コンピューティングがますます生活に浸透
MarkeZine編集部(以下、MZ):江端さんは、前職の日本コカ・コーラにて同社のマーケティングを率いてこられ、2007年の「コカ・コーラ パーク」の立ち上げなど、多くの実績を残されています。昨年9月に現在のマイクロソフトに移られたことは、業界でも大きなニュースになりましたが、まずはこの移籍の背景からうかがえますか?
江端:外部の方には意外に映ったかもしれませんが、私自身は実は元々ITに関心が高く、Windows95が登場したときには、発売日に秋葉原に並んで搭載PCを買ったくらいなんです。いよいよコンピューティングが生活に入り込むだろうと、そんな予感がしました。
マイクロソフトでは、ITがますます個人の世界に浸透する流れにマーケティングの側面から関われるので、それは自分にとても合っている役割だと思ったのが移籍の理由です。
友澤:本当に、この1年でも生活者のIT環境は大きく変化していますし、実際に技術でできることも格段に広がっていると思います。例えば先日マイクロソフトでは、パワーポイントで制作した「Microsoft Office」のテレビCMを流されましたよね?
江端:ええ。9月7日に、当社提供の番組「YOU MAY DREAM」(テレビ朝日)にて放送しました。部分的にビデオを埋め込んだりはしていますが、音声ファイルを含めて自動スライドショーで仕上げています。
ハイビジョンで流せるクオリティの映像を、今やパワーポイントでつくれると主張できたので、製品の訴求方法として一つのブレイクスルーになりました。
この変化をピンチとみるか、チャンスとみるか
友澤:ちょうどオンエア時にそのCMを見ましたが、あまりに違和感がなく、驚きました。ああなると、コンテンツのつくり方の概念が覆される気がします。
江端:映画やドラマも、もしかしたらパワーポイントでできてしまうかもしれません(笑)。当社に移って丸1年になりますが、この施策は、私が加わったチームで手掛けた一つの節目の仕事になったと思います。
MZ:今、広告主の課題としてメディアの分散化、デバイスの多様化といった生活者を取り巻く環境が急激に変化したことで、「どこに注力すべきか分からない」といった声も聞かれます。
江端:確かに多様化も著しいですが、それを含めた変化をピンチとみるか、チャンスとみるかで大きく違うと思うんです。チャンスと捉えれば、こんなにおもしろい時代はない。
アプローチしたい顧客が分散しているということは、それだけ絞り込まれているわけなので、その人たちに受け入れられるメッセージを見極めれば、非常に効率よく伝えられます。また、ソーシャルメディアによって、話題性があればお金をかけなくても勢いよく拡散します。こうしたオプションが広がっているのを、私は少なくとも楽しんでいますし、反応をみながら新しい手法を試している状況です。
自分が追いかけているお客様のスピードに合わせる
友澤:生活者へのコミュニケーションの仕方としては、コカ・コーラとマイクロソフトでどのような違いを感じられていますか?
江端:コカ・コーラの場合は同社が直接的に生活者に訴えかけていましたが、マイクロソフトの製品は基本的に他社の製品経由でユーザーの手に渡っています。その意味では、これまでは、さほど声高にマイクロソフトが生活者にアピールする必要はないと捉えられていたのかもしれません。
今、当社は“software company”から“devices and services company”になろう、と掲げています。モノだけではなく、デバイスやサービスを含めた環境を提供する企業という認識で、コミュニケーションの仕方や内容を変えていく必要があると思っています。
友澤:個人の生活にITが浸透したことで、そうしたデバイスやサービスの入れ替わりのサイクルも、BtoBの利用が主だった時代からずっと速くなっていますよね。
江端:要は、自分の追いかけているお客様のスピードに合わせることです。速く対応すればそれだけビジネスの成果も上がりますし、お客様より少し先を行けるならなおいい。
そのために肝心なのは、意思決定の速さです。最適化する時間が短ければ、いろいろ試すこともできますし。組織に関する悩みもよく聞きますが、PDCAを速く回せる体制をつくろうとすれば、おのずと最適な形がみえてくると思います。
ただ、現状を打破するには、組織や役割に縛られずに一歩踏み出すことも必要ですね。
さまざまなメディアの役割を見極めながら、境目に捉われずに
友澤:組織や役割の話に関連しますが、もはやデジタルとトラディショナル、ペイド(paid)とオウンド(owned)、アーンド(earned)メディアをはっきりと分けて扱うのが難しくなっていると思います。本来マーケターは、どういうタイミングで何をどこにディストリビュートするかを総合的に考えてきましたが、アウトプットが細分化されたことで、最適なバランスを見極める視点が今改めて重要だと感じているのですが、いかがですか?
