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AIでリテールはどう変わる?伊藤忠食品、ユニ・チャームが実践したAI活用法

 リテールのAI活用推進を目的に、2017年に立ち上がった「一般社団法人リテールAI研究会」。座学から実証実験までを網羅しており、参画企業には、AIソリューション構築ツール「Microsoft Azure Databricks」を提供。企業の担当者自身でAIを扱えるようサポートしている。参画する伊藤忠食品とユニ・チャームは、Microsoft Azure Databricksを活用して実証実験を実施した。両社がリテールAI研究会に参画した経緯、実証実験の成果とは?

顧客起点のマーケティングを行うには、AIの力が必要だった

――伊藤忠食品とユニ・チャームは「リテールAI研究会」設立当初から参画していると伺いました。参画した背景には、どのような課題があったのでしょうか?

衛藤:伊藤忠食品の衛藤です。私は営業企画部リテールサポート第一チームに所属しており、POSデータの分析を担当しています。日々、取引先の小売業様が保有するPOSデータと市場のPOSデータを比較し、消費傾向を探っていくなかで、“POSデータによる顧客分析の限界”を感じるようになっていました。

 近年はID-POSデータ(顧客IDと紐付け、POSデータに購入者の情報が付与されたPOSデータ)を取得できるようになり、さらに詳細な分析を実施できるようになりました。

 ただ、それらのデータだけでは分析が不十分なのではないかと感じていたんです。たとえば、カゴに入れたものの、購入しなかったお客様の意図はPOSデータからは推測できません。とはいえ、クライアント企業が保有する全店舗に赴き、店内のお客様をずっと観察するのは非現実的ですよね。そこは、テクノロジーの力を借りるほかないと考えていました。

石井:ユニ・チャームの石井です。私が所属するショッパーマーケティング統括部は、ショッパーの購買実態や購買行動を科学的に検証し、ショッパーインサイトに基づいたマーケティングを行う事で効果的な売り場・売り方を開発していくことを目的に設立された部署です。

 当社としては、人口減少とオーバーストア化にともなう小売業側の人手不足を環境変化と捉えていました。人手が不足すると、たとえば在庫管理や欠品補充に十分なリソースを当てられなくなります。もし欠品していたらお客様が「買いたいのに買えない」というチャンスロスが発生するだけでなく、他のお店にお客様を奪われてしまうリスクもあり、できる限り欠品とならない状態にしなければならないと考えていました。

 また、人口減少により新規獲得が難しくなる時代、顧客ロイヤリティ強化に注力しなければいけません。ロイヤリティを高めるためには、顧客を深く理解し、それぞれの顧客に合った提案をする必要があります。当社もID-POS分析を取り入れていますが、まだまだ顧客を理解するための分析が足りないと感じていました。

伊藤忠食品とユニ・チャームがAI活用に踏み出した理由

――両社とも、より深く顧客を理解するための手段を探していたということですね。そこからAIに活路を見出し、リテールAI研究会に参画した経緯を教えてください。

衛藤:私は約3年前、九州を中心に展開するトライアルホールディングス(以下、トライアル)さまに駐在していた時期がありました。その際、トライアルさまから「リテールでもAI活用が重要だ」と話を聞き、積極的に勉強するようになりました。そこでリテールAI研究会の存在も教えていただき、参画することになりました。

石井:私の上司がトライアルの永田会長(代表取締役 永田久男氏)にご挨拶した際に、リテールAI研究会を教えていただきました。

 私は、データ活用の手段の1つとしてAIの有効性を考えていました。POSやID-POSといった販売データ・購買データは小売が所有しており、私たちのようなメーカーは、小売からデータを拝借しなければいけません。当然、他社も小売から同じデータを受け取っていますので、競争力を高めるためには分析力を高めなければいけません。分析力を高めるために、AIも活用しなければいけないと、ある種危機感をもって臨みました。

――「リテールAI研究会」では、どのようなことが行われているのでしょうか?

