会社を辞めない「異端児」たち

本書の想定読者として、企業の経営層、企画・マーケティング部門、情報通信部門に所属する人を考えていた大元氏だが、「一番読んでほしい人」として次のような人を挙げている。
世の中の変化を感じ、社内に新しい風を呼び込みたいと考えている「異端児」
会社では「スナフキンみたいですね」と言われることもあるという大元氏。異端児とは、周囲の目を気にすることなく自由に活動している人を指しているのだろうか。「なぜ異端児かというと、会社を辞めないからなんです」と意外な答えが返ってきた。
「僕の思う異端児というのは、会社を思うからこそ危機感を持ち、なんとかしたいと思っている人。会社に対する愛着がない人なら、さっさと辞めてし まいますよ。軌道にのった組織だと柱となっている事業に従事したほうが評価されます。だから賢い人はみんなそういう仕事をやりたがる。でも、今は変化の激しい時代ですから、そういう人たちばかりでは時代に取り残されてしまうかもしれない。成果が出る見込みがなく、評価が下がるリスクがあっても、会社を愛してるから行動できる。そんな異端児が新規事業を起こすには必要なんです」
本書の第3章では「動き出した日本企業」と題して、4+1の力を取り入れ始めた国内の大企業の例を紹介している。取材先の企業には「自分たちも異端児です」と言ってくれる人たちがいた。しかし、その思いは会社の中だけにとどまっていないと指摘する。
「たとえば日本テレビの安藤(聖康)さんの場合、会社というよりはテレビ業界、もっと言えば広告収入で食っている業界全体がどうなっていくべきかというのを考えて、そのために日本テレビでできることを考えている。逆に言うと、テレビ業界はこうなるべきだという大きなビジョンがあって、そのために日本テレビを使っているというくらいの視点で動いているのかもしれません」
この章では、国内でも最大規模の企業で、組織の壁を越えて動き出した人たち、ネットを通じて新たなつながりを見つけた人たちの生の声を聴くことができる。
これからのマーケティングとは
本書を読むと、大元氏の関心は、技術だけでなく、組織や人材、ビジネスモデルなど多岐にわたっていることがわかる。アドテクノロジーをはじめとするさまざまな技術によって進化を続ける現在のマーケティングについてはどう見ているのだろう。
「MarkeZineの読者の方は『いかに売るか、いかにプロモーションするか』というのをマーケティングだと考えている人が多いのではないでしょうか。僕が考えるマーケティングは『売ろうとしなくても、売れるしくみをつくること』。それがこれからのマーケティングだと思っているんです」
たとえば、世界最大のネットワーク機器メーカーのシスコシステムズ(以下シスコ)。同社の製品が売れる理由のひとつには、もちろん性能の良さもあるが、リセラーが「シスコの製品を売らざるをえない状況をつくっている」ことも見逃せないという。
「シスコにはご存知のとおり、同社製品を扱う技術者を認定する資格制度があります。最初の資格は簡単にとれる。しかし最高の資格は非常に難易度が高く、資格をとるためには何年間か同社製品を触らなければならない。そうなると、SIerのエンジニアは、同じ値段なら自分たちが使い慣れたものを顧客に提案する。シスコのほうでもトップの資格を持っている人がいるリセラーには値引きもしてくれる。言うなれば、みんながシスコの製品を売りたがるしくみをつくっているのであって、広告もくそもないんです(笑)。皆さんは、そういうことを考えてますかということなんです」
技術に翻弄されるのではなく、活かしていくこと
本書で紹介しているトヨタの例では、「4+1の力」を使って新たなしくみを構築している。今までは広告を見てクルマを買うという流れだったが、同社のSNS「トヨタフレンド」に入った人は、いつでもスマートフォンから自分のクルマのバッテリー状況を知ったり、同じエコカーを運転している人同士で運転テクニックを競いあうことができる。

「そうなると、“トヨタ”というブランドがずっとマインドシェアの中にいる。トヨタに対するブランドロイヤリティは高まっていくし、次の新車種に触れる可能性が高いのはトヨタかもしれない。接触頻度が非常に高いスマートデバイスを使って、リアルの物質のプロダクトを常に想起させることによって、広告に頼らなくても自然と売れるしくみができていく。お客さんのライフサイクルに入り込むことで、宣伝をしなくても売れていく。そういうしくみをつくることこそがマーケティングだと思う」
まさにこのしくみをつくるために、大元氏が唱える「4+1の力」、ソーシャル、モバイル、クラウド、ビッグデータ、そしてモノのインターネットの力が必要となる。これらの技術に翻弄されることなくビジネスに活かしていくこと、これが現代のマーケターに求められる能力と言えるだろう。