「マス広告を知らない世代」が増えていく
有園:では、今後の話を深掘りしたいと思います。冒頭で、2015年に発表された「デュアル・マス」を挙げましたが、その時点での40代以上と30代以下の間に「最大の価値観の溝」という記述がありました。今だと、45歳くらいが境ですね。私は今52歳で、仕事をし始めてネットに触れた世代ですが、ちょうど10歳くらい下になると学生時代にネットが登場しているので、肌感としてもかなり感覚が違うなと思っています。
2023年に彼らが50代に到達したら、それ以降は彼らが社会のマジョリティになっていく。そのなかで総合広告会社として、どのような展望をお持ちですか?
勝野:ビジネスの前提となるメディア環境を捉える調査のアップデートが必要でしょうね。
たとえば「テレビスクリーンでYouTubeや動画配信サービスを視聴する」ことや、「テレビ番組にスマホで、見逃し配信サービスからアクセスする」ということは、もはや日常ですよね。情報のデジタル化が進んだ結果、メディア接触とデバイスが一致しなくなっている。
そのなかで、有園さんが指摘したように「マスメディア接触の経験がない人」が増えていきますよね。
有園:そうですね。
勝野:今の大学生や若い世代と話すと「新聞を読まなくなった人」ではなく、「新聞を読んだことがない人」が増えています。既にマスメディアの接触習慣がない人が少なくありません。
この間、電子決済やQR決済が当たり前の家庭で育つ小学生では「おつり」がわからない子がいるという話を聞きました。情報のデジタル化に続いて、今後は生活のデジタル化がさらに加速します。
そういう状況だと、基本的なコミュニケーションで従来の常識と思っていた部分でもギャップが出てしまう。ですから、広告会社として、情報は伝えても意図が伝わっていない、という事態にならないように、このような新しいメディア環境にいる人に対して、どのようなメディア体験を設計し、刺さるメッセージは何なのかを考えないといけません。

データに関する個々人のリテラシーを上げる必要性
有園:なるほど。それもアップデートですよね。
勝野:そう、総合広告会社であれベンチャー企業であれ、アップデートする意志がある会社が生き残ると思います。たとえばサイバーエージェントはネット広告の事業を皮切りに、ビジネス環境や生活者のニーズに沿わせてビジネスをアップデートした結果、今ではゲームとメディアを加えた3つの事業が柱になっています。もちろん、博報堂DYグループでも“生活者データ・ドリブン”マーケティングの推進や、メディアビジネスの次世代型モデル「AaaS(Advertising as a Service)」の始動など、今後のスケールが見込める複数展開に着手しています。
有園:では、メディア環境研究所の視点から、デジタルやデータ活用が前提の今後のビジネスの発展には何が必要だと思われますか?
勝野:従来の広告ビジネスの延長線上で捉えるなら、現業のトライ&エラーでもビジネスは成り立つのかもしれません。しかし、そのようなスタンスでは、デジタル事業の大きな成長が見込めないと思います。
広告業界に限らず、今後のデジタル化を前提としたビジネスの発展には2つポイントがあると思います。まず、デジタル化とはデータを生成することですから、まさにビジネス上の取引の通貨となるデータの管理を考える、市場を整える必要があるでしょう。日本政府が円通貨を保証するように、企業や生活者が安心してデータを利活用する仕組み、基盤が必要です。そしてデータはグローバルに流通する通貨ですから、データの取り扱いには国家安全保障の視点も必要でしょう。
データの取引が安定するためには、セキュリティやプライバシーの問題について、体制を検討し法律を整え、健全な市場となるように整備を進めることが急務です。
もうひとつは、データを生成するのは生活者だということです。個人で自分のお金を管理するように「データを管理する」意識を持つことができるように、データリテラシーを育成していくこと。デジタル庁の始動で変わることを期待します。
新しい技術で実現できるサービスやツールをいち早く試してみて、トライ&エラーを重ね、アップデートしていかないと、デジタルビジネスは先へ進めません。そのためにも、広告コミュニケーションの視点にとどまらず、金融、医療、教育といった分野や、公共・民間サービスも含めた広い視野を持った第三者的な組織が、市場整備に汗をかく必要があります。そんなラウンドテーブルがあるべきですし、そうした動きにも少しでも寄与できればと思います。