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MarkeZine Day 2019 Autumn(AD)

紙メディアは意外にも若年層に有効 3つの実証実験で明らかになったDMの効果を発表

 生活者がデジタルとアナログを当たり前に行き来する今、企業のコミュニケーション施策も双方を横断して実践すべきとの考えが定着しつつある。9月12日(木)・13日(金)に開催された「MarkeZine Day 2019 Autumn」でのセッション「Beyond Digital~『デジタル×アナログ』で有効な視点とは? 実践へのヒントを探る!」では、最新の実験結果からわかった紙のDMの機能や、世代による効果の差などが明かされた。

紙のDMとEメールの効果は何が違うのか?

  日本郵便が提供する本セッションは、日本郵便が主体となって企業や大学とともに3年ほど取り組んでいる、「アナログ×デジタル」を有効に活用したコミュニケーション施策を探るプロジェクトをベースに展開された。今回は、富士フイルムでの実証実験を手掛けた千葉商科大学の外川拓准教授と、実務家でありオムニチャネルの学術的な研究も進める奥谷孝司氏が登壇。同プロジェクトに初期から関わる博報堂プロダクツの大木真吾氏が進行を務めた。

 10社以上の企業と協力してきた過去の実証実験では、たとえば「メルマガ単体での訴求よりもメルマガとDMを兼用した訴求のほうがサイト訪問率が高い」といった結果が得られている(参考記事)。「複数社と実験を重ねる間に、多くの企業で『デジタルとアナログはどちらかに閉じず、組み合わせてマーケティング施策を実施すべきだ』という考えが定着してきたと思います」と、大木氏は振り返る。

モデレーター:株式会社博報堂プロダクツ データビジネスデザイン事業本部
エグゼクティブデータベースマーケティングディレクター 大木真吾氏

 今回、富士フイルムの協力で行われた実証実験は「デジタルシフトの時代、どのように心が動き、行動が喚起されるのか?」をテーマに、紙のDMとEメールの訴求効果の違いに迫った。早稲田大学の恩蔵直人教授の研究室で一連の実験が主導され、同研究室出身の外川氏が参画し、以下の3つの観点で実験が行われた。

【実験1】紙のDMとEメールの効果は何が違うのか?
【実験2】その違いは何に起因しているのか?
【実験3】顧客ロイヤルティの高・低で紙のDMおよびEメールへの反応は違うのか?

 以下、順を追って実験の内容を紹介し、「フロー型」から「ストック型」のマーケティング思考が重視されつつある現状を解説する。

実験1:紙のDMはEメールより訴求力が高く、30代以下で好印象

 実験1は、2017年6~7月に実施。対象者を3グループに分け、グループAには「紙のDM→Eメール」の順番で計2回送付、Bには「Eメール→紙」、Cには「Eメール→Eメール」と接触方法を変えて比較した。紙のDMとEメールはいずれも同じ内容であり、富士フイルム商品のクーポンがついている。分析する項目は(1)送付順序による効果、(2)熟読度、(3)うれしさ、と設定した。

 まず(1)送付順序による効果については、紙とEメールの順序においては差がなかったものの、紙を送っているグループ(A、B)のほうがEメールのみのグループ(C)よりも統計的に有意に効果が高いことが示された。

投影資料より:紙のDMを送っているグループ(A、B)のほうが、Eメールのみのグループ(C)より効果が高かった。

 次に送付後のアンケートで「じっくり読んだか(熟読度)」「どのような印象を持ったか(うれしさの程度)」を7点満点で調査(以下同)したところ、紙のみを読んだ人のほうがEメールのみを読んだ人よりも熟読度が有意に高かった。また紙とEメールの両方を受け取った人では紙が先に届いたグループ(A)のほうがEメールが先のグループ(B)よりも「紙のほうがうれしい」と回答し、その傾向は特に30代以下の消費者において顕著であった

千葉商科大学 商経学部 准教授 外川 拓氏

 「クーポンという販促手法は1990年代から研究され、特にサプライズ効果の研究対象になっており、思わぬものが送られるとうれしい、というのが定説です。本実験におけるデジタルネイティブ層として設定した30代以下で、紙とEメールの印象差があったのは意外でしたが、EメールやSNSでのクーポンがあふれる中、紙が珍しいと受け止められたのでは」と外川氏は解説する。

