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リゾームマーケティングの時代

テクノロジーの権力から抜け出せるか 「DX」と「UXと自由」が導く、エンパワーメント

 2020年7月に刊行した話題の書籍『アフターデジタル2 UXと自由』。本コラムの著者である有園氏は、同書から、ニーチェやフーコーの思想的な系譜との関連性を見出し、テクノロジーの権力まで彷彿したという。

ニーチェからフーコーへの系譜、そしてテクノロジーの権力

 「あなたは、今の自分の人生に満足しているか?」

 ドイツの哲学者、ニーチェは、その生涯をこの問いに捧げたと思う。彼の「永劫回帰」は、この問いへ誘う思考実験であり、現代風にいえば、エンパワーメント(個人への権限委譲、力づけ)の物語で、「自己実現せよ」と激励してくる。あるいは、「世間を生きるな、自分を生きろ」と鼓舞してくるし、さらに、アフターデジタル風にいえば、ユーザーという個人がその時々で自分に合ったUX(ユーザー体験)を選べる社会を実現せよ、となる。

 ニーチェは突きつける。「お前に後悔はないのか? 力強く自らの生命を自由に謳歌しているか?」と。永劫回帰の物語は、我々が、人生を終えようとするとき、その臨終のときの物語だ。人生の最期のとき、死の床に神が現れる。そして、宇宙の秘密を告げるのだ。

「いま、お前は、一つの人生を終えようとしている。もしお前が、この人生をもう一度生きろと命じられたら、『然り』と即答できるのか。人生の最後に、宇宙の秘密を教えよう。宇宙は無限にループしているのだ。だから、お前は、この人生と寸分違わぬ人生を、何度も何度も、永遠に生きる運命にある。それでも『然り』と答え、力強く生命を自由に謳歌することができるか。その永劫に回帰する人生を、喜んで受け入れることができるか?」
参照:『人生の成功とは何か 最期の一瞬に問われるもの』

 臨終のとき神が現れ、そう問いかける。「然り」と即答できるなら、あなたは「成功した人生」を歩んだ。「私の人生は素晴らしいものだった。もう一度、この人生を喜んで生きたい」。そう言えれば、最高だろう。だが、一方で、社会的な成功コースを信じ、一流大学・一流企業、そして役員まで登り詰めてもなお、「これが自分のやりたいことだったのか?」と虚無感に襲われる。親や社会の言いなりで、「世間を生きた」結果、「自分の人生はどこにいったのか?」と晩年を迎えることになる。

 我々の人生には、失敗や敗北、苦労や困難、喪失や挫折が必ずある。それでも、すべてを引き受けて、力強く生命を謳歌してもう一度、この生命を前に進めることができるか、と。

 アインシュタインは、サイクリック宇宙モデル(Cyclic Universe Theory)の可能性を考察していたらしい。これは、膨張宇宙モデルに代わる永続的な循環モデルだ。著名な宇宙物理学者ロジャー・ペンローズは2019年、「宇宙の果てを観測したデータの中から以前の宇宙の名残が見つかったとの研究結果」を発表している(参考記事:「ループしている宇宙の『前の宇宙の痕跡』を発見したとの研究結果」)。

 ロジャー・ペンローズによれば、宇宙はループしている。永遠に循環するのだ。ニーチェの永劫回帰の物語は、宇宙のループを証明しようとする物理学者たちに継承され、科学的事実になる可能性がある(そのループは、永劫回帰的なのか、輪廻転生的か、あるいは、他のタイプなのか、それはまだわからない)。

 ビービットの藤井保文さんの著書、『アフターデジタル2 UXと自由』を読んで、私が最初にイメージしたのは、ニーチェからミシェル・フーコー(20世紀のフランスの哲学者)への系譜と、それがテクノロジーの権力にも及んでいることだった。

無意識のうちにGAFAの「生の権力」に支配されていないか

 ニーチェの仕事は、「生(せい)の哲学」と呼ばれる。哲学的な抽象概念で翻弄するのではなく、生身の人間の生活を中心に据え、それに合致した倫理道徳や生き方、社会でなければ意味がない。「生の哲学」は、生身の人間中心主義であり、どんな困難があっても、力強く生命を自由に謳歌すべし、という強い意志を持つ。

「その重要な一つは、『反キリスト者』にたった一行ですが、はっきりと書かれています。それは、「各人は、善を、自分だけの倫理道徳を、みずからで発見せよ」ということです。これは一つの脱出への道です。何からの脱出でしょうか。今の自分からの脱出、毎日のこの重苦しさからの脱出、この抑圧感からの脱出です。総じて、ニーチェアンだったフーコーが名づけたところのあの規律権力からの脱出ということです」
出典:『世界の哲学者に学ぶ人生の教室

 『反キリスト者』のニーチェは、イエス・キリストに逆らったのではなく、19世紀のヨーロッパで支配的だった「規律権力」、つまり、腐敗した教会の権力とその倫理道徳から脱出しろ、と訴えた。それぞれ自らの価値を自ら創造し、その自らの生を、力強く自由に謳歌せよ、と。ニーチェの『力への意志』『ツァラトゥストラはかく語りき』なども、基本は同じだ。

 ニーチェに影響を受けたフーコーは、規律権力をさらに「生(せい)の権力」と言い換え、国家権力のような「殺す権力」だけではなく、知らず知らずの間に社会生活の中に浸透している常識・慣習や世間のルール、倫理道徳なども「生の権力」であり、我々を無意識に束縛しているとした。

 GAFAに代表されるITプラットフォーマーも、この「生の権力」になった。私はそう考えている。GAFAの善悪を問うというより、知らないうちに我々の生活は、GAFAの「生の権力」に支配され、無意識のうちに自らの生を奪われているかもしれない。そのことを意識しつつ、それでも、自らの生を力強く自由に謳歌できるか。自己実現し続けられるのか? その問いを、GAFAの権力が投げかけてくる。

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この記事の著者

有園 雄一(アリゾノ ユウイチ)

Regional Vice President, Microsoft Advertising Japan早稲田大学政治経済学部卒。1995年、学部生時代に執筆した「貨幣の複数性」(卒業論文)が「現代思想」(青土社 1995年9月 貨幣とナショナリズム<特集>)で出版される。2004年、日本初のマス連動施策を...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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2020/09/09 09:00 https://markezine.jp/article/detail/34230

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