ABMは「当たり前の取り組み」を当たり前に実践していくこと
BtoBマーケティングの手法として、ABM(Account-Based Marketing)に注目が集まっている。そもそもABMとは何を指すのか。株式会社マルケト代表取締役社長 福田康隆氏によると「営業とマーケティングが連携し、高い収益をもたらす可能性の高いターゲットに対して、適切なコンテンツ提供やキャンペーンを実行する。その結果、新規開拓からリテンションまで一貫した顧客体験を提供することで売上を最大化する」ための取り組みを指すという。
マーケティング担当者にとっては当たり前の取り組みに聞こえるだろう。しかし、福田氏は「当たり前のことを実践できずにいる企業は少なくありません。例えばターゲットとなる市場を明確に定義しないまま自社製品やサービスを展開したり、市場に属する企業をきちんとリストアップしていなかったりする企業が散見されます」と指摘する。
マーケティング部門と営業部門の連携も不十分だ。「両部門がどこまで“連携”しているかが重要です。マーケティング部門は関心度の高いリードを獲得したものの、営業部門に引き継いで終わりというケースが目立ちます。顧客に対してどのようなアプローチが有効かといった議論を部門間で交わすことが欠かせません」(福田氏)
マーケティング部門が獲得した新規顧客、営業部門がコンタクトした既存顧客、役員の人脈などの情報を統合することも必要だ。「当たり前の取り組みを当たり前に実践していくのがABMの根本的な考え方です」(福田氏)
ABMに向き・不向きな企業があるのも事実
ABMを成功させるためにはどうすればいいか。より多くのステークホルダーが参画することが大切と福田氏は語る。「顧客のフェーズに合わせたコンテンツやキャンペーンを提供するためには、部門をまたいで取り組むことが必要。マーケティングや営業のほか、インサイドセールスや経営層を巻き込んだ共同作業による取り組みが成功のカギを握ります」(福田氏)
ABMで先行するアメリカでは、すでに効果を上げる企業が増えているという。Alteraグループの調査によれば、97%の企業が「ABMは他の施策に比べて高いROIを示している」と答えている。「既存顧客との関係維持および拡大で有効」と答えた企業は84%、「新規顧客獲得において有効」と答えた企業は65%に達する。
もっとも、すべての企業がABMに向くわけではない。「少数の重要顧客をメインターゲットとする企業は、ABMによる効果を高められます。例えば、特定の市場において上位20%の企業の売上が全体の8割を占めているというケースでは有効です」と福田氏。
大手企業や重要顧客でなくても、特定のグループにフォーカスすることを明確に打ち出している企業は効果を上げやすい。業種や地域にフォーカスしてもABMによる効果を得られる。一方で、中堅・中小企業を幅広くカバーする企業には、必ずしも適合しないという。
ABM実践の4ステップとは?
ABMに取り組むにはどんなステップを踏めばいいか。福田氏は次の4つのステップを提言する。
1つ目はターゲットを特定することだ。具体的には企業規模や業種、地域を設定したり、自社のテクノロジや製品・サービスに対する関心度の高さを分類して絞り込んだりする。
このとき重要なことは「市場を決めるのはマーケティング部門ではなく経営層であること」だと福田氏。もちろん、経営者が独断で決めるのではない。「マーケティングや営業はもちろん、製品・サービスの開発部門なども巻き込み、徹底的に議論する必要があります」(福田氏)
では、ターゲットを絞り込む際には何を指標とすればよいか。高いリターンを得られるか、自社製品との相性はどうか、中長期戦略において重要だと位置づける企業であるかなどを検討する必要がある。過去のデータも参考にしたい。「CRMが保有するデータを見直し、1社あたりの売上額や商談日数の短さなどを確認しましょう。自社に有利な特徴を洗い出すことで、共通する企業をターゲットとして絞り込めるようになります」(福田氏)
さらに、競合他社の取り組みにも目を向けたい。どんな顧客を獲得しているか、自社と取引のない顧客層がターゲットかどうかなどをチェックすべきだ。
アメリカでは、企業情報を確認できるサービスを活用することで、競合他社の動きを把握しようとする動きが見られるという。例えばLinkedinやInsideView、HOOVERSなどは企業データをマスターとして保持し、企業が活用できるようになっている。leadspace、salespredictなどは、企業が公開するデータを使ってポテンシャルを評価している。こうしたサービスを活用してターゲットを選定することも検討したい。
ターゲットを抽出したら、優先順位をつけることも忘れてはならない。「たとえば自社の戦略上、重要と位置づける企業を上位20社とし、続く企業はアカウントスコアによる評価や、営業担当者がリストアップした内容を基に重みづけを変えるのが有効です」と福田氏。アカウントスコアは、過去の受注率や商談金額、売上、従業員数、ソーシャルメディアへの発信数、競合製品の利用状況などを勘案して割り出すのが一般的だ。
ターゲット企業の状況を整理、部門間で協力して空白を埋める
