マーケティングの本質を知らずに、万能感を持つことの危険性
杉原:デジタル技術が進化する中で、デジタルマーケティング分野に携わる人たちの能力やスキルについてはどう思われますか?
山本:デジタル分野に携わる若手は技術に対する適応力が高く、学べばすぐに吸収できる人が多いと思います。ただそれゆえに「万能感」を持ちやすいという危うさがあります。ロールプレイングゲームで例えるなら、まだボスキャラを知らない初期の勇者のようなものです。危機感を持たずに万能感を維持したまま仕事が続けられるかと言うと、恐ろしいことにデジタル分野においては「それなりには」できてしまうのです。
インターネット広告業界は未だに規模が縮小したことがなく、何かしら仕事がある状態です。また、近年ウェブ広告の分野は進化が著しく、テクノロジー自体がものすごく洗練されてきています。つまりある程度勉強すれば誰にでもでき、かつ失敗しにくくなっているのも、万能感を煽る要因の一つだと思います。
しかしこれから必ず広告が縮小する時は来る。そういった環境の変化が生じた時こそ足腰の強さがすごく重要になると同時に、そこで差がつくと思います。マーケティングの本質である「人間はなぜそのモノを選ぶのか」という根本的な理屈や感覚、つまりファンダメンタルな部分を養っていないと、ITの技術だけで感じていた万能感はまったく通用しなくなります。
マーケティングの本質をつかむ4つの視点
- 「地理」に詳しくなる
- 人の心を「深く」とらえる(あるいは人の心を「疑う」)
- 課題解決の前に課題発見をしよう
- ニーズ+モチベーション
マーケティングの基本は「地理」の知識を押さえること
杉原:例えばダイレクトマーケティング系のクライアントであれば話せても、ブランド系のマーケターのニーズを引き出せないデジタルマーケティング従事者って意外と多いのではないかと感じています。そうした現状に危機感を抱き、ファンダメンタルな部分について学ぶ気はあるが、どこから勉強し始めていいのかわからないという若手は多いと思います。まずはどのような点を押さえるべきでしょうか?
山本:マーケティングの基本としてまず重要なのは、人口や年齢層、居住地や所得、産業構造など、義務教育で学ぶ「地理」の知識を整理することです。日本の人口を聞かれて答えられる人は多いですが、世帯数や出生数となるとぱっとわからない人が多い。しかし例えば洗濯機を販売したければ、世帯数を知る必要があります。そうした知識を整理し、スケール感が直感的にわかるようにしておくと、クライアントと話す際に話がしやすくなったりもします。
例えば、世間で騒がれている「ビール離れ」。現象として「嗜好の多様化」「苦いものは飲まない」「ハイボールが流行っている」などが挙げられますが、その本質的な理由はなんでしょう?それは、日本を含めた先進国では第二次産業従事者が減っていることだと思います。
低アルコールで炭酸の効いたビールは第二次産業のように現場で汗をかき、肉体労働をした後に飲んでこそ美味しいと感じる飲料です。一方、第三次産業に従事する人たちは、夜中までパソコンとにらめっこした後に、果たして大ジョッキで苦みの効いたビールをがぶがぶ飲みたいと思うでしょうか。それよりも缶チューハイやハイボールのように爽やかな飲み口のものを求めるのではないでしょうか。ところ変わって中国のように第二次産業が伸びてきた国では、ビールの売り上げも伸びてきましたが、近年は減少に転じています。そういう総合的な知識を意識してニュースなどを見ていくと、仕事に繋がるヒントはたくさん転がっています。
杉原:携帯電話会社も例になりそうです。もちろん競合キャリアも気にしていると思いますが、生活者の可処分所得、可処分時間の中でどれくらい携帯電話が占めているかも見ていると思います。本や飲食にどれだけの時間とお金を費やすのかを知れば、比例して携帯電話、キャリアのコンテンツに割ける時間やお金も分かってくる。そういう別角度からの視点を持つことはとても重要だと思います。
山本:他にも、音声入力はアメリカから発達した技術で、クルマ移動との相性が良い。一方で日本ではフリック入力と日本語の相性が良く、都市部は公共交通機関での移動が多い。つまり、日本においては音声との相性は良くないかもしれない。交通機関×ITの議論はあまり耳にしませんが、そういった視点で見てみるのも面白いですね。
杉原:アメリカで流行っているからといって必ずしも日本で流行るとは限らないし、流行るかもしれないが使い方は全然違うかもしれない。日常の何気ない事もまずは疑ってみることが大切ですね。
