マーケティングオートメーション(MA)のツールを導入するうえで最も重要なことは、自社にそもそもBtoBマーケティングの下地があるかどうかということです。2014年からさまざまなベンダーがツールをリリースし選択肢は増える一方ですが、皆さんの会社ではMAの本質に目が向けられないまま導入が検討されてはいないでしょうか。
MarkeZine編集部では9月18日(金)に『BtoBのためのマーケティングオートメーション 正しい選び方・使い方 日本企業のマーケティングと営業を考える』を刊行しました。本書はMAとは何で、企業にどういう変革をもたらすのかを解説した、導入前に読んでいただきたい入門書です。
MAは、ただ導入するだけでは意味がありません。準備が必要です。そこで今回、著者であるシンフォニーマーケティング株式会社の庭山一郎さんに、本書とMAについてお話をうかがいました。
庭山さんには、以前にも翔泳社から『ノヤン先生のマーケティング学』や『サラサラ読めるのにジワッとしみる「マーケティング」のきほん』を執筆していただいています。日本でのBtoBマーケティングの第一人者である庭山さんが語る、日本企業が抱える大きな課題とはいったい何なのでしょうか。
MAの本質はデマンドジェネレーション
――よろしくお願いします。本書はタイトルにもあるようにBtoBにおいてMAを活用するための解説書ですが、最も強調されているポイントについて教えていただけますでしょうか。
庭山:MAについてはいままでも解説書が出ていますし、これからも出ると思いますが、それらはツールの機能紹介が主であると思っています。本書ではそこではなく、MAとは何なのか――つまりどういうふうに役立ち、企業の営業活動をどう変革するものなのかという本質について説明しています。
私からすれば、MAというのはデマンドジェネレーション(案件創出)をやるためだけのツールなんです。スコアリングや高度なデータマネジメントをしないならMAを使う必要はありません。MAがBtoCの広告モデルに使えそうであっても、それならDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)がありますからね。そういう意味で、MAはBtoBにおけるデマンドジェネレーションのためのツールという定義がしっくりきます。
日本では2014年から実質的にMAツールが手に入るようになりました。Eloqua、Marketo、Siverpop、HubSpotが登場し、2015年になってマイクロソフトやアドビ、セールスフォース・ドットコムからリリースがあり、そのほか日本のベンダーからも出てきていますので、導入企業は増えるでしょう。
しかし、日本企業には外資系を除けばデマンドジェネレーションを行なうマーケティング部門も文化もありません。ですから、すでにMAが当たり前になっているアメリカと日本では事情が異なります。
いま流行しているからという理由で導入しても、MAは日本になかった仕組みなのでうまく使えないはずです。そうした失敗をしてほしくないという気持ちがありますね。
マーケティングの下地があったアメリカ
――庭山さんは早くからデマンドジェネレーションに取り組まれていたそうですが、アメリカではMAはどのように普及していったのでしょうか。
庭山:私の会社は、日本ではまだなかったデマンドセンターの構築を1997年からやっていました。なので、アメリカでの動向は早くから観察しています。MAについては、当時SFA(営業支援システム)の導入コンサルタントをしていた中で、それの前工程を行なう専門のツールとして出てきたというニュースで聞いていました。
アメリカではマーケティングは当たり前で、MAが登場する前からデマンドジェネレーション(案件創出)をしていました。ですが、まだMAがなかったので、マーケティングマネージャーは自分で使い勝手のいいメール配信ツール、データベース、CGI、CMSなどを組み合わせてマーケティングを行なっていたんです。
もちろんそれぞれ別のツールですから、データの連携には手間が発生します。彼らはマーケティングのための専門ツールがあればありがたいと考えていたんです。そこにEloquaがMAツールをリリースしました。彼らにはもともとデマンドジェネレーションのノウハウが充分ありますから、普及は非常に早かったんです。
しかし、日本企業にはマーケティングで案件を創り出して営業に供給していく知見がほぼないので、広報や販売促進のチームがMAを導入しても、すごく苦労するんですよ。
ツール好きのマーケターよりも経営層へ
――本書のターゲットはツールを使う立場の方々、いわばマーケターだと思ったのですが、そのお話をうかがうとそこに限らないのかなと感じました。
