デジタルマーケターが悩み始めている
セッションの冒頭、鈴木氏はデジタル広告やメールのみを駆使した手法では「リーチの限界」があると問題提起した。「マーケティングオートメーション(以下、MA)」の普及とともに、「デジタルに閉じたマーケティング施策」の限界に直面しているマーケターは多いと指摘した。
「アドブロッカーの普及も懸念されるところですし、CPM、PPC、CPAといった指標の効率を重視するあまりリーチが限定的になってしまう問題もあります。デジタル中心の施策に邁進してきたマーケターが悩み始めている、といえるでしょう。
メールでコミュニケーション可能な顧客は、顧客全体×メールパーミッション率×開封率で算出できます。ある会社の調査結果によると、メールでアプローチできる率は全体のわずか6%でした。
こうした現状をうけて、2017年ごろからデジタルとアナログを組み合わせた施策の有用性に注目が集まっています」(鈴木氏)
それを裏づける数字として示されたのが、2016年3月に日経BPコンサルティングが実施した「デジタル・アナログ領域のマーケティング施策実態調査」だ。鈴木氏はこの調査を引用しながらデジタルとアナログを組み合わせる施策の優位性を解説する。
本調査によると、400社に「デジタルとアナログ両方を組み合わせた施策」「デジタルか、アナログどちらか一方のみの施策」に取り組んだ結果について聞いたところ、「デジタルとアナログ両方を組み合わせた施策」に取り組んだ方が、「デジタルか、アナログどちらか一方のみの施策」に取り組んだ場合よりも、デジタル施策・アナログ施策ともに効果が出ていることがわかったのだ。
MAによるオンライン施策シナリオに「限界」が出ていた
このセッションに登壇しているリクルートジョブズやディノス・セシールをはじめとして、日本郵便は幅広い分野・業界の企業と「デジタル×アナログ」によるマーケティング施策の実証実験を進めている。
計3回に及んだ実証実験を通して、「既存の顧客を対象とした、デジタルとアナログを組み合わせた施策の有効性が実感できた」と語るのがリクルートジョブズの宮尾昇氏だ。
「当社にとっての顧客は、人材採用を検討されている企業様です。マーケティングオートメーション(以下、MA)のMarketoを活用してシナリオ設計し、メール配信と架電を組み合わせた施策を手がけてきました。
MAでお客様にとって心地よいタイミングで情報をお届けするべく努力してきたのですが、メールやコールでのコミュニケーションにご興味がない可能性があるお客様や、最初からオンラインでのコミュニケーションを求めていないお客様もいらっしゃいます。そうしたお客様に対して、どのようにシナリオ設計すればよいのかが課題になっていました」(宮尾氏)
毎週送っているメルマガで、全リード数のうちCookie情報が取得できていたのは約半数だった。つまり、約半数のお客様はメールによるコミュニケーションを求めていなかったのではないかと宮尾氏は振り返る。オンライン施策偏重に対する危機感を覚え、オンライン施策とオフライン施策を組み合わせる実証実験に取り組むこととなった。
「具体的には、メールによるコミュニケーションで反応のないお客様を対象に、『メールマガジンのみ』と『DMとメールマガジンの組み合わせ』によるアプローチを実施してみました。結果、Webサイトへの訪問がメールマガジンのみの時よりも、DMと組み合わせた時の方が3.6倍と、予想以上のボリュームになりました」(宮尾氏)
第二の施策として、元々何らかのオンライン・アクションのある顧客を「アクティブ層」、アクションのない顧客を「notアクティブ層」と分けて、DMとメールマガジンを組み合わせた施策も試みたという。
「これは実際に商談の案件となった数をカウントしましたが、アクティブ層に比べてnotアクティブ層が約1.3倍とこちらも予想以上の結果になりました。意外だったのは、DMをお送りすることでアクティブ顧客以上のCVRが達成できたことです。デジタルだけでなく、アナログ施策を組み合わせることでこれまで「アクティブでない」と認識していた潜在顧客へもリーチできました」(宮尾氏)
クリエイティブよりタイミング?