今村:リテールAI研究会でテクニカルアドバイザーをしている今村です。同研究会は、「企業の垣根を超えてAIを勉強できる場」が必要だと感じ、2017年5月に発足しました。見切り発車ぎみに始めたのですが、現在参画企業は200社を超え、国内の大手メーカーや広告代理店など、リテールに関わるあらゆる企業が受講いただいています。

 設立当時は、リテールの現場でAIがどう活用できるのかが不明瞭だったので、実例を作るための分科会を設置しました。そこでいろいろ試していたんです。そのなかで、伊藤忠食品さんとユニ・チャームさんに参加していただき、トライアルさんの店舗内で実証実験を行っていただきました。

協調フィルタリングで陳列棚の割り振りを最適化

伊藤忠食品株式会社 営業企画本部 営業企画部 リテールサポート第一チーム 主任 衛藤雄介氏(左)/ユニ・チャーム株式会社 ショッパーマーケティング統括部 マネージャー 石井浩雅氏(中央)/一般社団法人リテールAI研究会 テクニカルアドバイザー 今村修一郎氏(右)
伊藤忠食品株式会社 営業企画本部 営業企画部 リテールサポート第一チーム 主任 衛藤雄介氏(左)
ユニ・チャーム株式会社 ショッパーマーケティング統括部 マネージャー 石井浩雅氏(中央)
一般社団法人リテールAI研究会 テクニカルアドバイザー 今村修一郎氏(右)

――どのような実証実験を行われたのでしょうか?

衛藤:当社では、協調フィルタリングを用いて、エリアごとに陳列棚の割り振りを最適化するための実験を行いました。協調フィルタリングとは、対象顧客と属性の近いユーザーの購買傾向を分析し、商品をレコメンドする技術のことです。トライアルさんでは既に協調フィルタリングを導入しており、店舗を回遊する顧客に対し、購買履歴や属性をもとに店内サイネージなどでおすすめの商品を提示しています。

衛藤:その協調フィルタリングで得られたデータを分析して、購入ポテンシャルの高い(購入される見込みが高いのに、購入に至らなかった顧客が多い)商品を抽出し、棚割りを最適化できないかと考えたのです。今までは、地域によって消費傾向が大きく違う商品があることは把握できていたものの、エリアごとに厳密には把握できていませんでした。北九州エリアでは何が消費されやすいのか、西九州エリアでは何が人気なのかなど、断定できるだけのデータがなかったのです。

――POSデータの売上データだけでは不十分だったということでしょうか。

衛藤:はい。POSデータは購入ポテンシャルまでは把握できないので、根拠に乏しいかなと。本来売れるはずの商品が、たとえば陳列棚が見つけにくい、陳列量が少ないなどの原因で売上が落ちている可能性はないのか。そこを見つけにいくことが目的でした。

――すべて衛藤さんご自身で実行されたのでしょうか。

衛藤:いえ、未経験だったこともあり、基本的な骨組みは今村さんに用意していただきました。私は対象エリアを選定し、必要なデータを選択して分析にかけました。実際、分析を進めてみると、エリアごとに購入ポテンシャルの高い商品がまったく異なることがわかりました。今回の実験では海産乾物を対象にしてみたのですが、たとえば北九州エリアではわかめひじきが、西九州では昆布が、購入ポテンシャルの高い商品だと確認できました。

 これに加えて、購入ポテンシャルの高い商品(=購入に至らなかった顧客が多い商品)がなぜ買われなかったのか仮説を立てて要因を特定し、欠品の監視や陳列場所の見直し、商品入れ替えなど店頭の改善を進めています

「顧客軸」の分析で欠品率を減少

――協調フィルタリング分析により顧客の潜在ニーズをあぶり出し、店頭を改善するヒントを得られたということですね。ユニ・チャームではどのような実証実験を行ったのでしょうか。

石井:私たちは、生理用品のSKU数を絞り込むことによって、選びやすい売場づくりを行うと共に、欠品を回避する施策を行いました。現在、生理用品コーナーには非常に多くの商品が置かれています。多様なニーズに対応できる状況ではある反面、選びにくい売場になっている事もわかっていました。

