経営理念/パーパスとマーケティングの関係性
コロナ禍で消費者行動が大きく変化し、それに伴って企業の経営戦略を大きく転換することが求められるようになった。
たとえば飲食業界に目を向けると、これまで飲み会や会食などで利用されていた居酒屋という業態は、新型コロナウイルスへの感染を避けるために、多くの人の足が遠くなり、大きな打撃を受けている。そのため、居酒屋チェーンのワタミは日用使いの唐揚げ店や焼き肉店へと業態転換を図っている。また、こうした動きから、ビールメーカー各社も飲食店での消費ではなくスーパーやコンビニエンスストアでの自宅向け消費へと大きく舵を切り替える必要が生じている。
他にも大手のアパレルメーカーを見てみると、ナノ・ユニバースなどのブランドを持つTSIホールディングスは2020年度半期で144億円の赤字、レナウンは民事再生手続きを申請、ユナイテッド・アローズは7カ月連続で売上減と、百貨店を中心とする店舗展開は暗礁に乗り上げている。一方で、ユニクロは2020年3~5月までは厳しい売上げだったものの、6月からは復調。8月は対前年比1.29倍の売上げとなっている。百貨店での高級ラインの服から、ライフスタイルに合ったアパレルが売れる時代になってきているのである。
このように、経営戦略、そして主たる事業内容が変更されると、それに伴って、企業に求められるマーケティングが変化する。これが「マーケティングは戦略に従う」という非常に重要な考え方である。
マーケティングは経営理念実現のためにある
さらに本節では一歩踏み込んで、経営戦略よりも上位の次元である、「経営理念/パーパス(会社の究極の目的)」とマーケティングの関係性について考えてみたい。
図1を見ていただきたい。ご存じの方には恐縮だが、経営におけるそれぞれの業務の役割を示している。
会社全体の舵をとるためには、最上段に会社の「経営理念」があり、その下にその経営理念をビジネスとして実現するために、どのような事業をどのように行うかという「経営戦略」、そして経営戦略の中で勝っていくための手法として「マーケティング戦略」があるという構造になっている。
では、そもそも会社のゴールとは何だろうか。「私はマーケティングの話を知りたいのであって、そんな話を聞きたいのではない」と思わずに、改めて考えてみていただきたい。このことは、今後のマーケティング戦略を考える上で、非常に重要なプロセスである。
「らしさ」を伝えるマーケティングの役割
筆者は会社のゴールとは、「会社の経営理念やパーパスの実現」にあると考えている。
表1を見ていただきたい。著名企業の経営理念である。たとえば、P&Gの経営理念は、「すぐれた製品とサービスを通じて、現在そして未来の、世界の人々の暮らしをよりよいものにする」であるが、この表現の中にP&Gが成し遂げたいと考えていること、つまり経営のゴールが端的に表れている。
他にも、ニトリのロマン(経営理念)は、「住まいの豊かさを世界の人々に提供する」であり、ロマンを原点に、30年ビジョンである「3千店舗、3兆円」を実現すると掲げている。こちらのロマンにもニトリならではの経営のゴールが現れている。他の会社にはない、ニトリ"らしさ"が現れているといえよう。
このような会社の経営理念という大きな「ゴール」を実現するために、企業はビジネスを展開し、そのビジネス拡大のためにマーケティング活動を行っている。
そうすると、マーケティング活動そのものが会社の経営理念の実現に大きな役割を持っており、消費者の声を集めながら、最も消費者目線から経営理念の実現に貢献していることになる。
コロナ禍でマーケティング機能は多機能化・高度化が求められる
ただし、やや注意が必要なのは、現在はこれまでの平時とは異なり、コロナ禍にあることである。
前述のように、多くの企業がこれまでのビジネスのあり方の見直しを迫られている。その流れの中で、多くの企業において、「経営理念に還ってビジネス展開をしよう」「パーパス(会社の目的を意識した)経営だ」といったことが大きく議論されている。
さらに筆者は、これまでの経営理念やパーパスを見直し、新しい経営理念のもとに、アフターコロナの経営を行う企業が増加すると考えている。実際、私のもとにもそうした相談の依頼が増えている。
そうすると、企業ブランディングや個別商品のブランディング、広報・PR、広告といった、企業の中でも消費者に近く、かつ広範な領域を守るマーケティング部門がなすべき役割がより多機能化・高度化していくだろう。