第三の施策でも興味深い結果が得られた。顧客に送付するDMを上質紙と普通紙に分けて同時に発送したのだ。
「実施前の仮説としては、オモテナシ感が強い『上質紙』の方が、良い結果になるのではと思い実施したのですが、実施後に商談案件になった数をカウントすると、意外なことに普通紙のほうが約1.2倍もボリュームが多かったのです。ですから上質な紙を使ったり、高級感を出すよりも、お客様が欲しいと思っていた情報をベストなタイミングでお届けするほうが手ごたえのある結果になるという発見がありました」(宮尾氏)
デジタルとアナログを組み合わせた施策には、確かな効果が出ており、オファー次第ではROIもクリアすることができた。同時に、オフライン施策でユーザーにアプローチできたあとに、どうやってオンラインでのコミュニケーションで再活性化するかという新しい課題も見つかったと宮尾氏は言う。
この3つの実証実験が素晴らしいのは、PDCAサイクルの結果から新しい施策のヒントやアイデアへとつなげていることだと鈴木氏は語る。
「結果から、顧客の姿勢や状況を推測して次の施策へと結びつける。そこから新しいシナリオづくりをすることで、もっと高い効果が望めそうな施策を生みだしていくことが大事ですね」(鈴木氏)
カタログ通販の雄から見る、アナログ・デジタルそれぞれの強み
リクルートジョブズの宮尾氏に続いてマイクを握ったのがディノス・セシールの石川森生氏だ。
はじめに石川氏は「新規顧客獲得(Acquisition)」「顧客維持(Retention)」「コンテンツ(Contents)」「顧客リスト(Members)」という切り口で、伝統的なカタログとWebサイトとの「強みと弱み」について分析した。
「新規顧客獲得」では、カタログは若年層へのアプローチ手段としては必ずしも親しみやすいものとはいえず、年配層への伸びしろという意味でも限定的だと捉えている。一方の、Webサイトは、若年層への有効なリーチ手段が多く、最近は年配層でもECで購入する体験が増えているという強みがある。
「顧客維持」ではカタログに圧倒的なリーチ確率の高さがある一方で、都度の発行コストやフリークエンシーの長さが課題で、その点においてはWebサイトが勝るという。
さらに「コンテンツ」軸では、カタログには顧客への動機づけに有効だという強みや、他社による参入障壁が高く、紙メディアの体験の希少性が高まることによる差別化といったメリットがあるが、スピーディな制作と送付がむずかしいという制約もある。一方のWebは、刈り取りに向いているが、独自性の高いコンテンツ作りが難しく、コンテンツの大量生産・大量消費には限界がきている。
最後の「顧客リスト」については、カタログはリプレイスが困難だが、Webでは競争が激化しており顧客を奪われやすいので、カタログが有利だと石川氏は語る。
これらの背景から石川氏は、カタログとWebサイトは、それぞれメリットも特性も異なるメディアなのだと位置づける。
「カタログとWebサイトは対立するのではなく、相互補完しあうメディアととらえています。新しい顧客の獲得や、CRMによるきめ細かなリテンション施策においてWebサイトは優れていますし、カタログには新しい発見をもたらして「欲しい!」という気持ちを引き起こすという強みがあります」(石川氏)
「カゴ落ちDM」の衝撃
カタログ販売ならではのメリットとWebサイトだからこそ実現できる優位性を掛け合わせる――ここからディノス・セシールの石川氏が導きだしたのが、「EC化率の向上」そのものを目指すのではなく、「ECでのUX向上」をめざすことで結果として「EC化率の向上」を実現するという戦略だ。
「今、大手ECサイトでは『即日配送』や『ポイント経済圏』『最安値』『ID・決済』『オムニチャネル』などでUX向上を進めています。規模が違うライバルを相手に、同じ施策をしても競争に巻きこまれてしまいますので、ディノス・セシールならではの強みを活かしたUX向上施策こそが大事だと考えました」(石川氏)
ディノス・セシールという日本を代表するカタログ通販企業の強みは、「商品力」そして「プレゼン力」にあると石川氏は続ける。
