「ターゲット」という言葉の危うさ
田部:この連載は、事業成長に真に貢献するマーケティングのあり方や、それを展開していくためにはどうすれば良いのかを考えていくものです。第4回のゲストには、マーケター/クリエイティブディレクターの鹿毛康司さんをお招きしました。早速ですが、鹿毛さんのマーケティング観を教えていただけますか。
鹿毛:マーケティングは最終的に売上獲得へつながらなければならないと僕は考えています。売上はお客様の「ありがとう」の総量です。お客様から「ありがとう」と言われ続けない企業は、存続できません。
鹿毛:短期的に売上を伸ばす方法はありますが、中にはたちの悪いものも含まれます。たちの悪いマーケティングではターゲットを餌食のように捉え、「刈り取り」や「囲い込み」などの言葉が多用されている印象です。たちの良いマーケティングとは、手法を悪用することなくお客様の心を動かします。そして、人の心が動いた時に売上・利益は上がるんです。私が過去に手がけて成功した案件は全てそうでした。
田部:僕も社内では「ターゲット」という言葉を禁止しているんです。元々は軍事用語ですし、外資系企業のマーケティングメソッドが輸入される過程で、言葉もそのまま使われているのかなと。
鹿毛:海外でも日本でも、マーケティングの用語や手法を正しく使っている企業には志がありますよね。僕の尊敬しているAppleがそうです。Appleは自社の商品によって「こんな生き方ができる」という大きな価値を提案しています。その価値を届けるためにお客様をセグメンテーションし、価値によって喜ばせることができる人をターゲティングする。ターゲットという言葉を使っていても、Appleは真理を捉えていると思います。
“血の一滴”の先にマーケティングがある
鹿毛:同じ気概を感じる人物が日本にもいます。ウォークマンを生み出したソニーの大曽根幸三さんです。大曽根さんはウォークマンの開発にあたって、大きさが重要だと考えました。そこでまず、木彫りのプロトタイプを作ったそうです。木彫りのウォークマンを手に取った大曽根さんは「これ以上小さくしたら、ポケットに入れた時に不安だ」と実感して、商品のサイズを決めました。調査結果やデータを参照するのではなく、自分の中にいる消費者と会話をしながら決定したわけです。
何かを伝えたり広めたりする時にマーケティングは有効ですが、その“何か”を形成する最初の一滴は、マーケティングでは生まれないと思います。Appleやソニーのような企業は、血の一滴の先にマーケティングを実行しているはずです。最初の血の一滴の価値を理解すれば、マーケティングもうまくいくと思います。
田部:とはいえ、マーケターが血の一滴を自分ごと化するのはなかなか難しいですよね。当社のノバセルは「自分がほしいものを作る」という原点から生まれたプロダクトなので、私自身がN1ですが、マーケターは場合によって女子高生向けの商材を担当しなければなりません。鹿毛さんが様々な世代を理解してプロモーションを実行できる理由は血の一滴にあるのか、それともテクニックや経験によるものなのでしょうか。
鹿毛:実は、誰の中にも女子高生がいるんです。たとえば映画「君の名は」を観て、主人公の三葉が恋をする姿に共感して涙を流した成人男性はたくさんいると思います。映画を観た人が主人公の心理に近づけるよう、監督や演出家が緻密に作り込んでいるからです。