庭山:メインターゲットは実はツールに興味があるマーケターではありません。MAなどを使って売上を作らなければならない立場にある事業部長や営業本部長、経営層を意識して書いています。
この分野は日本とアメリカで10~15年ほど遅れています。その象徴として、アメリカの中規模以上の企業のマーケティングマネージャーと話しても、ツールの話は出てきません。マーケティングの基本設計やスコアリングのモデル、データマネジメント、営業に渡す方法やフィードバックをもらう仕組みなど、ツールよりももっと本質的なところにしか興味がないんです。
これが日本だと、皆さんツールの話で盛り上がってしまいます。マーケティングを効率的に行なうためにはツールの活用は必要ですが、それだけでは足りません。本質はそこではないんです。
例え話ですが、弊社が行なっている仕事は、建設業でいえば工務店にあたります。お客さんは住み心地のいい家を建てて家族で快適な生活をしたい。ですから、工務店は腕やセンスを競わなければいけません。使っているコンプレッサーをアピールしても意味がないわけです。お客さんに対して発信するときは、どんな家が建てられるのか、その家を建てたらどういう生活ができるのかを伝えることが本質です。
MAツールの導入が目的化する危険性
――いま日本の企業では、MAという手段が目的化しつつあるということですね。MarkeZineでもツールや方法論の情報を掲載していますが、どうしても新しい手段が登場するとそれが魔法の杖のように受け止められてしまいがちです。
庭山:手段は手段でたしかに面白いんです。特にウェブやマーケティングでは次々に新しいものが出てきますから。しかし、面白いからといってハマってしまうと、もっと予算を取って新しいツールを使いたくなるんです。そうして手段が目的化していって本末転倒に陥ります。
例えば、とあるECサイトが高機能のレコメンドエンジンを導入したとしましょう。BI(データ分析)ツールも入れて、2万通りのモデリングを作り、そこからサンプリングして個人のライフスタイルに合わせた78パターンの商品レコメンドができます、と担当者は自慢します。ですが、そのECサイトにはベッドが3種類しかなく、レコメンドする意味がないんです。
顧客のスコアに応じたプランがそれぞれ別にあれば、ツールを導入しても構いません。しかし、それがないと、BtoBでいえばお客さんのアクションA、B、Cいずれに対しても「営業が電話する」という対応しかできないわけです。やっている本人にしてみれば、「こっちは必死なのに営業がうまくやってくれない、悲劇だ」と語ってくれるんですが、聞いている私からすれば喜劇なんですよ。
これは本質を見ずツールの機能に取り憑かれてしまった例ですね。
MAの導入は組織のあり方を変えることとほぼ同義
――環境の変化もあってBtoBではMAを導入せざるをえないかと思いますが、本質を見据えた取り組みをするなら、日本企業は具体的にどういうところを変えていかなければならないのでしょうか。
庭山:それは本書を執筆した理由の一つにも繋がります。よく相談を受けるのは、「会社が大きいから組織を変えるのは難しい、なので変えずにMAをやりたい」というものです。気持ちは分かります。MA導入にあたって組織構成にまで踏み込まれてしまうと、担当者の主管ではなくなってしまいますから。
しかし、MAを導入することは組織を変えることとほぼ同義です。マーケティング部門がほしい見込み客の情報は、営業が持っている名刺や、広報が管理している展示会での来訪者データ、情報システム部門が持つ基幹データの売買履歴の中にあります。また、個人情報は法務にも監査してもらう必要がありますよね。
ナーチャリング(見込み客育成)してスコアリングするときも、行動解析はウェブでなんとかなりますが、属性を知るのは難しいでしょう。どういう業種のどれくらいの規模のどの部署が選定に最も関わるのか、という情報は営業が集めていて、さらに創った案件を追いかけて受注してくれるのも営業です。要するに、MAを導入した瞬間に部署を横断しなければならないわけです。
MAを特定の事業部、製品だけで試してみるというスモールスタートでもいいんですが、必ず全社で取り組んでほしいんです。そしてデマンドジェネレーションを行なうデマンドセンターを作ってください。
日本ではいままで必要ありませんでしたが、世界で戦おうと思ったらデマンドセンターは必須です。欧米ではマーケティングで案件を創り、営業が仕留めるというフォーメーションが組まれています。そこにマーケティングのマの字もない日本企業が出ていっても、竹槍で戦うようなものです。
日本企業の製品や技術のパフォーマンス、納品後のメンテナンスは世界の中でもいまだトップクラスですが、マーケティングでは甚だしく負けています。ここを世界標準の並程度にまで育てれば、日本の製造業はまだまだ成長できると思います。マーケティングなしで戦えたのはリーマン・ショックまでです。
