プロダクトの失敗要因は「ベンダーとの不十分な連携」
ゆめみは2000年の創業から、モバイルサービスの企画を主に、デジタルメディアやWebサービス、アプリケーションの企画設計から開発、デジタルマーケティング支援までを手がけてきた企業だ。一般的な受託開発会社に見られるBtoBtoCのビジネスモデルではなく、「BnBtoC(B and BtoC)」の形を取っている。これは、クライアントと一緒になってプロダクトに着手するという独自のモデルだ。クライアントの戦略を理解した上でサービス企画に携わり、リリース後も継続的なサービスの発展に寄与してきた。
セッションでは、アプリ・Webメディア開発におけるLTV最大化の実践例を、ゆめみ 執行役員の染矢氏が共有した。
まずテーマに上がったのは、ベンダーとの取り組みにおける課題だ。染矢氏によると、アプリ・Webメディア開発が上手くいかない要因は、以下の4つ。
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誤ったスタート地点
「何を作ろう」から始めることにより、ユーザーが不明瞭なまま開発に着手する。 -
誤ったベンダー選定
コンペによるベンダー選定では企画ありきなことが多く、プロジェクト進行の詳細が詰まっていないことも少なくない。これにより、プロジェクト動き出してから、両社間でギャップが発生する。 -
「強み」が灯台下暗し
自社の強みや価値がお互いに理解できていない。するとプロダクトにも活かせない。 -
不明瞭なプロセス
「誤ったベンダー選定」により、プロジェクト進行が手探りの状態。問題が発生したときに、手戻りが難しい。
「これらは単体ではなく、掛け算で成果物にあらわれる」と染矢氏。たとえば、「誤ったスタート地点」と「『強み』が灯台下暗し」が合わさると、ベンチマークしたアプリと似たようなUIや機能ができあがってしまい、その会社が持つ強みや色がアプリに反映されないまま、リリースされてしまう可能性がある。また、「誤ったベンダー選定」と「不明瞭なプロセス」が合わさった場合だと、目先のリリースがゴールになってしまい、利用者や中長期視点での意思決定ができなくなるという。
「クライアントとベンダー、双方の課題があると思いますが、本来両者は補完関係であるべきです。それができていないと、こういったポイントにはまってしまうことになります」(染矢氏)
ユーザーを知り誰に届けるのかを明確に
続いて染矢氏は、LTV最大化に向けた取り組みについて紹介。ポイントは、「第三者レビュー観点」「体制づくり」「『強み』の可視化」「明瞭なプロセス提案」の4つだ。セッションでは、4つ目の「明瞭なプロセス提案」の具体的な事例として、生活協同組合コープこうべ(以下、コープこうべ)が提供する「コープこうべアプリ」の例を基に解説が進められた。
「コープこうべアプリ」は、生協の構成要素である「出資」「運営」「利用」を体現するプラットフォームアプリだ。宅配注文のほか、電子の組合員証、クーポン機能、地域イベントが検索できるコミュニティ機能などが備わっている。開発には初期段階からゆめみが入り、ともに作り上げていった。
アプリ開発は、次の3つのステップを基に進められた。
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ステップ1
ユーザーを知り誰に届けるのかを明確にしてコンセプト策定を行う -
ステップ2
ロードマップを策定し開発 -
ステップ3
リリース後により良いサービスに改善・最適化
染矢氏は、特に大事なのはステップ1だと話す。プロセスを進める上で、まずは具体的なタイムテーブルを共有し、プロジェクト開始後数ヵ月のイメージが見えるようにしているという。また、アプリのターゲット層を理解する手段として、データ分析を実施。定量データから“何が”起きたかを知り、定性データで“なぜ”起きたかを分析している。具体的には、前者ではGoogle Analyticsをはじめ消費者行動の幅を調べ、後者では実際にユーザーがどのようにアプリを操作しているかテストを行う。
染矢氏は「ユーザーテストでは、数字に見えない感情や気持ちを深掘りしていきます。どちらか片方でも傾向は掴めますが、補完関係としてデータ分析を2軸で合わせていくことで、よりユーザー像が鮮明になり、ユーザーの状態も見えてきます」と語る。
機能先行はNG。アプリ開発の軸はユーザーへの提供価値にあり
ユーザーの現状を知ったあとは、誰に届けるかを明確にするべく、ペルソナ/カスタマージャーニーマップを作成していく。
ペルソナは、プロダクトのターゲットにおける共通イメージをもつために作成する。「これがデザインや機能の方向性の軸にもつながっていきます」と染矢氏。