これまでマーケターが主に追いかけてきたKPI、たとえばCMOが管轄する売上予算、そして各マーケティング部署が管轄する集客数やCPA(Cost Per Acquisition/1顧客獲得コスト)、ブランド効果などのKPIは今後ももちろん重要ではあるが、それらに加えて、消費者へ会社の経営理念やビジョンを伝えることも新しい機能として重要になっていくだろう。
As-IsとTo-Be分析からスタートを
以上のように、マーケティング部門の役割が多機能化・高度化していく中で、CMOを中心としたマーケティング部門は、まず何をすれば良いのだろうか。
このときにするべきなのは、御社の顧客がどのように感じているのか、現状と今後についてのAs-Is(現状)-To-Be(将来像)分析である。
図2を見ていただきたい。外部環境の変化と消費者の変化が現在と今後でどのように変化するかを分析するためのフレームワークである。フレームワークを活用する際には、まず左側の、ウィズコロナでのAs-Is(現状)についての顧客/消費者からの認識の分析を行っていただきたい。
具体的な手順としては、コロナ禍の中で御社のイメージと商品がどのように見られているのかをこのタイミングで整理しておく必要がある。手法としては、改めて顕在消費者、潜在消費者問わず、コロナ禍の今だからこそ自社の製品について体系的なヒアリングを行うことを推奨する。
その際に、コロナ禍のキーワードである「巣ごもり消費」や「非接触/非対面」、「EC化、ショッピングのデジタル化」といった外部環境の変化について顧客/消費者がどのように考えているのかについてもヒアリングする必要がある。コロナ禍で消費者の行動が大きく変化している中で、御社のブランディングに大きな影響が出ていないか、今まさに消費者は御社の商品をどのように受け止めているのか、これをヒアリングするのである。
続いて、分析したAs-Isをもとに、アフターコロナにおいて、マクロ的な外部環境と消費者が購買時に重視するポイントがどのように変化するのか、つまりTo-Be(将来像)を同様に理解することである。
アフターコロナの時代には、デジタル庁を含めた「DX」の推進、5Gの本格的な普及、さらには環境問題やエシカル消費などの新しい社会像/消費者像の確立といった変化が見込まれる。
ただし、これらについてはヒアリングすることが難しい。したがって、こうした変化をもとに、顧客/消費者のニーズがどのように変化するのか、といったオリジナルの判断軸を設けることになる。その際に重要なのが、「どのように見られたいのか」という視点である。これも持った上で、経営陣、マーケティング部共同で将来像を作り上げていただきたい。
「統合型」の戦略と「分散型」の戦略
ここまで、経営理念とマーケティング部門の関わりについてマクロ視点から議論を行ってきた。本節以降ではこの考え方をベースとして、アフターコロナのマーケティング戦略について、よくある誤解や誤った認識を正しながら、具体的に検討していくことにする。
最初のテーマは「統合型」、「分散型」、どちらのマーケティング戦略を選ぶべきかである。
統合型マーケティング戦略の特徴
「統合型」のマーケティング戦略とは、マーケティング全体の戦略を明確かつ厳格に策定し、それに沿ったロジカルなマーケティング戦術を展開するものを指す。
「統合型」のマーケティング戦略においては、まずは戦略の骨格である顧客のSTP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)と4P(プロダクト・プライス・プレイス・プロモーション)全体を過去データと定性的な顧客インサイトを踏まえて決定する。STPとは、どのような市場で、どのような顧客に、どのような差別化をして販売するかという戦略である。
具体的には、どのようなセグメントの市場で、どのような顧客にターゲットを絞り、どのような地位(ポジション)を築き上げるのかを決定する。4Pでは、STPで決定した戦略をもとに、どのような商品・サービスにするのかを具体化する。具体的には、どのような商品を、いくらで、どのようなチャネルで、どのようにプロモーションするのかを決定する。
次に、売上げや収益など目標とするKGI(Key Goal Indicator:主要な達成目標)と、それを達成するためのKPI(Key Performance Indicator:主要な業績目標)を設計し、顧客獲得コストであるCPAとコストに対する売上げであるROAS(Return Of Advertising Spend:売上対広告費率)、顧客獲得数であるCV(Conversion)といった定量的なマーケティング目標を軸に、ブランディングやPR効果といった定性的なマーケティング目標を加えた全体的な戦略と数値目標を作る形となる。それを具体的なマーケティング戦略の中で、広告のオンライン比率/オフライン比率、チャネルのリアル販売比率/ネット販売比率、メディア調査/インターネット調査での消費者イメージといった具体的なマーケティング戦略を練るというものである。