マーケティングが下に見られる風潮を改める
――全社で取り組むという観点から見ると、日本ではマーケティング部門と営業部門の仲がよくない企業が多いというのはよく聞きますよね。
庭山:日本の場合は営業が強くて、売上に直接貢献できないマーケティングに対して厳しいですね。たとえマーケティング部門が案件を創ったとしても、営業は追ってもくれないことがあります。
面白いのは、日本人に部署間のことを話すと、「アメリカでも仲は悪いでしょう」と言われます。ですが、アメリカではマーケティング部門が強いんですよ。彼らからすると、マーケティングが社内のチャンピオンで、営業に対して「しっかり売ってくれ」と上から言う立場にあります。日本とアメリカ、部署間の関係性は全然違うわけです。
とはいえ、日本企業がアメリカみたいになる必要はありません。マーケティングと営業は案件の受注における前工程と後工程であり、どちらが偉いというものではないからです。ともに売上を上げるという過程において対等にならなくてはなりません。
MAの威力を知り、マーケティングに目覚める
――そういう意味では、本書に収録されている座談会にはマーケティングと営業の両方を経験されている方が参加されていて、バランスがとてもいいと感じました。
庭山:座談会には4名に参加していただきました。油野さんはNTTデータで営業部長をされていましたが、ITベンチャーに入り、いまはマーケティングと営業をやっているデータビークルを立ち上げられました。大成建設の上田さんは管理系の事務方から本社のマーケティング部門に転勤され、いまは営業担当部長をされています。ベリタス・コンサルティングの坂尾さんはリクルートで営業を6年、コンサルタントを4年経験されたあと、コンサルティング会社を設立されました。そして山洋電気の田添さんは、営業として入社して東京と名古屋で17年、広島での拠点長を経て、大阪の本社でマーケティングに携わるようになりました。
その中でお一人ご紹介すると、大成建設の上田さんはいま営業担当部長ですが、もともと現場で経理、事務担当をされていた方です。その後、本社に転勤となり工場を作る事業部のマーケティング部門に入られました。独自にマーケティングを勉強したそうですが、自社では難しいのではと感じていたそうです。ですが、あるきっかけでマーケティングのすごさに目覚めてしまったんですね。
そのきっかけというのが、弊社から大成建設に営業の電話をかけたことだったんです。上田さんはなぜマーケティングについて詳しく調べ始めたタイミングで電話がかかってきたのかと興味を持ってくれて、弊社の担当が詳しく話をしたところ、「いまの技術でそんなことまでできるのか」と驚かれました。
見込み客がそれほど興味を持っていないときは月1回のメルマガしか送っていないんですが、興味を持ち始めて資料をダウンロードしたり情報を深堀りしたりし始めたとき、いきなり電話がかかってくるわけです。結果、上田さんには「うちでもやりたい」と言われました。
上田さんはそのときたまたま展示会に出展されていたんですが、展示会の評価はとても低かったそうです。展示会のアンケートで何十億円の受注ができるわけがないと思われていたんですね。ですが、マーケティングを活用すれば売上に貢献できるかもしれないということで取り組んでいただけて、社内での評価も上がりました。そしてマーケティング部門の室長になられたんです。
皆さん、マーケティング、そして営業という経歴があるため、面白いエピソードがたくさんあって、いろいろな視点でお話しいただけましたね。ただ、座談会は全体が盛り上がりすぎてほとんど掲載できなくなってしまいました(笑)。
日本企業は「引き合い依存症」から脱しなければならない
――最後になりますが、MA導入を考えている方に向けて一言いただけますでしょうか。
庭山:表紙にも入れていますが、日本企業のいまの問題は「引き合い依存症」です。既存顧客に既存製品を売るのは世界一でも、新製品を既存顧客に売るのは下手で、既存製品を新規市場に売るのはもっと下手です。だから、相変わらず既存製品を既存顧客に売ることで会社が成り立っていて、そこがシュリンクすると不景気、拡大すると好景気というサイクルを繰り返しています。
これではダメです。「引き合い依存症」から脱するには、MAを使って構築するデマンドセンターを活用するしかありません。マーケティングで案件を創って、営業に供給するんです。営業が一度訪問した企業でも、他部署のニーズを発掘するなどしないといけません。残念ながら、いまのままでは欧米の企業とはとても戦いになりません。
改めて本書を一言で表すなら、「引き合い依存症に対する処方箋」です。それに自覚のある方にはぜひ読んでいただきたいですね。