「バルミューダのトースターやデロンギのエスプレッソ・カプチーノメーカーといった生活をより豊かにするアイテムや、ダイソンV8モーター搭載モデルにも対応しているスティッククリーナースタンド、洗濯機を置くパン(スペース)がなくて困っている人に向けたステンレスの洗濯機置き台など痒いところに手が届くディノスオリジナルの高品質・高付加価値の品ぞろえが私達の『商品力』です。この豊かな品揃えを、カタログとWebとをうまく組み合わせて訴求していく施策を考えました」(石川氏)
カタログには、顧客を選んでタイミングよく発行できず、コストが高めでWebユーザーへリーチしづらいという弱みがある。一方、Webサイトにはリテンションが弱く、EC単体ではカタログ並みのビジネス規模を作ることがむずかしく、大型ECサイトという強力な競合が存在するという弱点がある。
そこで双方の強みを活かし、弱みを相互に補完する目的である実証実験に取り組んだのだ。
「ECサイトのコンテンツ内で得られるユーザーのアクションデータを活用して、『紙』のDMでタイミングとコンテンツをパーソナライズしてアプローチできないかと考えました。ECサイトでは、ユーザーが商品を一旦『カート』に入れたまま離脱してしまうことが多い。そのカゴ落ちした商品を盛り込んだDMにして、サイト離脱から24時間以内に顧客へ発送するという施策です」(石川氏)
ハガキにはアイテムごとにQRコードを載せ、ハガキからサイトへのアクセスを計測できるようにした。この実証実験の結果、従来のWeb施策と比較して120%のレスポンスを達成できたという。
DMの最新活用から見えるオムニメディアの未来
最後に鈴木氏がマイクを持ち、リクルートジョブズおよびディノス・セシールとの実証実験を踏まえたまとめを行った。
「紹介した2社だけでなく、富士フイルムやアジャイルメディア・ネットワーク、オイシックスドット大地などでも、DMとメールを組み合わせた施策が予想以上の効果を上げています。特徴的なのは、BtoB企業だけでなくBtoC企業でも有効だということです。
なお、アナログ施策を成功させるには、DM単体ではなく、デジタル施策と組み合わせることが重要です。しかも、メールやデジタルによるアプローチよりも前にDMを送ることが秘訣になります。
パーソナライズにおいてはターゲットへの理解をもとにしたシナリオ設計が鍵だということ、クリエイティブ以上に顧客が情報を欲しがるタイミングを逃さないスピードが重要な成功要因だということもわかってきました」(鈴木氏)
加えて鈴木氏は、これまでアナログ施策であるDMの弱点とされていた「スピード」と「コスト」という2つの課題も解消しつつあると説明。
「先ほどのディノス・セシールのケーススタディのように、MAとバリアブル印刷によって24時間以内にユーザーへパーソナライズしたDMを発送できるインフラが整いました。かつ、データドリブンにターゲティングを行うことでコストも圧縮できるようになっています」(鈴木氏)
鈴木氏は、デジタル施策を否定する必要はまったくないとして、重要なのはデータドリブンを前提として、デジタル施策とアナログ施策の長所を融合させていくことだと強調した。その上で、「DM×メール」はある意味では始まりに過ぎない、と語った。
デジタルマーケティング界ではこれまで、店頭やECやスマホアプリといった「顧客化」チャネルをうまく融合させることばかりが強調されてきたが、鈴木氏によると、「顧客化」の前工程・後工程である「アクイジション」「リテンション」の段階において活用する「メディア」も、オムニ化する必要がある、というのだ。
その意味では、DMとメールを併用するというのはリテンションメディアにおけるオムニメディアの試みとして位置づけることが可能であり、メディアのオムニ化の「始まり」だといえるのだ。
「顧客は、自身をとりまくメディアを、アナログかデジタルかなどと意識することなく生活しています。オムニチャネルだけではなく、メディアのオムニ化、つまり『オムニメディア』を意識した施策づくりが今後根づいていくことを期待しています」(鈴木氏)