2つ目のステップでは、ターゲット企業のプロファイルを作成する。財務状況を把握するほか、直面する経営課題や業界の動向などを整理したい。SWOT分析を実施してターゲット企業の障害となりうる要因を洗い出すことも必要だ。詳細なプロファイルを作り出すことで具体的なアプローチ方法を模索できるようにする。
ターゲット企業の誰にアプローチするのかを考えるときに役立つものが組織図だ。たとえば、中堅・中小規模の企業がターゲットなら、社長に直接アプローチすればいい。しかし大企業の場合、そうはいかない。誰に・いつ・どのようなアプローチをしたのか、組織図を使って可視化することが大切だ。
「そのためには、営業やマーケティング、インサイドセールス部門などが共同で組織図の空欄を埋める取り組みが不可欠。顧客接点が多様化する中、どの部署がどんな方法でコンタクトしたのかを洗い出す作業の重要性が増しています」と福田氏は解説する。
BtoBでは具体的なアクションマッピングが重要
こうしたステップを踏み、具体的なコンテンツやキャンペーンの内容を考案するのが3つ目のステップだ。ここでカスタマージャーニーの設計に取り組む。ただし「BtoB向けの市場においては、カスタマージャーニーで一般的に使われるフローチャートは効果的ではないと思います」と福田氏は注意を喚起する。
「BtoBは製品やサービスを長期検討するケースや、定型かつ単純なフォローだけでは顧客のセグメントを次段階へ移行させられないケースが多い。そのため、プロセスを順序立てて示したフローチャートは役に立ちません」(福田氏)
では、どうすればよいか? 福田氏が推奨するものが、セグメントで分類した顧客に対し、どんなコンテンツやメッセージを配信するのが適切かをマッピングする作業だ。自社に対する顧客の反応を「認知」「関心」「評価」「コミットメント」などで分類し、各セグメントに適するコンテンツやキャンペーン内容を埋めていく。分類する方法は、自社からのアプローチに対してどんな行動を示したかで判別すればいい。
加えて、どのチャネルを使って顧客にリーチするのかも検討したい。メールや電話、SNS、イベント、ブログなど、さまざまなチャネルがあるが、「まずは単一チャネルからスタートするのが望ましい。徐々に範囲を広げていくのが適切なアプローチです」と福田氏は語る。
このとき、コンテンツやキャンペーンの特性を踏まえ、どのチャネルに展開するのが効果的かを考慮することが大切だ。モバイルに適したわずかな時間で閲覧できるコンテンツがある一方で、PC等でじっくり閲覧したいコンテンツもある。チャネルの利点を加味したコンテンツ作りも求められる。
「顧客のセグメント別に適切なコンテンツやキャンペーンをマッピングした表に、展開するチャネルも追記するといいでしょう。マーケティング担当者は、作成した表をチェックするだけで施策内容や展開チャネル、顧客層を把握できるようになります」(福田氏)
効果測定にツールは有効、運用しながら組織を変える
最後のステップでは効果を測定する。特にはっきりとした効果が現れるまでは、エンゲージメントを測定することが大切だ。たとえば、自社のWebサイトへの訪問数が多かったり、さまざまなコンテンツをダウンロードしたりする顧客なら、セグメントを「認知」から「関心」、もしくは「評価」から「コミットメント」などへ移行させるようなコンテンツの作成に注力する。
顧客のアクションが不十分なら、認知を向上させるイベントやセミナーなどの施策に予算を割り当てるようにする。広告の閲覧数やサイトの訪問数、獲得リード数、商談数などを指標として測定するのが望ましい。
効果測定にはツールの利用が有効だ。「効果指標となる各種データを手作業で収集するのは難しいです。ツールを活用することで作業を簡略化できますし、測定結果をダッシュボードに可視化することで経営層の意思決定を早期化するメリットも見込めます」と福田氏。ただし、「高」「中」「低」程度で評価するなら、ツールではなくワークシートを作成して測定してもいいという。
顧客の検討ステージ(初期、中期、後期)に応じて確認したい項目もある。例えば初期ならWebサイトに何人訪問したか、コンテンツのダウンロード数、コンバージョンなどがどう推移しているのか確認したい。後期なら営業担当者がCRMに案件として登録する割合が高い。そこでCRMに蓄積する商談内容を確認し、今後のマーケティング活動にフィードバックする。営業担当者から顧客の反応をヒアリングするのも有効だ。「マーケティング施策の修正、精度向上のためにも、測定結果を反映できる体制づくりが不可欠です」(福田氏)
福田氏は、最後にツールの位置付けについて次のように述べ、公演を終えた。
「マーケティングと営業部門が連携する体制を整備した後にツールを導入するのではありません。体制が整わない状況でツールを導入すれば、両部門を連携させるきっかけになります。ツールを導入するために組織や体制を変えるのは大変なこと。ツールを導入すれば、そのメリットを最大化するために各部門が同じ目的に向かって取り組めるようになります。自社の変革をもたらす触媒としてツールを位置づけることが理想的でしょう」(福田氏)