そのペルソナに対して、何をどのように提供していくかの道筋を立てるのがカスタマージャーニーマップだ。手順としては、アプリ利用前・利用中・利用後というフェーズに分け、それぞれに対応するシーンやユーザーの行動、思考および感情を明確にしていく。このときに重要なポイントは、「ユーザーへ提供する価値」についても明示しておくこと。染矢氏によると、ここまで踏み込めていないケースは少なくない。
たとえば、「コープこうべアプリ」のユーザーで、週1の宅配サービスを利用している主婦がいたとする。この主婦は、注文の締め切りを前に何を頼むかで悩んでいたり、考えるのが面倒だからと、いつもと同じ商品を頼むといった行動を取っていて、「他の人はどんな商品を買っているのか知りたい」という欲求をもっている。それに対して、コープこうべとして何を提供できるのか、価値ベースでできることを洗い出していくと、いつも購入している商品と組み合わせて使える食品やレシピの提案や、献立を考える助けになる機能を提供するなどのアイデアが生まれる。
「ユーザーに提供する価値ベースで開発に取り組むと、実装すべき機能の優先順位も見えてきて、意思決定もスムーズになります」と話す染矢氏。ユーザーへの提供価値が、アプリ開発の一つの軸になるという。
継続利用者が前年比180%に伸長した「コープこうべアプリ」
カスタマージャーニーマップを作成し、誰に何を届けるか明確になったあとで、コンセプトを策定。その際、サイモン・シネック氏の「ゴールデンサークル理論」を基に、「Why:なぜ」「How:どのように」「What:何を」の順で進めていく。
「コープこうべアプリ」の場合は、「協同・地域づくりをデジタルの活用でスケールさせていくために(Why)」「当時の時流に沿って、ソーシャルやシェアリングを活用して(How)」「生協の資源である宅配・店舗・コミュニティを生かす施策を行う(What)」と考えて立ち上げたコンセプトが、「現代版の『コープさん』を作る」だった。この「さん」という敬称を付けた呼び方は、コープこうべの利用者が親しみを込めて使っている言葉だ。そんなアナログのコミュニティをデジタルでも作ろうと考えた。
コンセプトを定めたあとは、その実現に向けたロードマップを策定していき、それに沿ってアプリをスケールさせていく。コープこうべの場合は、「供給金額の最大化+併用利用の促進」「運営参加率の向上」「職員と組合員の垣根がない地域づくり」の順に取り組み、利用規模を拡大していった。その結果、アプリのターゲットでもあり企業課題でもあった若年層ユーザーの利用は144%増加。継続利用者も前年比180%に伸び、ロイヤリティも3.7倍向上した。
染矢氏は取り組みを振り返り、成功要因として次の3つのポイントをあげる。
- カスタマーを明確にしたこと
- 強みを活かしたコンセプト設計
- ロードマップから逆算した開発プロセス
「LTVの最大化を実現するには、ベンダーとの取り組みのなかで、この3点を実施しているかが大事です」と染矢氏は言う。
すぐに着手できるLTV向上のポイント
最後に染矢氏は、すぐに着手できるLTV向上のポイントを明かした。それは、LTV最大化の4つのポイントでも上げられた「『強み』の可視化」だ。これにより、成果を挙げた事例が複数紹介された。
その一つは、着物通販大手の「京都きもの市場」。同社はバイヤーが直接産地やメーカーに出向いて仕入れているのが特徴で、「このバイヤーだから買う」という消費行動が顕在化していた。そこで、自社の強みとして「バイヤー」というワードに着目。カテゴリーや店舗在庫ごとの検索機能に加え、「バイヤーから探す」機能を実装した。またバイヤーが発信するブログコンテンツを追加で発信。その結果、エンゲージメントやロイヤリティの向上にもつながった。
「機能としてはただの『商品検索』と思われるかもしれませんが、自社の強みを理解してそれを生かせると、少しの見せ方の違いで新たな体験を提供できます」(染矢氏)
もう一つの事例は、コープこうべとゆめみが行った強みの発見と機能の実装について。両社はまず、ワークショップによって、「安心/品質」「届ける」「計画購買」「商品数」などの強みを導き出し、それらの掛け合わせによってできることを探し出した。たとえば、「計画購買(その週頼んだものが次の週に届く)」と「商品数」を掛け合わせることで誕生したのが、献立サポート機能だ。これは、主婦のストレスとなる献立を考える時間をサポートする機能で、AIを駆使した商品提案を行うものだ。この機能実装により、商品販売の収益も向上した。
また、「協同」と「UGC」の掛け合わせにより、投票機能を実装。企画段階の商品や店頭POPへの投票をワンタップで可能にし、気軽に運営に参加できる体験を実現した。
染矢氏は「やみくもに機能を増やそうとするのではなく、価値は何か、強みは何かというキーワードから考えることで、機能アイデアが広がっていきます。結果的に、LTV向上にもつながるのではないでしょうか」と述べ、セッションを締めくくった。