投影資料より:紙とEメールの送付順序については、紙が先のほうが「うれしい」印象が高く、特に30代以下で差がついた。逆に40代以上では差がないという結果となった。

実験2:30代以下では紙のDMに「温かみ」を感じる

 実験2は、実験1でわかった「紙のDMがクーポン使用率を高める」「世代により紙のDMに対する評価が異なる」ことを受け、プロジェクトチーム内で議論を重ねて見出した「温かみ」「限定感」「労力」という3つのキーワードに基づいて設計。2018年3~4月に、前回同様に送付方法と順番を変えた3グループ(A、B、C)にアプローチし、事後アンケートで「温かみを感じるか」「自分向けだと感じるか」「郵便を出すのは手軽だと感じるか」といった項目を聞いた。

 その結果、全体的には紙とEメールで「温かみ」に差はなかったものの、実験1と同様に30代以下と40代以上に分けると、30代以下では「紙のほうが温かみを感じる」という有意な差が認められた。また限定感や労力については、郵便を出すのが手軽だと感じる人は印象差がなかったが、「郵便を出すのは労力がかかる」と感じる人は「紙のほうが限定感や特別感がある」という結果が得られた。

投影資料より:「郵便は労力がかかるものだ」と思う人は、Eメールより紙のDMのほうにより高い限定感を得ていた。

 「これを論文からひも解くと、自分で組み立てた家具により愛着を持つ『イケア効果(Norton et al. 2012)』や、手作りや手作業の製品をより高く評価する『ハンドメイド効果(Fuchs et al. 2015)』等の研究が当てはまると考えます」と外川氏。手間がかけられているものに対して、人は高い価値があると感じるわけだ。

株式会社顧客時間 共同CEO 取締役/オイシックス・ラ・大地株式会社
COCO(チーフ・オムニ・チャネル・オフィサー) 奥谷孝司氏

 奥谷氏は以前、オイシックスブランドにて、おせち料理のプロモーションで紙のDMを活用したという。紙ならば、物理的なモノが残る「保有効果」によって、他の家族の目にも触れることも期待できると指摘する。

 「加えてイケア効果のような“労力”への着目も、非常に興味深い。今、生活者は複数のデジタルチャネルに疲れている部分もあるので、愛着という観点でアナログチャネルを有効に使えるのでは」(奥谷氏)

実験3:ロイヤリティの高い顧客にはEメールは響かない

 そして実験3は、2018年12月~2019年1月にかけて実施。ここでは「富士フイルムのフォトブックのロイヤル顧客かどうか?(過去の購入額)」という軸で、対象者を「高ロイヤルティ」~「低ロイヤルティ」の4つに分け、さらに「紙→Eメール」「Eメール→Eメール」の2パターンで送り分けた計8グループを設定し、アンケート回答を比較した。

 「ここでも、意外な結果が得られた」と外川氏。アンケートで「特別感」や「企業側の好意、気遣い」を感じたかを問うたところ、紙を送った群ではロイヤルティの高低によって各設問に差がなかったが、Eメールのみの群では高ロイヤルティのグループで「特別感」「好意」「気遣い」のいずれも評価が低かったのだ。

投影資料より:「紙→Eメール」の群(赤線)はロイヤルティの高低で結果に差がなかったが、「Eメール→Eメール」の群(青線)の場合、高ロイヤルティのグループで総じて評価が低かった。

 これは、どう読み解けるのだろうか? 外川氏は「おそらく、高ロイヤルティのグループは『自分はフォトブックの優良顧客である』と認識しているのだろう」と指摘する。だからこそ、Eメールのみでのコミュニケーションでは紙に比べれば心に響かず、ある種“裏切られた”ような感覚さえあったのでは、と推察される。

 特別オファーであるクーポンは、本来喜ばれてしかるべきとも言える。だがEメールのようなライトなタッチポイントが増えた結果、関与度の高い人にはむしろEメールが響かないという事態が起きているのだろう、と奥谷氏。「逆に、紙でのアプローチなら高関与・低関与に関わらずフラットなアプローチができるという示唆もあって、おもしろいデータ」と評する。

