システムを制する企業が顧客の信頼を得る
おおよそどのカンファレンスでも、そのキーノートには主催者が見据える重要テーマが顕れる。その1つにレイチェル・ボッツマン氏による「Rethinking Trust」というセッションがあった。
Adobe Summitのキーノートで、「信頼の再考」が語られる。こんな興味深いことがあるだろうか。たった2つの事例を見ても、DXが単なるツールの活用ではなく、顧客とつながり続けるビジネスモデルへの変革であることは明白である。であればこそ、そのモデルの中心には顧客からの恒常的な信頼があるはずだ。
2021年1月に行われたNRF(National Retail Federation、全米小売業協会)でも、Walmartをはじめ多くの企業から「デジタルによるパーソナライズサービスを進める最大の鍵は、顧客からの信頼である」という言葉が聞かれた。確かにいまこのテーマなくして、デジタルツールの側面からだけでパーソナライズという顧客体験を語るのは片手落ちだろう。
ボッツマン氏の著作『TRUST』の中に、こんな一文がある。
「システムは行動を探知するだけではない。システムが行動を形作るようになる」
優れたサービスアイデアの上に企業がシステムを構築し、そこで企業と顧客が人としてつながる。そこに確固たる信頼が築かれた時、顧客の行動は一気に動くのだ。極論を言えば、事前に信頼がある企業だからといって、そのシステムが信頼される訳ではない。むしろシステムの覇者こそが次の顧客行動を作り、信頼を作っていく。パーソナライズされた顧客体験を実現し得た企業が信頼され、その企業へのリテンションが高まっていくと考えたほうが良い。
では、そのような顧客体験を何から作っていけば良いのか。本稿で最後に述べたいのは、パーソナライズされた顧客体験を思い描く原動力とは、「自らの顧客価値を問い直すこと」にあるということだ。
顧客価値を問い直さない企業は革新者たり得ない
WalgreensとGoodLife Fitnessの事例は、ツールの活用ケースを超えて、コロナ禍において自らの顧客価値を問い直す壮絶な変革ストーリーだった。社会環境変化への向き合いを示し、その只中にある顧客を想い、自らの資源を必死に掻き集め、組み合わせて再価値化する。その強烈な意志があったからこそ、ツールでその価値を拡張することができたのだ。
顧客価値は、クリエイティブアイデアとしてどこからか降ってきたりはしないし、外注して作ってもらうことも出来ない。ボッツマン氏は著書『TRUST』で、こうも語っている。
「人は新しいサービスなどを利用するときに、信頼の壁を超えることが必要になる。そのとき人は自らに問うのだ。『この体験は自分の人生に価値をもたらすか?なぜその価値が確かだと言えるのか?』」
Adobeが提供する万全なDXツールは、企業の可能性を拡張してくれる。しかしその原点たる顧客価値を、命を削り血の汗をかき、自ら生み出そうとしない者は革新者たり得ない。否、もはや事業主たり得ないのだ。そのような企業にはどんなツールも決して進化をもたらさず、デジタル時代において顧客からの信頼を勝ち得ることもない。
WalgreensとGoodLife Fitnessというトラディショナルだった企業の壮絶な改革事例は、デジタルの可能性を示すと共に、その教訓をも改めて示していると思えるのである。