消費者はブランドが好きで買ってくれているのか?疑う癖をつける
山本:2つ目は、人の心を「深く」とらえることです。ブランドの担当者は、自社商品が売れた直後から「本当に売れたのか」を検証します。安くして売れるのは危険なことだし、キャンペーンを打って売れるのは当たり前。本当にそのブランドが好きで買ってくれているのか疑問を持つことはとても重要です。つまり、消費者の行動だけでなくその行動の根底にあるブラックボックスの部分を見極めなければいけません。
それが、人の心をとらえることに繋がります。しかし昨今、見極めるプロセスの重要性が軽くなってきていて、特にデジタルマーケティングに携わる人はその感覚が薄い人が多い。そうするとブランドの担当者とは話がしにくくなります。この商品を本当に買うのか?買った後どうするのか?なぜ買うのか?を常に疑ってみるクセをつける必要があります。
杉原:癖づける方法は何かありますか?
山本:自社の競合以外にも新しい商品が市場に出回るたびに、これは本当に売れるのか、売れないのかを考えてみることです。さらに一人で考えるというよりは、皆で考えられる環境を作るほうがベターです。例えば週に1度チームメンバーで集まって、自分が売れると思う商品を持ち寄り、予想ゲームをするなどでいいと思います。これならばコストも時間もかからずに、疑い癖をつける風土を作ることができます。
杉原:私も集合知は重要だと感じています。アタラでも毎週勉強会を開催しており、事案の情報共有や、プロダクトのアイデア出しをしています。そんな時、自分では思いもかけなかった意見が聞けたりします。そこまで大げさにしなくても、少し周りに聞いてみるだけでも全然違うというのは肌感覚としてあります。
山本:デジタルマーケターも事業主のマーケターと同じような会話をしてみるということが大切です。
先んじてクライアントが抱える課題を発見する
山本:3つ目は、オリエンテーション(課題発表)を待っていてはいけないということです。例えばプレゼンテーションでは、オリエンテーションを待っている時点で他社とスタートが一緒になります。そうなった際に一番怖いのは最終的に価格で勝負せざるを得なくなること。そうならないために自分でオリエンテーションを書いてみるのです。
つまり、課題発表を待って解決策を提案するのではなく、先にクライアントが抱える課題を発見してしまうのです。そこまで踏み込んでしまえば、きっと競合に勝てます。プロの経営コンサルタントなどもこうした技術を持っています。それを可能にするためには、クライアントとの日常会話や世間話からロジックを読み解き、今相手が何に困っているのか、クライアント企業が何を目指しているのか、ベンチマークしている企業はどこなのかなど、クライアントの持つ課題感を発見する必要があります。
興味深いことに、例えばアルコール飲料メーカーが自動車メーカーをベンチマークとしているなど、全く別業種の企業をベンチマークしている場合もよく見られます。業種は違えど、会社全体のマネジメント体制や社員の長所発掘方法などに共通点があるからです。優れたマーケターほどそうした独自の指標を持っています。そういったところまで踏み込んで聞き出せると、マーケターの嗜好性や目指すものがわかります。加えて、どのようなメディアに接しているかによっても、マーケターの見ている方向がなんとなくわかります。
ニーズを汲むだけでは不十分。モチベーションまで高められるか
山本:4つ目が「ニーズ+モチベーション」という発想です。ただニーズに応えるだけでなく、人の心を動かす、「動機づけ」を大切にしたいと思います。そして、ニーズを汲むだけでなくモチベーションを上げることまでできる人材になってほしいと思っています。
例えばインターネットで「夏休み」と検索したら、旅行関連のサイトがたくさんヒットします。確かに旅行の情報を提供することでユーザーのニーズは満たせるでしょう。しかし中には、夏休みに旅行をしたくない、一人で過ごしたいと思っている人も潜在的には多くいるかもしれない。その際に旅行以外の過ごし方を提案し、背中を押してあげることでモチベーションを高められるかもしれない。
モチベーションはマーケティングの中でも意外と研究が進んでいない分野の一つですが、一方でニーズに関してはデジタル技術の進歩により細かくわかるようになってきました。AIの技術の進歩によりいずれはモチベーションも見えるようになるかもしれませんが、もう少し先の話ではないかと思っています。
例えば、バーテンダーはAIの進化でなくなる職種の一つと言われていますが、私はまだまだなくならないと思います。ニーズを言われてそれに合うカクテルを作ることはAIにもできますが、本当に優秀なバーテンダーはお客様の顔色や体調、連れは誰かなどを観察して、その都度レシピを変えます。潜在心理を洞察し、モチベーションに働きかける技術が確立するまでの間は、人間が「人はどうすれば心を動かすのか」の洞察を深める必要があります。
杉原:ニーズの話でいうと、検索連動型広告が最たるもので、流入ワードを見ていても「こんなにニーズがあるのか」と驚くことがよくあります。ニーズの多様性が見えるようになったからこそ、マイノリティとされてきた人たちにも居心地の良い生き方ができるようになった側面もあると思います。その一方で、サービスや商品の提供者側は一定の量を販売しなければいけないため、マイノリティにまで手を付けられないでいると感じることもあります。
山本:遠心力と求心力ですね。世界が一つになる動きと、細分化する動きが同時並行で起こっている中で、今はまた量を追う動きが出てきています。10年以上前は、小規模で資金のない企業でもインターネットなら売れる、世界から見つけてもらえる、つまりマイノリティの味方というイメージがありましたが、今は違ってきている。大きなニーズに対応しようとするから、ニーズの裏にある潜在的なモチベーションについて考える隙も無いのかもしれません。
杉原:細分化と集約化を繰り返す中で今は集約化に寄っているかもしれませんが、これからまた変わるかもしれない。どんなに外部環境が変わろうとも対応できる人材になるには、技術的な面だけでなく今日教えていただいたようなファンダメンタルな部分の力を養うことが重要ですね。
山本:本日お話した内容は、私の著書『マーケティング演習ノート』にも詳しく記しています。興味のある方は手に取ってみていただければ幸いです。
本記事は「Unyoo.JP」の記事「【対談】山本直人さんに聞く:デジタルマーケターに必要な「一般教養」とは」を要約・編集したものです。オリジナルコンテンツを読みたい方は、こちらをご覧ください!
