いま起きている変化の全体像を伝えたい
大元隆志氏の最新刊『ビッグデータ・アナリティクス時代の日本企業の挑戦~「4+1の力」で価値を生み出す知と実践~』が今年7月に出版された。
サブタイトルの「4+1の力」は、ソーシャル、モバイル、クラウド、ビッグデータの4つに加えて、通信機能を持つクルマやセンサーなどのモノが形成する「モノのインターネット(Ineternet of Things)」を指す。いずれもMarkeZine読者にとってはおなじみトピックだが、「いま起きている変化の全体像を伝えること」それが本書の目的のひとつでもある。
読み進めると、次第に自分の視野が大きく開けるような感覚をおぼえる。その理由についてたずねると「たぶん僕はメディアの人たちとは違う視点で技術というものを見ていたから」と言う大元氏。だが、執筆のきっかけは意外なところにあった。
「僕の本業はSIer。昨年まで、自社でクラウドサービスを立ち上げる新規事業開拓に携わっていました。SIer(システム・インテグレーター)というのは基本的に受託事業なので、自分たちでサービスを立ち上げてマーケティングやプロモーションまで行うのは非常に大変なこと。大きな組織の中で、新しい道を切り開く難しさ、“組織の壁”を感じていたんです。自分の中の理想と現実の間で挫折を味わうこともありました」
しかし、まわりを見渡してみると、大きな組織の中で機敏に立ち回っている人がいる。「なぜそれが可能だったのかを探りたかった」と、ソフトバンク、トヨタ、日本テレビ、凸版印刷、良品計画、カルチュア・コンビニエンス・クラブ、ヤフーに取材を敢行。そのなかでわかってきたのは、予算もない状況でボトムアップで組織を動かしている人たちがいたことだった。新規事業開拓という困難の前に、あきらめる理由を探していた自分と比較して、「社会人として甘かったと痛感した」と告白する。
インターネットの重力はどんどん強まっている
こうした状況はMarkeZine読者にとっても他人事ではない。本書を読んだマーケターから「勇気をもらった」という感想が寄せられていることを、氏は次のように分析している。
「マーケティングの世界では、早い人は2009年くらいからTwitterやFacebookを使い始めていた。それから何年かたって、組織にROIを説明しないといけない状況が生まれ、『実績が出てないじゃないか』と言われる人たちも多かったのだと思う」
現在の状況を「インターネットの重力がどんどん強まっている」と表現する大元氏。あらゆる業種で、インフラとしてだけでなく、インターネットから生まれる新たな技術やサービスをビジネスに活かしていくことが求められている。そのなかで、新規事業の立ち上げ、新しい企業文化やビジネスモデルの構築にチャレンジしているがいる。そのとき、組織の壁と同じようにたちはだかるのが“技術の壁”だ。
「日本のIT理解のダメなところは、点でしかものを見れないこと。ソーシャルメディア、スマートデバイス、クラウドがなければ、そもそもビッグデータも生まれないんです。ビッグデータの本質を理解しようと思えば、その一連の技術がどう絡み合っているのかを理解しなければならない。でも、日本ではそういう視点で物事を見れる人は少ない」
技術の専門家にそう言われると素人はとまどうばかりだが、大元氏はひとつ考え方のヒントを示してくれた。
「個々の技術と見るか、時代と見るか。似ているようで大きく違います。例えば『ビッグデータとは何か』と問われれば、お決まりの言葉 「Volume、Variety、Velocityを兼ね備えたデータのこと」という理解の人が多いでしょう。しかし、『ビッグデータ時代とは』という視点に立って物事を考えれば、ソーシャルメディア、スマートデバイス、モノのインターネットが新たな情報発生装置となって巨大なデータを生み出す、そこから発生するデータがクラウドに保管され、これを分析し、ビジネスに活用することが必要になった時代 となる。
個々の技術で物事を考えてしまったら、ソーシャルメディアやスマートデバイスとビッグデータを組み合わせる『マーケティング』の発想に結びつかな いのではないかと思います。マーケターは個々の技術に精通することが仕事ではなくて、時代を捉えるのが仕事ですよね。」
本書では2010年から2013年くらいまでに世界的に台頭してきた技術の変化を整理し、先行する米国でビジネスにおいてどのような化学変化が起きているかを紹介している。プロジェクトを進める際に、本書の内容を理解したうえで議論すれば、意識のずれがなくなり、目指すべき方向も一致させることができるのではないだろうか。その意味で、本書はマーケターに必要な新たな教養を深める1冊と言える。