「デジタルジャーナリズム」の拡大と浸透
有園:今回は、NHKのプロデューサー/ディレクターである高木さんをお迎えしました。ご自身が手掛けた番組をさらに掘り下げる形で、ジャーナリストとして複数の著書も執筆されていて、MarkeZine読者なら『ドキュメント戦争広告代理店――情報操作とボスニア紛争』(講談社・2002年)はご存知の方も多いと思います。第24回講談社ノンフィクション賞・第1回新潮ドキュメント賞を受賞した本作は、2000年に放送された『NHKスペシャル 民族浄化~ユーゴ・情報戦の内幕~』が元になっています。
それから、2016年に放送された『NHKスペシャル ドラマ「東京裁判」』も有名ですね。NHKオンデマンドやNetflixで常時観られるので、観たことがない人はぜひ観てみてもらえたらと思いますが、今回は直近(今年5月17日放送)で手掛けられた『BS1スペシャル デジタルハンター〜謎のネット調査集団を追う〜』を軸にデジタルジャーナリズムのお話を聞きたいと思い、お声がけしました。
高木:この番組は、私がプロデューサーとして若手ディレクター2人が現場取材を担当して制作しました。今、BBCやNYT(ニューヨーク・タイムズ)をはじめ名だたる伝統的メディアで“オープンソース・インベスティゲーション”といわれる公開情報捜査のチームを置くようになっています。端的に言えば、ネット上の様々な公開情報を元に、デジタルを駆使して真相を追求しています。
で、こうした技術に優れた人たちがオールドメディアにスカウトされていった背景には、番組タイトルにも冠した“謎のネット調査集団”の、「べリングキャット」という集団の存在があります。ジャーナリスト経験はない、41歳・ゲーマーのエリオット・ヒギンズ氏が率いていて、立ち上げ当初の2014年にウクライナ上空で起きたマレーシア航空機撃墜事件について、これがロシア軍関係者らによるものであり、容疑者まで突き止めたことは大きなニュースになりました。
2020年4月25日にNHKワールドJapanで放送した英語版「NHK World Prime "Digital Detectives"」はオンデマンドで無料で閲覧可能だ(来年4月まで)。臨場感のある映像は見ものだ。
「デジタルは剣よりも強し」の時代へ
有園:ネットでの情報捜査が得意というと、PCの前に座りっぱなしのオタクなイメージや、ちょっと怪しい感じもあったのですが、ヒギンズ氏はごく普通の中年ビジネスマンという印象でしたね。
高木:すいません、現代ビジネスの記事では“見かけはパッとしないおじさん”などと書いてしまいましたが(笑)。確かに私たちの想像とも違っていて、この人が、それぞれ優れた技能を持つ各国の仲間をオンラインでネットワークし、デジタルを駆使して世界の難事件の解決に取り組んでいるとはちょっと信じがたかったです。
ただ、彼のグループの面々は、オタクはオタクなんでしょうね。些細な写真や動画を手掛かりに衛星写真と突き合わせて場所を特定するなどは、手間もかかり、ある種の執念がないとできない。ヒギンズ氏がべリングキャットへと声をかけた若手、いわば彼の弟子が今はBBCやNYTに勤めるようになり、べリングキャットとしての活動も続けているので、オールドメディアとの連携や協力体制も築かれています。
自分たちの技術を世に広める活動にも積極的で、主に報道関係者など向けに世界中でワークショップを実施しています。このNHKの取材も、我々の仲間が昨年わざわざオーストラリアまで行ってワークショップを受けたことがきっかけでした。
有園:そうだったんですね。私の世代では「ペンは剣よりも強し」とよく聞きましたが、番組を観て、まさに「デジタルは剣よりも強し」だと実感しました。