ファンの「こだわり」も重視したパッケージリニューアル
佐藤氏によれば、デザインは「付加価値」ではない。商品には元々「価値」があり、それを引き出し、消費者に効果的に伝えるのが「デザイン」なのだ。それまでなかった新しい価値を加えるのではないのだという。
たとえば佐藤氏の代表作品の一つに、1993年のロッテのクールミントガムのパッケージリニューアルがある。佐藤氏は、このときの自分の仕事を、既存のデザインの要素の「再配置」と表現している。
この時点でクールミントガムのデザインは1960年の発売以来変わっておらず、30年以上親しまれていた。
リニューアルにあたり佐藤氏が最初に考えたのは、売り場空間、とりわけ当時急速に店舗が増えていたコンビニエンスストアの環境だった。
当時のコンビニは現在のように洗練されておらず、たいていの店舗は商品の配置が雑然としていた。また店内の明るい照明が商品を照らし、反射するため、どの商品も同じに見えたりもした。佐藤氏は、そんな売り場環境でどんなデザインならば目立ち、手に取ってもらえるかが重要と考えた。
そこで、自分自身がコンビニに行ってガムを探す場面を想定してみた。すると客が商品に目を向ける時間が1秒ほどしかないこと、パッケージの天面と側面が同時に視野に入ることなどがわかった。
それらを受けてまず、雑然とした空間でも目立つように、従来よりもパッケージの色を明るくした。
そして、天面と側面のデザインを異なるものにした。それまでは2面とも同じデザインだったが、売り場では「斜め上」から天面と側面を一緒に見ることが多い。それだと同じデザインではもったいない。
天面には以前のデザインの、「COOL MINT」のロゴを若干アレンジして使用した。側面にはペンギンの絵を入れることにした。以前のデザインでロゴの隣の小さな額縁の中に描かれていたペンギンだ。
ここで佐藤氏は、従来のファンの心理を推察した。長年親しんだデザインが変わるのがどう受け止められるのか。
ペンギンを残せばそれでいい、とは考えなかった。その他にもファンならではの「こだわり」があったのではないか。旧デザインでは、ペンギンの他に、小さく潮を吹くクジラが描かれていた。よく見ると、その潮はすべて右側にたなびいている。佐藤氏は、往年のファンの中にそうした細かい点にも愛着を持っている人がいるかもしれない、と考えた。
クジラはデザインから除くことにしたので、他の、ファンが愛着を持ってくれるような「こだわり」を作ることにした。新デザインでは側面に5体ペンギンが並ぶのだが、そのうち1体だけポーズを変えてみた。こうした細かな違いをデザインすることで、その工夫に気づいたファンが改めてパッケージに愛着を持つことを狙ったのだ。
デザインとは、既にある価値を引き出すこと
佐藤氏は、商品が主に置かれる売り場環境にフィットするような見え方の工夫とともに、ファンが離れないよう「クールミントガムらしさ」を残した。これが佐藤氏のいう「再配置」だ。
たとえ高級品でなくても、売れる商品には消費者にとってのなんらかの「価値」があるはずだ。ただ、価値があるから売れるとは限らない。その価値を引き出し、消費者にわかりやすく届けなければならない。それをするのがデザイナーの役割だ。
佐藤氏のような大量生産品のデザイナーは、過去の商品やメーカー、ブランドに対する消費者の愛着を切り捨てず、従来の価値を生かしたまま、時代や売り場環境の変化に則してデザインしていく。求められるのは、「これが俺の作品だ!」と主張する強烈な個性ではなく、消費者の価値観や時代背景、クライアントの意向など様々な要素を勘案できるバランス感覚ではないだろうか。
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