現在多くの大企業や外資系の企業などでは、このような統合型のマーケティング戦略を策定しているところが多い一方で、中小企業などでこれを実現できているところは少ないのが現状である。なぜなら、中小企業ではマーケティングの全体像が非常につかみづらく、専門性も高いため、統合型の戦略のような全体像を描いた上で具体的なマーケティング戦略を立案することができていないからである。大手企業ならば、分野ごとに外部の広告代理店や販売業者、メディアなどに委託しているため、統合型の戦略を立案した上で、日々の対応は広告代理店に任せ、月次ベースで修正するようなやり方をしているため実現可能だが、中小企業ではこうしたことは難しい。
分散型マーケティング戦略の特徴とメリット
中小企業では「統合型」のマーケティング戦略を行うのが難しいが、反面、「分散型」のマーケティング戦略が有効である。
「分散型」のマーケティング戦略は、マーケティング戦略全体をがっちりと固定的に固めるのではなく、ある程度の予算と目標の中で、顧客の状況や自社の製品状況、営業状況などを踏まえて柔軟に変化させていくもので、成長著しいベンチャー企業や老舗で長く成功している企業のマーケティング戦略を筆者がヒアリングしている中で見つけたモデルである。
分散型のマーケティング戦略では、STPや4Pという大枠は統合型のマーケティング戦略と同様だが、それ以外はより現場を重視したもので変化に富む。大枠の予算と目標値(顧客数、コスト)を押さえたら、日々の数値を見ながらPDCAを重視して運用が行われる。具体的には、予算を1千万円、目標客数が1千人、CPAが1万円という目標を立てたら、その数値を守り切るという受動的な運用ではなく、その数値をベースとして、より良くするためにはどのような改善ができるかという現場での試行錯誤を行うのである。
すると、より変化の早い成長企業、ベンチャー企業、さらには大企業の子会社、中小企業などでは、柔軟にマーケティング戦略を変化させながら、顧客・消費者に合わせた対応を行うことができ、それによって、より効果的なマーケティングプランになるのである。
しかしながら、このように柔軟性を持った戦略はさまざまな社内とのつながりがないと実現が難しい。逆にいえば、そのようなつながりをマーケティング部が中心となって築き上げることで、全社一丸となった戦略実現が可能になる。
このやり方は、固定化された本丸事業とは異なり、実は潜在的なターゲット顧客が別のところにいる、自社の製品がそもそも市場とマッチしていなかったといったことが起こり得る未成熟な事業でこそ絶大な効果がある。
筆者が実際に目にしたケースでは、ある大手金融子会社が立ち上げた新規事業において、まだ市場性も不明瞭な段階で、大規模な予算と複雑なパートナーが絡み合ったマーケティング戦略が立てられていたことがあった。このような戦略は本業では有効であっても、新規事業には適さない。
ウィズコロナ、アフターコロナのマーケティング戦略とは?
以上の知識を前提に、ウィズコロナ、アフターコロナのマーケティング戦略はどちらのパターンが適しているかといえば、当面の間は「分散型」に軍配が上がるだろう。なぜなら、変化が激しく、先が見通しにくいウィズコロナおよびアフターコロナの初期段階において、誰もが明快な答えを持ってマーケティング戦略を作り、それを具体的な戦術に落とし込んで実現化していくのは困難だからである。
本業が現状でもしっかり安定している企業ならば「統合型」でも良いかもしれない。しかし、多くの企業は今後、そもそも本業自体が変わるかもしれず、ターゲットとする顧客や商品までもが変わっていく可能性もゼロではない。そのような中、「統合型」一辺倒のマーケティング戦略では、後々失敗を招く可能性が高い。
一方で、「分散型」のマーケティングであれば、全社の方向性や新型コロナウイルスの感染状況、現在ではまだ見えにくい消費や景気の動向などを見極めながら、攻めと守りをバランスよく考えた戦略を実現できる。
この「統合」から「分散」へという考え方の変化は、アフターコロナのマーケティング戦略の中で大きなパラダイムシフトになる。CMOだけでなく、経営者も理解しておくべき変化となろう。