティーヴン・キングの書籍カバーに、一般の人が投稿した素材が使われた例があるそうだ。「次はぜひ、村上春樹氏の本の表紙に採用されたい(笑)」と井口氏。
利用量の多い写真は「ナチュラル」「自然体」
「やはり、ソーシャル時代のヴィジュアルというと、ケータイカメラの影響は無視できませんね。それによって、かつてない量の写真が撮影され、シェアされています」(島本氏)
「特に、Instagramが大きかったと思います。ヴィジュアルを表現してつながることが、Instagramによって一気にトレンドになった実感があります」(井口氏)
ここで島本氏は、ゲッティ イメージズで利用されているイメージ素材の傾向から、このようなソーシャルネットワークによって起きている現在のトレンドには、以下の3つがあると提示する。
1. インスタント・ノスタルジア(Instant Nostalgia)
Instagramが流行したのは、セピア色に見えるようなレトロな写真を簡単に撮れることも大きかっただろう。写真自体のクオリティーは高くないが、見ている人が自分も参加しているような気持ちを起こさせる写真、親近感や懐かしさを覚える写真が、ひとつ目のトレンドだ。
「レトロな雰囲気だったり、被写体がこちらを向いていない、日常生活の一瞬を切り取ったような写真だったり。恣意的でないからこそ撮れるものに、注目が集まっています」と島本氏。ゲッティ イメージズでは写真共有サイト「Flickr」と提携し、こうした写真を多く集めているという。
2. アンチ・ヴァニティ(Anti-Vanity)
アンチ・ヴァニティとは、飾らないという意味。2つ目のトレンドとして、飾らない、完璧ではない素材が挙げられる。例えばFacebookのプロフィール写真に、ポートレートというよりはちょっと笑える写真が多く使われているのも、この傾向によるものではないかと島本氏。
「以前と比べて、リタッチしすぎない写真が広告で使われるようになってきているのも、この傾向に合致すると思います。少し前に、ある化粧品メーカーの広告が、モデルをリタッチしすぎていることで『誇大広告だ』と批判を受けた一件がありましたが、それを逆手にとって『まったくリタッチしていません』と添えて生の写真を広告に使ったメーカーもありました。ナチュラルで自然体な感じがするほうが、トレンドになっています」。
3. リアルモデル(Real Model)
3つ目のトレンドは、リアルモデル。これは2つ目とも関連するが、ファッションモデルのようにスリムな人ではなく、健康的なイメージを与える普通の体型の人をモデルに起用することが多くなっている。
「人物イメージの写真には、若い人の写真が使われることが一般的でしたが、最近では年配の元気な方の写真もけっこう売れています。このトレンドは海外では比較的長く、6、7年前から続いている印象がありますね。ゲッティ イメージズの検索キーワードには、こうした新しいトレンドのワードを随時足していますが、リアルモデルも加えています」(島本氏)
簡単に写真データベースを利用できるAPI「Connect」
「以上の3つのトレンドは、およそ5、6年前から徐々に見られている傾向です」と、島本氏は2007年と2012年のそれぞれのベストセラー写真を提示する。例えば「ビジネスマン」の写真だと、以前はシャツにネクタイを着用して正面を向いたもの。比べて昨年によく販売されたのは、リラックスした雰囲気で服装もカジュアル、そしてカメラのほうを向いていない写真だ。
「明らかに違いますね。7年前というと、ちょうどソーシャルメディアが爆発する前後ですね」という井口氏の指摘に対して、「おっしゃるとおりです。ソーシャルメディアによる影響が本当に大きいと感じます。ソーシャルメディアによって、写真の使われ方も変わってきています。まず、使用されるコンテンツの量が大幅に増えました。アップするスピードも重視されています」と島本氏は分析する。
企業が必要とする大量の素材のアップロードや利用に迅速に対応するため、ゲッティ イメージズは「Connect(コネクト)」というAPIをリリースした。まるで自分の手元に膨大な写真データベースがあるかのように、手軽に検索し利用できる仕組みだ(現在、3か月無料で使用できるテストアカウントを発行している)。また、このAPIを用いて、テーマに沿った写真を検索して投稿してもらうクリエイティブコンテスト「Vis-It!」を展開している。
キュレーションはこれから大きなトレンドをつくっていく
前述の「NAVERまとめ」で、一般ユーザーが簡単にゲッティ イメージズの写真を利用できるのも、このAPIによるものである。今では月間1万枚以上が利用されており、「最初はクリエイティブコンテンツのみでしたが、この2月からは報道写真も利用いただけるようになったので、さらに使用量は増えると見込んでいます」(島本氏)。
「NAVERとゲッティ イメージズの提携は、インパクトが大きかったですね。キュレーションはこれから大きなトレンドをつくっていくと思います」と井口氏は話す。「私たちはBtoB企業ですが、今回の提携は一般の方への認知拡大になりました。でも、日本はまだまだ上がってくる素材の数も利用量も他国と比べて少ないのが現状です」と語る島本氏。
「珍しいもの、市場がないと思われるような特殊なヴィジュアルほど需要があります。日本には液体金属の写真しか撮らない方がいるのですが、ある海外の銀行がすごい金額でまとめて購入しました。日本には特殊な技能を持った人もたくさんいると思うので、私たちのサービスを利用していただくことが世界的な活躍の場になるのでは」と、写真を使う側だけでなく、撮る側の人にもメッセージを送った。
優れたヴィジュアルイメージを商用へ、そして海外へ
では、クリエイターは写真をめぐる現在の状況をどのように見ているのだろうか。写真家としても長いキャリアを持つ井口氏に問いかけると、「クリエイターがどう商業に関わるか、というのはこの10年で大きく変わったと思います」と応じる。
「もちろん、ビジネスサイドがクリエイターが持つ豊富な素材をどう利用するかという点でも変わってきています。ヴィジュアルの重要性、それをソーシャルに使うことの有効性はかなり浸透したと思うので、次は、優れたヴィジュアルイメージを探して使う一連の流れがもっとトレンドになると思っています。ゲッティ イメージズの役割は、それを著作権や使用料の支払いも含めてサポートしてくれるところにあると強く感じます」(井口氏)
「日本でも多くの方にもそういう風に思っていただき、投稿したコンテンツをどんどん海外へ輸出するような流れになっていくといいなと思っています」(島本氏)
画像の有無で「いいね!」数が5倍も違う
島本氏は最後に、NAVERまとめ以外でのAPI「Connect」活用事例を紹介した。ソーシャルメディアを活用したプロモーションを展開するコムニコでは、Facebookページ運営の統合管理・サポートツール「コムニコ マーケティングスイート」にAPI「Connect」を組み込み、投稿内容に簡単に適切な画像を添付できるようにした。「同社の調査によると、画像の有無 で、『いいね!』やコメントをする割合が5倍も変わってくるそうです」(島本氏)。
「画像の検索の精度も、今後問われていくでしょうね」と井口氏。「結局、自分がほしいもの、イメージに近いものを検索できなければ意味がないので、検索精度が高いConnectのような仕組みはとてもいいと思います」(井口氏)
「ソーシャルメディアで使われる写真は、スピードが非常に重要。それに対応するのが我々ストックフォトサービスの役割です。これからは日本の企業にも、もっと上手にビジュアルを活用してほしいと思います」(島本氏)
言語によらないヴィジュアルコミュニケーションは、海外での展開にも大きな可能性を広げている。API「Connect」のような仕組みが、写真を撮る側、利用する企業の側、双方に大きなメリットをもたらすことになりそうだ。