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企画者には最初のコンセプトを貫く信念と変える勇気が必要 『商品企画』を執筆した富永朋信さんに訊く

 日本コカ・コーラや西友で商品企画やマーケティングに従事されてきた富永朋信さんが初の著書『デジタル時代の基礎知識『商品企画』』(翔泳社)を出版。本書は長年の経験から導かれた商品企画のエッセンスを詰め込んだ1冊です。今回発売を記念して、富永さんに商品企画における課題や企画者が大切にすべきことを尋ねました。

商品企画によくある課題は、理解されずぶれること

――富永さんはこれまで様々なマーケティング業務に携わってこられましたが、その経験の中で商品企画における一番の課題は何だとお考えでしょうか。

富永:課題はいろいろあるんですが、一つ特に指摘したいのは、企画者が最初に起案した商品からずれたものができ上がってしまう場合があるということです。なぜそんなことが起きるのかというと、企画を上司や開発プロセスに通そうとしたとき、なかなか理解されず、何度も壁にぶつかるんです。そのため企画を通すことが第一になり、だんだん気持ちが萎み、最終的に当初の想いから離れた商品ができ上がってしまいます。

 商品企画は企画者が持っていたパッションや信念を形にしたものであるはずなのに、こうなるとなんだかおかしいですよね。では、どうやってこうした事態を避ければいいのか。実は技術的にカバーできるポイントがいくつかあります。ペルソナをしっかり作る、ぶれないコンセプトを決めておくなど、基本的なところを押さえておくと信念を形にしやすくなります。

 こうしたことは商品企画に限らず、あらゆる企画において課題になりがちだと思います。

――企画者が「いける」と直観で起案するときもあると思います。そういうときほど理解されにくそうですが、そもそも企画者や上司などは直観をどれくらい信用していいものなのでしょうか。

富永:その質問は「直観とは何か」という問題にもかかってきます。行動経済学では、人が意思決定をする際にヒューリスティクスとアルゴリズムという2種類のシステムを用いていると考えられています。

 ヒューリスティクスは昔の経験や知見が下地になって得られる着想で、瞬間的に思いつくので直観と呼ばれます。一方で、本当にその場の思いつきも同じく直観と呼ばれるので、両者を区別する必要があります。それなりの経験を積んだ人や複雑な思考プロセスを繰り返してきた人による直観は一聴に値しますから、これを前提として直観から生まれた企画を精査すればいいのではないでしょうか。

 本書でも直観について説明していますが、これはヒューリスティクスの直観を想定しています。直観からいいアイデアを生み出す企画者は会社にいる時間だけでなく、通勤途中はもちろん、食事をしているときやお風呂に入っているときも企画について考え続けているんですね。一つのことをいろんな角度から考察していて、時には突飛な連想もします。こうしてお題について深く考えた結果として生まれる直観は、いいアイデアであることが多いです。

富永朋信さん
富永朋信さん

心の中に潜むトリガーを引けるように

本書『デジタル時代の基礎知識『商品企画』 「インサイト」で多様化するニーズに届ける新しいルール(MarkeZine BOOKS)』のサブタイトルに「インサイト」を持ってきたのはなぜですか?

富永:インサイト自体は今も昔も大切です。ですが、高度成長期には満たされていないニーズが多々あったので、消費者の購買意欲が高くなくても、それまでの生活を変えるような便利さが備わっていれば何でも買ってもらえたんです。冷蔵庫や洗濯機などの家電が特にそうですよね。

 ところが、今はそうした基本的な便利さは満たされ尽くしていて、消費は付加価値にかかるものだと言っていいと思います。そうすると、消費者の心の中に潜んでいる、購買につながるトリガーのメカニズムを知っているか否かでどんな商品を企画するかに差がつきます。そのトリガーが引かれるきっかけがインサイトであり、多くの企業が調査や観察によってそれを知ろうとしているわけです。付加価値にお金を出してもらうためには、インサイトを掴むことがとても大切なんです。

――富永さんのご経験の中で、インサイトが大事だと思い至るきっかけは何だったのでしょうか。

富永:かつてプライベートブランドを開発していたとき、それまで常識とされていた「安さ第一」でいいのか、と考えたことがあったんです。消費者に尋ねてみると、あるのは「作り手の名前を知っている」という最低限の信頼感のみで、品質があまり高くないという声があり、それを払拭したいと。

