「俺の20年間は一体……」入札の仕組みに衝撃
有園:その移行をまさしく推進してこられたと思いますが、社命として博報堂DYグループのデジタル広告事業の確立に携わる前から、インターネットの領域に興味はあったのですか?
勝野:もちろんです。インターネットが始まった1995年ごろから、デジタルの時代がくるだろうと直感していました。
ラジオやテレビ放送局は、免許制ですよね。誰もが参入できるわけではない、そこになぜか免許を持たない広告会社もワンテーブルについている。免許同様、僕らもある意味で利権をもっていると感じていました。個人的にはなぜもっと自由に売り買いできないのだろうと思うこともありました。また、ラジオ聴取率も当時は年1~2回しか調査しておらず、これが広告料金の根拠になることに疑問もありました。
そのなかで、インターネットの世界には誰でも参入できる。「広告接触=広告クリック」したというデータも常に測定できると知りましたから、絶対そのほうが便利だよな、と内心思っていました。
有園:ただ、実際にデジタル領域にきてみると、大変なことも多かったと思います。
勝野:広告主や担当の営業に「ふざけんな」と言われたりね。それはそうですよね、「御社の広告はユーザーが検索したら掲載されます。広告がクリックされたらその分だけ請求しますが、その広告がいつ、どこで、どのようなコンテンツと一緒に掲載されるのかはわかりません」なんていう説明はマス広告ではあり得ませんから。僕自身、有園さんに「なんだそれ、ふざけんな」と言った気がする(笑)。
有園:(笑)。勝野さんと同じフロアにデスクをもらっていたときは、ときどき呼ばれて管理画面の使い方を聞かれたりしていました。広告会社の方で、みずから教えてくれとおっしゃったのは勝野さんが初めてでした。入札できずにお怒りだったこともありましたね。
勝野:そう、ちょっと席を外したら掲載順位が3位や4位になっていて。「我々が1位を取れないなんて……」と悩みましたよ。そこで、1位掲載の権利を買いきれないのか、と聞いても相手にされませんでしたね。――こういう言い方こそ利権でビジネスをしていたことの現れかもしれませんが、あの時はそう思いましたね。自分のこれまでの知見や経験が、アルゴリズムが支配する広告システムには全く役に立たない。俺のメディア一筋の20年は一体何だったのかと、これまで積み重ねたものがガラガラと崩れる音がしました。

※緊急事態宣言解除中に撮影され、撮影時のみマスクを外しています
DXというより、仕事と自分をアップデートしていく
有園:博報堂DYグループはそこから2007年にアイレップと提携し、2009年にはデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムが連結子会社になります。内部を変えるよりも、外部と組もうという意志があったのでしょうか?
勝野:そうですね。それこそ検索連動型広告を管理画面から触ってみて、「これは内部の人間の意識から変えていくのは時間がかかりすぎて無理だ」と実感したんです。
マス広告はクリエイティブも広告出稿も事前に完璧に手配するのが当たり前だったので、その完璧を目指してきた人に、広告効果を見ながら出稿を事後管理する運用型の業務にいきなり切り変えるのはリスクが大きいと思いました。それならプロフェッショナルと組んで、博報堂DYグループの持つ営業力やクリエイティブを活かすほうがいい。
検索連動型広告のプランニングに、クリエイティブなアイデアが必要なんです。だから、インターネット広告ビジネスを拡大するには、外部を含めてどのようなチームを組めばいいのか、その前提でどんな人材が内部に必要か、それらの人や体制を経営資源としてどう考えるか、を僕なりに経営層に話していました。
有園:勝野さんご自身は、自分の経験を否定されたほどの気持ちになりながらも、なぜ“変われた”のだと思いますか?
勝野:やはり、自己否定の衝撃よりも、デジタル技術やインターネット広告の圧倒的な合理性と成長可能性のほうがずっと大きく感じられたからです。いわゆる既得権益が使えない点を含めても、この新しい領域への期待が勝ったので、僕の気持ちを切り替えられました。
これまでにビジネス上の実績や経験がある組織や人ほど、デジタルトランスフォーメーションなどを外部から言われると、戸惑ったり前向きになれなかったりすると思います。僕の場合はその状況で変わらざるを得なかったけど、今振り返ると、「これはアップデートなんだ」と思えたのが大きかった。ネットサービスやアプリなどは常にアップデートしていきますよね。それと同じで、環境に仕事や自分が合わなくなってきたら、自分の中にあるバグを取ってアップデートするだけです。
それくらいのスタンスでいないと、このグローバルな世の中の変化についていけないし、どんどん変わるメディア環境を理解することや様々な新しいサービスやツールも使いこなせないと思います。