「何をすべきかわからない」の声に応え
――コンタクトセンターは顧客との重要な接点ですが、御社にもCX関連の相談が増えているのでしょうか?
川野:はい。その相談内容には2つのパターンがあります。まず、「経営層から『CX向上のプロジェクトを立ち上げなさい』と言われたが、具体的にどうしたらいいのかわからない」というもの。もうひとつは、たとえば「コンタクトセンターに音声認識システムを入れたいという案が出ているが、どのように活用すればいいのかわからない」というものです。ツール導入や環境構築自体が目的になってしまっているということです。本質的にはコンタクトセンターだけで活用を考えても限界があり、音声認識でテキスト化された「顧客の生の声」をどう活かしていくのか、根本的な設計から考える必要があります。
川野:企業の悩みの粒度はバラバラですが、結局のところ「何をしたいのか」がはっきりしていないのです。上層部が何かアイデアを持っていたとしても、肝心な部分が現場に伝わっていないので、現場のスタッフは何をすればいいのか悩んでしまう。いま企業には、そのストーリーを組み立てて、具体的な施策に落として実行していく役目が必要なのだと思います。そのようなニーズから「TMJ CXサービス」をリリースしました。
モノ+サービス一体化の価値を重視する時代に
――企業がCXを重視している理由について詳しくお願いします。
川野:ファンマーケティングを取り入れたり、アンバサダーやアドボケーターを育ててコミュニティを軸にマーケティングコミュニケーションを行うという動きが盛んになっています。なぜそういう方向に流れているかといえば、多くの企業が「顧客に自分たちのコミュニケーションが届いていない」ということに危機感を持っているからでしょう。
では、なぜコミュニケーションが届かないのか。その背景にあるのは、顧客の価値観の変化です。現代は、モノを持つ所有価値よりも、所有してからの使用価値が重視されていますよね。そうすると、所有した「後」のサービスが重要になります。いまや顧客の意識は、モノよりもサービスの方へとシフトしつつあるわけです。
いまや機能や価格といったモノのスペックが差別化になるとは限りません。そんな価値訴求のメッセージをいくら送っても、顧客は自分ごとと捉えないのです。モノとサービスを別々に捉えるのではなく、モノとサービスを一体化して1つの「コト」とし、「コト」の体験をどう組み立てていくかがポイントになります。この考え方を「SDL(サービス・ドミナント・ロジック)」といいます。その実践において、ユニークな立ち位置となるのがコンタクトセンターなのです。
顧客が体験する価値のプロセスを「線」で捉える必要がある
――CX戦略上、コンタクトセンターはどのような位置付けにあるのでしょうか。
川野:コンタクトセンターは、所有する前の問い合わせはもちろん、購入時も、または購入した後も、電話やメール、チャット、Web-FAQなどの接点を通じて顧客と直にコミュニケーションを取る立場にあります。つまり、顧客が体験するプロセスのほとんどをカバーしているわけです。
モノを所有するまでのプロセスだけではなく、所有した後も踏まえ、顧客が体験する価値のプロセスを「線」で捉える必要があります。これまでは、マーケティングもセールスもコンタクトセンターもバラバラで運営されており、いわば「点」だったわけですが、それを一本の線でつなぎ、それぞれでどのような価値を体験してもらうのか考えなくてはなりません。
CX戦略実現の課題は「組織の分断」
――CX向上に向けて企業が直面する課題にはどのようなものがあるのでしょうか。また、それをどのように克服していけばいいのでしょうか。
川野:先ほど「点ではなく、線でプロセスを考える」と説明しましたが、そのプロセスを見ていく企業側の体制はどうなっているかといえば、機能別に担当部門が分かれていて連携していないケースがほとんどです。これが最大の課題だと思います。
――組織変革を行うためには、何から着手すべきでしょうか。
川野:カスタマージャーニーマップの作成は、組織間をつなぐプロジェクトとして成果が期待できますね。ですがこれを作っていく過程でも、やはり組織間の分断が問題になります。たとえばカスタマージャーニーを描くには、実際の顧客の声をもっと活用すべきですが、その情報自体が断片的になっているのです。
――情報が拡散している、と?