 そこで、ブランドにお約束として本格的な導入の前に試験販売を行うことにしたんです。消費者に他社の商品と比べてもらい、プライベートブランドのサンプルのほうがいいという意見が一定の割合より上の商品だけ発売することにしました。すると品質への評価がだんだん高くなっていき、売上も伸びました。それを機に、やはり消費者のインサイトが大事なんだなと思うようになったんです。

 そもそも「安さ第一」に疑問を持ったのは、プライベートブランド先進国であるイギリスのスーパーマーケットを視察しに行ったのがきっかけです。元々は店内で最も安い、でも品質はそこそこというプライベートブランドを作ろうとしていました。ところが、イギリスでは他社の商品に劣らないどころか、それ以上の品質のプライベートブランドを展開していたんです。「そういうこともできるんだ」と感心して、さっそくノウハウを学んで実践してみたんですね。

最初のターゲットを変更する強さも必要

――たしかに、最近はプライベートブランドの商品のほうに魅力を感じることも増えましたよね。

富永:一方で、プライベートブランドには落とし穴もあります。先ほどお話ししましたが、当初のコンセプトからぶれてしまうことがあるんですよ。なぜかというと、プライベートブランドは最初に定めたコンセプトに合った商品だけを厳選するので売れやすいんですが、それを目撃したバイヤーからあれもこれもと、コンセプトにはまらない商品もプライベートブランドに入れてほしいとお願いされてしまうんです。企画者としても付き合いがあるので断りづらい。しかし、そうすると尖っていたからこそ得られていた評判が落ち始め、あとはなし崩しです。何でもかんでもプライベートブランドになってしまい、その価値がなくなります。

 そうならないように、コンセプトを決めたら企画者が志を貫かないといけません。ただし、志や信念にこだわりすぎると、それはそれで機会損失を生んでしまいます。たとえば、想定していたターゲットを中心にマーケティングをしたにもかかわらず、別の層がより多く買ってくれていることがわかったとしましょう。そのとき、当初のターゲットに固執すると、新たに判明した購買層への情報伝達が滞り、せっかくのポテンシャルを活かせなくなります。商品の開発時は適したターゲットだったとしても、利益を考えるならば機敏にターゲットを変更したほうがいいんですね。

 商品企画もマーケティングも、リニアに進んでいくものではありません。行きつ戻りつを繰り返す、いわばアジャイルで取り組むことで効果を最大化できるんです。本書でもその点は強調していますので、ぶれてはいけないという基本的な姿勢を大事にしつつ、あまりこだわりすぎてもいけませんね。

――時代の変化に対応できる企業が生き残るということですね。

富永:そうですね。企業の寿命は30年とも言われますが、それ以上存続している企業は少なくありません。一方、日本にも百年単位で続いている企業があります。そういう企業が生き延びているのは、ターゲットのリニューアルができているからだと思うんです。1980年代のバブル期にヒットを飛ばした企業の業績が落ち続け、倒産に至るのは、バブル期に存在していた消費者像を刷新できていないからでしょう。当時設定したバリュープロポジションが現代でも通用するはずがないので、時代に合わせて調整しないといけません。

 たしかに、ターゲットの設定は商品企画におけるスタート地点です。そこを変えてしまえば商品もブランドも揺らいで、すべて変わってしまうという不安はあると思います。ただ、本当に商品を愛していて今後も販売し続けたいなら、虚心にお客様と商品の関わりを見つめ、必要に応じて方向修正する勇気が大切ですね。

 商品企画は信念の固さが功を奏するケースが多いのは事実です。それと同時に柔軟性を持つのは難しいんですが、本書のメッセージはまさにそこにあります。私自身も失敗を繰り返してきて、柔軟性に欠けていたこともあるんですよ。

 私自身の経験を紹介しましょう。かつて自販機の仕事をしていたとき、docomoのiモードと連携して自販機で着メロを購入できるキャンペーンを行うことになったんです。自販機とケータイを連携させることで、iモードで決済ができるようになるものです。着メロもケータイで購入できます。

 ですが、私は自販機のビジネスをしていましたから、ケータイだけで着メロが購入できたらダメだと思ったんです。自販機の前に来て購入すべきだと。今考えたら何を言っているんだという感じですし、当時も私以外はわざわざ自販機に買いに来る必要はないという意見でした。普段味方してくれる人にも反対されました。それで引き下がったんですが、本当は納得していなかったんですよ。でも、もし自分の考えにこだわり続けていたら、手痛い失敗となっていたかもしれません。

 これは企画者が信念に対して頑固になりすぎた事例です。こうした経験をしたからこそ、次の世代には本書を通して「頑固すぎるのもよくないよ」と伝えたいんですね(笑)。

富永朋信さん

本書をきっかけに、自分で考える旅路へ

――そうした想いも含め、本書はどういう方に読んでもらいたいですか?

