ターゲットを再定義することで顧客層を拡張
白石:女性をテーマにしたクリエイティブについてはどうでしょうか。
山田:フランスの化粧品ブランドL'ORÉAL(ロレアル)の事例をご紹介したいと思います。ロレアルは元々、「Because you're worth it(あなたにはその価値があるから)」というメッセージを打ち出していたのですが、2017年に「All WORTH IT(みんなにその価値がある)」とメッセージを変えました。
広告主:L'Oréal Paris UK & Ireland
公開日:2017年2月23日
従来のメッセージにダイバーシティの要素がなかったかというわけではなく、むしろダイバーシティをわかりやすく強調していくために、変化させたのだと思います。
白石:様々な肌の色を持ったモデルを広告に採用していましたよね。
山田:そうですね。広告への男性起用も初の試みだったようです。他にも、障がいのある方も広告に起用し注目を集めていました。ロレアルがブランドメッセージを変えた背景には、「寛容さ」を示したいという意図があったのではないかと考えています。「あなた」ではなく「私たちみんな」とすることで、違いを受け入れましょうという寛容さを打ち出しています。
こういったメッセージを、化粧品ブランドであるロレアルが率先して打ち出しているというのは大変意味のあることだと思います。時代の変化に合わせてロレアルが考える「美」の基準、つまり企業としてのコミュニケーションターゲット像を変化させるという想いが如実に伝わってきます。実際にグローバルで見ても、メイクをする男性は増えてきている。彼らにとっても承認されているという自信につながり、結果としてブランドへのエンゲージメントも高まるのではないでしょうか。
白石:「寛容さ」の文脈で他に印象的だったクリエイティブはありますか?
山田:近いところだと、「不完全さ」「ありのまま」という文脈にクリエイティブをうまく当てはめた事例があります。化粧品ブランドは「美」という理想の状態を追求する部分もありますが、そうした企業が率先して「不完全さ」「ありのまま」といった姿勢を示すことで消費者の共感が得られやすくなっているように感じます。
2018年には、米コスメブランドのMAC CosmeticsによるInstagramへの投稿が反響を呼びました。リップペンシルの商品に関する広告だったのですが、モデルの口元にうぶ毛が写りこんでいたんです。通常であれば画像に修正を加えて毛が見えないようにするブランドが多い。
白石:広告に登場するモデルや女優の写真を修整することを「フィルターをかける」とも言いますが、近年はこうした「No Filter」の動きが活発な印象です。しかし、「インスタ映え」に代表されるように「理想」や「憧れ」にもとづいた表現をするという考えはいまだ根強いように思います。でも実は、国内においても消費者が「No Filter」をアクセプトする準備はできている気がするんですよね。
山田:そうかもしれませんね。どちらかというと、企業、ブランドのほうがちょっと及び腰になっているのかもしれません。
「ビリーフ・ドリブン」な消費者が増加傾向に
白石:ここまで、トレンドを中心に海外の事例を紹介していただきました。先ほど言及がありましたが、ダイバーシティをテーマにしたキャンペーンや広告が業績に与えるインパクトについてはどのようにご覧になっていますか。
山田:2018年に大手グローバルPR会社エデルマンが実施した調査によると、「64%の消費者が個人の思想や信念を反映した企業の商品・サービスを購入(利用)している」ということがわかっています。こうした企業の示すスタンスによって購買(利用)するブランドを決めるという消費者の購買傾向は「ビリーフ・ドリブン(belief-driven)」と呼ばれています。
エデルマンは毎年世界8か国で消費者調査をしているんですが、2018年の調査ではこの「ビリーフドリブン」な消費者の数が増加していることが明らかになりました。5人に2人がビリーフ・ドリブンな購買者。この数は日本国内でも増加傾向にあるようです。
白石:ビリーフ、つまり企業姿勢の表現は消費者の購買に大きな影響を与えているということですね。