 また、商品が欠品してしまうと、お客様は買いたいものが買えません。それならば、SKU数を絞り込む事によって選びやすい売場にするとともに、数を減らした分は、売れ筋商品のフェイス数を増やす事により欠品を回避し売場効率を高める事ができるのではないかと考えました

 従来、絞り込みを行う際にはPOSによるABC分析が一般的でした。つまり、商品の売上ランクに基づいて、絞込商品を選定するという方法です。これはどちらかというと「商品」を軸とした絞り込みですよね。実証実験では、ID-POSの併買分析で顧客の併買状況を踏まえて代替可能商品を選定する「顧客軸」の分析によって絞り込みを行ったのです

石井:定点カメラを設置し、1ヵ月間、1時間毎に定点撮影して欠品率を可視化しました。その結果、売上、利益ともに向上させつつ、欠品率は2.3%から0.35%まで減少しました。これまでは、できるかぎり多数の商品を並べるべきという固定観念に囚われていましたが、そこから脱することができる検証結果を得られたのは、パラダイム・シフトに向けた前進だと考えています。

「Microsoft Azure Databricks」を採用、その理由は?

――実際にAI活用を試すプラットフォームとして、Microsoft Azure Databricksを選んだのはどのような理由からだったのでしょうか。

今村:ちょうどその頃Microsoft Azure Databricksが登場しはじめていて、注目はしていました。最終的な決め手は、UIがわかりやすく、“それほど専門知識がなくてもAIソリューションを実装できるツールだな”と感じたからです。リテールAI研究会はAI未経験メンバーが多いのですが、そういった方でも扱えるだろうなと。AIソリューションを構築できるプラットフォームで、ここまでハードルが下げられたものはなかなかないと思いますよ。

――協調フィルタリング分析時にMicrosoft Azure Databricksを利用したと思いますが、実際に使ってみていかがでしたか。

石井:決して「簡単でした」とは言えませんが、ツール全体を理解しなくても、使いたい機能単位で理解できていればなんとか使えるな、と感じました。

衛藤:同じくです。きっとまだまだ活用できていない機能もあると思うので、色々試してみたいですね。

AIを導入することで、最終的には顧客体験を向上させられる

――今後、取り組む予定の施策はあるでしょうか。

衛藤:今回行った実験で、地域エリアごとの潜在ニーズが見つかりました。得られたデータをもとに何を増やせばいいのか、減らすべき商品は何かを、検証を重ねながら考えていきたいです。今回は海産物を対象としましたが、他の食品カテゴリーにも十分応用可能だと感じたので、どんどん分析対象を広げていきたいですね。

石井:今回の実験で、改めてカメラの可能性を感じました。POSやID-POSは「買った」という事実はわかりますが、カメラを活用すれば、商品を手に取ったけど買わなかったとか、しばらく売場の前に立って悩んでいたけれど結局何も買わなかったというデータも残せますよね。なぜ悩んだすえに買わなかったのか。その悩みを分析し、解決できる状態に持っていきたい。このようなAIカメラ活用の可能性を考えていきたいですね。

――最後に、リテールAI研究会としての展望を教えてください。

今村:企業が何のためにAIを活用するかというと、やはり利益を伸ばすためです。そして、AIが良いか悪いか、最終的に判断するのは消費者。とはいえ、消費者はAIを使っているかどうかなんて意識しません。欲しい商品をスムーズに買えればいいわけですから。

 AIをはじめ、様々なテクノロジーを駆使して、消費者が心地よく買い物できる状態をつくれる企業が勝っていくと思います。少しでも多くのリテールがAI活用に踏み出せるよう、リテールAI研究会でどんどんユースケースを増やしていきたいですね。

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この記事の著者

水落 絵理香(ミズオチ エリカ)

フリーライター。CMSの新規営業、マーケティング系メディアのライター・編集を経て独立。関心領域はWebマーケティング、サイバーセキュリティ、AI・VR・ARなどの最新テクノロジー。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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MarkeZine(マーケジン)
2020/05/08 12:15 https://markezine.jp/article/detail/31404