江端:そう思いますね。同時に、予算的な柔軟性も求められていると思います。雑誌社と一緒にスマートフォンアプリを展開したら、それは雑誌の予算なのかデジタルの予算なのか、といった話はもういくらでもありますから。そこを切り分ける意味は、ありませんよね。
そういう境目に捉われず、最もいいスキームを考えたらこうだった、という企画が結果的に効果を発揮するのではないでしょうか。しかも長期的なキャンペーンなら、反応を見て柔軟に形を変えて、フレキシブルにやっていけばいい。
友澤:確かに、ペイド、オウンド、アーンドの展開や予算配分を決めてかかっても、うまくいかなさそうです。それぞれの役割を踏まえた上で、どう柔軟に組み立てていくがポイントになってきているんですね。
コミュニケーション活動を集約するオウンドメディア
江端:例えばペイドメディアは、オウンドやアーンドメディアを刺激する“着火剤”として使うとその後に大きく広がる可能性がある。やはり、ペイドメディアの強みは伝えたいメッセージを一気に広められるところなので、その力を利用しない手はないと思います。
友澤:すると、やはりそういう各メディアの役割を分かっている人が、全体のプランニングをすることこそが重要になりますね。少し前のテクノロジーありきの考えで進めてしまうと、施策が個別の話になってしまう。
江端:そうするとシナジー効果が出ないので、もったいないですね。「コカ・コーラ パーク」もオウンドメディアの先駆けとして注目していただきましたが、ペイド、アーンドメディアと連携していましたし、どちらかというと「いろいろなメディアで展開していることを集約する場所が必要だ」という発想から最適な形を探っていったらあの形にたどり着いた、という感じでした。
友澤:今、メーカーなどブランドサイドの方々が、自分たちの知識やノウハウなど提供できるコンテンツの発信にとても関心を寄せています。言い方はオウンドメディアだったりコンテンツマーケティングだったりさまざまですが、私たちとしても例えばYahoo! JAPANのブランドパネルを使ったキャンペーンの効果をそういう場に接続できれば、効果を高めていけると感じています。
実施しながらチューニングできるデジタルの柔軟性を活かして
友澤:最後に、率直にヤフーに期待している点を教えていただけますか?
江端:広告にはやはり柔軟性が必要なので、例えばキャンペーンを実施しながら効率を上げられるなど、臨機応変な対応をベースにした仕組みをもっと展開していただければ、と思っています。時間や地域、クリエイティブの出し分けなどもそうですね。受け取るユーザーのオケージョン次第で、ブランドイメージも左右されると思うので。
友澤:実施しながらチューニングするような柔軟性は、デジタルならではですし、それがうまく運ぶと広告主と媒体社の関係もさらに良くなりそうですね。
新しい手法には当然リスクもありますが、当社としてはその点を実験的な姿勢で、一緒にファクトをつくってくださるとありがたいです。事実さえできれば、そこからイノベーションが起き、さらなる変化が起こる。最初の1回が肝心なんですよね。
江端:そうですね。前例のないことにはもちろん大変さが伴いますが、具体的にやってみたいアイデアはたくさんあるので、デジタルもリアルも含めて今後も新しい展開でアプローチしていきたいと思います。この秋からも、最初にお話ししたパワーポイントのテレビCM以外に準備していた企画を、どんどんリリースしていきます。