ジェンダー×クリエイティブ
山田:次は、世界各国で進むLGBTQの人々への対応などの流れを受けて、クリエイティブを通じて自社ターゲットの再定義を行った事例を紹介したいと思います。
まず見ていただきたいのは、男性向けカミソリ・髭剃りを扱うGillette(ジレット)が公開した「The Best Men Can Be(男がなり得る最高の男性像)」というCMです。弱者を守ったり、社会的に間違っていることに対して異を唱えたりする姿を描き、これからの時代における「理想の男性像」を訴えました。
広告主:Gillette
公開日:2019年1月13日
この動画を視聴した消費者からはポジティブに評価する声もありながら、「男性像を決めつけている」などとして多くの反発の声もあがっています。YouTubeの公式チャンネルに投稿された該当動画には、約77万の「いいね」に対して、そのおよそ倍となる約144万の「低評価」がつけられています(2019年3月時点)。
白石:ダイバーシティにおいてジェンダーは賛否が分かれやすい領域ですが、2倍近くの低評価が集まっているとは驚きました。
山田:ここで注目したいのは、Gilletteをはじめ多くのグローバル企業はYouTubeなどに動画を投稿する際、コメント機能を有効にしていることなんです。
白石:確かに、国内企業のほとんどは炎上のリスクヘッジなのか、コメントや評価ができない設定にしている印象があります。
山田:おもしろいことに、Gillette側も賛否両論の反響が集まっていることに関して「想定通りだった」という旨のコメントを出しています。マーケティング的観点で考えると、たとえネガティブであっても消費者間、そしてブランドと消費者の間で「会話」を発生させることに重きを置いているのかもしれません。
白石:2017年には「メーク・カンバセーション」がマーケティングのキーワードとして注目されました。会話を発生させるためには、企業側のぶれない意志や覚悟が重要な気がします。
山田:「男性像」をテーマにした広告クリエイティブで消費者からポジティブな評価が大勢を占めたのが、同じく髭剃りブランドのHarry’sです。ストーリーとしては、地球にやってきた宇宙人がある少年に対して「男らしくなるにはどうすればいいか?」と聞くといったものになっています。
広告主:Harry’s
公開日:2018年2月26日
詳細は動画を確認していただきたいと思いますが、「男らしさ」に対するアンサーとして「弱い面もあれば優しい面もある。むしろひとつの答えはない」とした点が評価されたようです。YouTube上の反応も、「いいね」が1,861、「低評価」が122と圧倒的にポジティブのほうが多くなっています(2019年3月時点)。
白石:「答えがない」というスタンスが、ジェンダーに対する表現の本質として受け入れられやすかったのかもしれませんね。
ブランドが定義する「男性像」に変化
山田:続いて男性用香水ブランド「AXE(アックス)」の興味深い事例をご紹介したいと思います。このブランドはこれまで「AXE Effect」というコピーで、「AXEを使用すれば女性からモテモテになる」というブランドイメージを押し出してきたことで知られています(参考記事)。
ところが2016年を境に方針転換をし、「君が君であるならば、男らしさなんてなんだっていいじゃん」というテイストに変わりました。モデルもこれまでは筋肉質の男性を起用していたんですが、これもガラリと変わりました。多くの肯定的なフィードバックもあったようで、ブランディングへの貢献、そして購買の検討にもつながったそうです(参考記事)。
広告主:AXE(アックス)
公開日:2017年5月16日
白石:ペルソナの設定も、可視化できない“不可視のダイバーシティ”に触れて再定義する必要があるかもしれませんね。
山田:そうですね。米国では、Gillette、Harry's、AXE、そしてここでは紹介していませんがSchickも含めて、男性向けの商品を提供しているメーカーが新たな男性像を提示し始めています。ターゲットの再定義、そしてそれを広告クリエイティブに反映することが業績に与えるインパクトを考える時期に来ているのかもしれません。