富永:誰より、駆け出しの方です。商品企画の部署に初めて所属した方のために書きました。商品企画はこれだけで何冊も本が書けるほど奥の深い分野です。本書では全6章に分かれていますが、それぞれをいくらでも深掘りできるんです。ですが、それをしてしまうと辞典のように分厚くなりますから、エッセンスだけをわかりやすくまとめるようにしました。

 そのため、読み終わったあとに掲載しているフレームワークなどを実践してみようとすると、現実に当てはまらないことも多いと思います。本書は章の順番どおりにやればいい企画ができるわけではなく、ましてや商品企画のマニュアルでもありません。初学者向けにしては難しい内容もありますが、疑問に思ったところ、反論したいと感じたところなど、そういう部分を手がかりにして理解を掘り進めてほしいです。

 そして実践して「うまくいかないな」と思ったらチャンスです。ぜひうまくいかない理由を考えて、解消する方法を見つけ出してください。私もかつてブランドについて勉強するため、ブランドを定義した本や文献をいくつも読んだんです。どれも非常によく練られているんですが、いざ自分のビジネスに援用してみようとするとうまくいかないんですよ。

 それらは基本的に、「ブランドを作るときは最初にペルソナを決めるべし」とありました。そのときはスーパーマーケットに勤めていたんですが、自社ブランドはペルソナを作れば作るほどつまらないブランドになる気がしてきたんです。

 なぜかというと、スーパーマーケットは誰でも来る場所なので、消費者を代表する平均的なペルソナを作ると「そのへんのおばちゃん」になるんです。そのペルソナをもとにブランドを作ると、突出した特徴のないブランドになってしまいます。本来差別化のために行う作業なのに、結果として特徴がなくなっていくのであれば、スーパーマーケットのブランドをペルソナから考え始めるのは、あまり当てはまらないと思い至りました。

 このように、本に書かれてあることはあくまで一般論、もしくは個別の事例です。それをベースにして自分のビジネスに合った方法論を作っていくことが大切ですよね。私としては、そういうことができる人が増えれば日本の商品企画やマーケティングがもっとよくなっていく、という信念を持っています。

 ユーザーインターフェイスや語り口は親切なのがいいものだとする考えがありますが、度が過ぎてもよくないと思います。中にはじっくり向き合わないと理解できない物事もあるんですよ。商品企画はその一つですし、だからこそ本書はライオンが子供を谷に突き落とす気持ちで章立てし、執筆しました。本書をきっかけに、自分で考える旅路に就いてもらえれば嬉しいですね。

冷静と情熱を共存させる

――では最後に、富永さんが商品企画において一番大切にしていることを教えていただけますか?

富永:昔、『冷静と情熱のあいだ』という作品がありましたが、この言葉を借りると、商品企画はまさに冷静と情熱が必要な仕事です。お話ししたように、企画者は自分の作ったアイデアを愛する情熱と、自分で冷や水をかけるような冷静さをもって臨まないと、けっしてよい結果には恵まれません。

 これから商品企画を仕事にしていく方には冷静と情熱のあいだを意識してもらえればと思います。いや、あいだじゃダメですね、冷静と情熱を共存させてください(笑)。

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デジタル時代の基礎知識『商品企画』
「インサイト」で多様化するニーズに届ける新しいルール

著者:富永朋信
発売日:2018年8月29日(水)
価格:1,598円(税込)

本書について

本書ではどんな時代にも高確率で売れるインサイト型の企画方法を紹介。日本コカ・コーラや西友などでマーケティング関連の職務を歴任してきた著者が初心者の方にもわかるように事例や具体例を交えながら説明します。

 

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この記事の著者

渡部 拓也(ワタナベ タクヤ)

 翔泳社マーケティング課。MarkeZine、CodeZine、EnterpriseZine、Biz/Zine、ほかにて翔泳社の本の紹介記事や著者インタビュー、たまにそれ以外も執筆しています。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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MarkeZine(マーケジン)
2018/09/12 07:00 https://markezine.jp/article/detail/29157

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