「全日本DM大賞」グランプリはデジタル×アナログの最先端

 「そもそも紙は人の心に響くのか? だとしたらそれはどのような要因によるのか?」に迫ったこれらの実験によって、紙での訴求の効果があぶり出された。単に送ればいいのではなく、アナログである紙とデジタルであるEメールの接触の順序や、世代による印象の差、さらにロイヤルティによる感じ方の違いも明らかになった。

 冒頭で大木氏が触れたように、昨今ではデジタルとアナログを組み合わせたマーケティングの考え方が広がっており、成功事例も出始めている。実は、30年以上の歴史がある「全日本DM大賞」でも、第33回(2019年)のグランプリ作品はデジタルとアナログを組み合わせた秀逸な事例だった。同賞の審査委員でもある奥谷氏が「僕が考える最先端のDM活用例」と紹介するのは、ディノス・セシールの「カート落ちDM」および「小冊子DM」だ。

投影資料より:ECサイトでカート落ちした顧客に、最短24時間以内にオンデマンドデジタルプリントによってOne to OneでDMを印刷・発送する「カート落ちDM」。

 「カート落ちDM」はコンバージョンが約20%増。また、購入商品に合わせてパーソナライズしたコーディネートを提案する「小冊子DM」は、Webの顧客層のレスポンスが約10%増だったという。

 一方、奥谷氏が「イチオシ」と語るのは、金沢市の飲食店、味一番のシンプルなはがきDM。銀賞を受賞した本DMは、「夏をもっと燃やせ!」「よくばりに頬張れ!」と、親近感や人間味を感じさせるコピーが効いている。また、昨今は大学の受験促進プロモーションでも優れた事例が多く挙がっている。曼荼羅を模した、高野山大学の「シークレットキャンパス密書」は「神秘すぎる、秘密すぎる大学」として好奇心を刺激した点で銀賞を受賞。他にも、大学の特色や世間的なイメージをうまく紙のクリエイティブに落とし込んだ受賞作が目立った。

「フロー型」から「ストック型」のマーケティング思考へ

 前半の実験で「30代以下のデジタルネイティブ層でより紙のDMの効果が認められた」こと、また「デジタルに慣れているため紙が一層意外性を持つのでは」と示唆されたことは、大学が紙でのプロモーションに力を入れている背景としても捉えられる。日々学生に接している外川氏は、「ふだんPC上のPDFで授業の資料などをチェックしている学生たちも、試験の間際には紙でプリントアウトしてもっています。測定してはいないので学習効果との相関は定かではありませんが、少なくとも“重要だから紙でもっていたい”“読んだ感がある”と思っていることが推察できます」と話す。

 こうした様子に気づくことからも、施策のヒントが得られるだろう。「顧客の接点の持ち方、タッチポイントでのタッチの仕方もどんどん変わっているので、これらを観察することがまず重要になると思います」と外川氏は指摘する。

 一方、奥谷氏は実験結果からわかった紙によるエンゲージメント効果に触れ、マーケティングの4Pが従来のように「Product→Price→Promotion→Place」と順を追って展開される際の「フロー型マーケティング思考」を脱して、プレイス(場)起点の「ストック型マーケティング思考」へ転換していくことを提唱する。

投影資料より:縦横無尽に動くカスタマージャーニーを「顧客体験価値とデータという上下ではさむことが重要」と奥谷氏。

 最後に大木氏が、顧客がデジタルとアナログを行き来するカスタマージャーニー、そしてそこにデータがどう関わるかを図示すると、奥谷氏は「これは僕がずっと提唱してきた『顧客時間』の拡張」と補足する。各タッチポイントで顧客に体験価値を提供し、そのデータを蓄積してまた次の施策へとつなげる。「この一連を回していくことが、まさにマーケティングそのものになっているのではないかと思います」と話し、セッションを締めくくった。

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この記事の著者

高島 知子(タカシマ トモコ)

 フリー編集者・ライター。主にビジネス系で活動(仕事をWEBにまとめています、詳細はこちらから)。関心領域は企業のコミュニケーション活動、個人の働き方など。

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MarkeZine(マーケジン)
2019/10/18 16:12 https://markezine.jp/article/detail/32056