行動経済学の権威との対談が実現
今回紹介する書籍は『「幸せ」をつかむ戦略』。ドミノ・ピザ、西友などでマーケティングの責任者を務めてきた富永朋信氏が、行動経済学の権威であるカナダ・トロントのデューク大学のダン・アリエリー教授と実施した対談が収められた一冊です。
「はじめに」では、富永氏とアリエリー教授との出会いが明かされます。マーケティングの複雑さ、難しさに対する問題意識を抱えていた富永氏は、人間の不合理さを鮮やかに描き出す行動経済学にヒントを見出し、多くの本を読み漁ったそう。その過程でアリエリー教授の考え方に惹かれ、以降、同氏の著書『予想どおりに不合理』を若手マーケターに薦めていると言います。
長期的な関係を築きたいと思わせる、アップルのアプローチ
本書は人の幸せをテーマに著されたもので、結婚や子育て、人々の消費や働くモチベーションまで、人間理解を助ける様々な理論やエピソードが展開されます。中でもマーケティングの業務に示唆を与えてくれそうなのが、7つ目の質問「なぜ企業を人のように愛せるのか。企業と個人の幸せな関係とは?(p.114)」です。
アリエリー教授は、企業が人のように愛されるには「個々の取引以降も相手を大事に思っていることを相手に示す必要がある」「相手の利益のために、自分が何か失う覚悟を持つ必要がある」とし、上手に実行できている例としてアップルを挙げています。
スティーブ・ジョブズについて考えてみましょう。彼は「あなたが感心するようなものを与えるために私たちはものすごく懸命に働いた。しかも、それほど高い値段は取りません」という感覚を人に与えることにかけて、驚くような才能を持っていました(p.148)。
アップルがやろうとしていること、言おうとしていることは、「私たちはあなたのことを考えている。あなたの期待を超えるほど、あなたが慣れてしまわないような形で、あなたを喜ばせたい」ということです。あなたに、1日50回、アップルに「ありがとう」と言ってほしいんです(p.154)。
アップルは「自分のために何かをしてくれた」と感じさせるアプローチに長けているからこそ、人々はブランドにロイヤリティを感じ、将来を見据えた関係を築きたいと思うのでしょう。
4ページの「おわりに」こそ必読
行動経済学を含めた学問の知見を実務や実生活に応用していくのは、簡単なことではありません。しかし本書では、富永氏が発した問いが架け橋になってくれることで、アリエリー教授の考え方をマーケティングの仕事や自分の生き方に取り入れていくイメージが湧いてきます。
もう一つ紹介したいのが、富永氏が対談を終えて著した「おわりに」。アリエリー教授による“性善説”のエピソードとキャリアの考え方、それらに対する富永氏の解釈が綴られており、わずか4ページにも関わらず心を動かされます。この部分を読むだけでも、本書のおもしろさ、そしてアリエリー教授の魅力が伝わってくるはずです。