川野:顧客の生の声はコンタクトセンターに集まっているのですが、営業系やマーケティング系の方は、コンタクトセンターの価値や集まっている情報について無関心というケースが多いのです。コミュニティマーケティングの重要性を訴えているマーケティングコンサルタントの方に話を聞いても、「コンタクトセンターは大事だ」とはいいますが、実際にコンタクトセンターに「どんな問い合わせが多いのか。お客様は何に悩んでいるのか」と聞きに行く方はほとんどいません。そこに重要な情報があるとは認識していないのかもしれません。
――それも組織分断に起因しているわけですね。
川野:そうですね。顧客を理解するために、規模の大きい顧客調査やグループインタビューを行う企業も多いと思います。もちろんそれは重要なことですが、それ以前に「顧客は何を不便に感じているのか」「何が重要なのか」という情報は、実は自社の足元にあると考えています。
それに調査で情報を集めるといっても、調査項目を組み立てる時に、つい「聞きたいことだけを聞く」という罠に陥ってしまうケースも往々にしてあります。調査結果の解釈にしても、自分たちの都合のいいように考えてしまうことも珍しくありません。
しかし、実際に顧客が何を感じているのか、どこに不満や不便を感じているかという情報が、コンタクトセンターにはあります。そこで事前に情報を集めて仮説を立て、調査設計したほうが現実に即したものになるはずです。結果にしても、「現状の課題がこうだから、回答の構成比がこうなっているのでは」など、感覚値に基づいた解釈ができるようになります。
一気通貫の価値創造プロセスを部門間で共有する
――有用な情報をコンタクトセンターから引き出すにはどういう手法が有効なのでしょうか。
川野:自身の体験からでも構わないので、ある程度仮説を立ててコンタクトセンターのオペレーターにインタビューすることがポイントだと思います。時には、「こういう問い合わせが多いのでは?」とカマをかけて聞いてみる方法も有効でしょう。実際、それでいろいろな話が出てくることもあります。
ただ、オペレーターも一業務担当者として効率化を求められているのも事実です。だから自分が持っている知見が、マーケティング全体のなかでどれほど重要であるかを認識していないこともあります。この調査がどういう目的で、何を目指しており、そのためにオペレーターに何を期待しているかをきちんと説明しなくてはなりません。継続期間を長くするのか、それとも新規顧客を増やすのか。オペレーターの頭にある業務プロセスを広げることで、コンタクトセンターという顧客接点の役割や、提供すべき価値も見えてきます。
実際の問い合わせ内容に基づき、たとえば「Webサイトのこの部分がわからないから、あまり会員登録が増えないのでは」という仮説が立つと、そこを改善してWeb体験を向上するアクションプランが生まれます。
FAQ改善によりメール問い合わせが3分の1に減少
――実際にTMJが取り組まれた事例の成果を教えてください。
川野:クライアント企業の三井住友カードでは、CXの向上に注力しており、Web分野とコンタクトセンター分野が共同し、顧客の課題解決を支援するFAQのカテゴリーを統一し、よりわかりやすい情報提供に取り組みました。たとえばWebサイトにFAQが載っていても、電話での問い合わせが多いのなら、その情報では不十分ということなので、より解決性の高い回答に更新していきます。また、欲しい情報の検索性や、一見して求めている情報だとわかる視認性などのWeb行動を調査し、それを基に改善することで、メールの問い合わせが3分の1まで減少しました。
仮説やヒントを具体的な改善策につなげていく
――これからCX戦略に取り組もうという企業に対し、アドバイスをお願いします。
川野:まず仮説立案の第一歩としてコンタクトセンターを活用しましょう。なぜならコンタクトセンターは、顧客が自ら必要性を感じ、能動的に情報を取りにくる場だからです。そこに集まっている情報を活用すれば、顧客理解のためのより有用な仮説やヒントが得られると思います。
そして、その仮説やヒントを具体的な改善策につなげていくように支援するのがTMJ CXサービスです。最大の特長は、理想のCXを明らかにするだけでなく、実際のアクションにまで落とし込めること。我々はコンタクトセンター事業を通じて現場に近い立場にありますが、このように現場と上流コンサルティングの両方からアプローチできるソリューションは、実は他にあまり例がないのです。
「コンタクトセンターを最新鋭のITに刷新したい」「目指すべきCXを分析したい」という個別のニーズを解決することは、他でもできるかもしれません。ただ、それらを結び付け、実際にどのような体験を提供していくかは、それぞれの企業で考えるべき課題です。我々の持つ知見や実績は、そうした企業の課題を解決する大きな力になると考えています。