敏感肌向け商品のイメージをポジティブに転換
田部:この連載は、事業成長に真に貢献するマーケティングのあり方や、それを展開していくためにはどうすれば良いのかを考えていくものです。最終回のゲストには、オルビスの小林琢磨さんをお迎えしました。
田部:小林さんは代表就任前、社内ベンチャー第一号として敏感肌ブランド「ディセンシア(DECENCIA)」を立ち上げられました。ディセンシアはローンチから約8年で50億円規模のビジネスに成長したそうですが、事業を拡大できた要因はどんな点にあったとお考えですか?
小林:インタビューを基にコンセプトの再設計を行ったことが大きかったと思います。元々商品には自信があったため、最初の頃は「とにかく使ってみてほしい。そうすればわかってもらえるはず」という気持ちで、サンプル請求を促すWeb広告に力を入れていたのです。しかし成果に結びつかず「これはまずい」と思うようになりました。
小林:そこで実施したのが、約200名の敏感肌の方を対象とした1on1インタビューです。スキンケア製品の使用状況について尋ねたところ、興味深い傾向が明らかになりました。友人との会話で愛用している基礎化粧品が話題に上ると「“私は敏感肌だから”〇〇を使っている」というように、エクスキューズを付けて話す方が多かったのです。当時の敏感肌向けスキンケアブランドの多くが、肌にやさしいことを謳う医薬品っぽい訴求を採用していたため、使用者が胸を張って紹介できないのではないかと考えました。
この調査結果を受けて、戦略の見直しを実施しました。敏感肌の方々が自信を持って名前を挙げられるブランドをつくるべく、採用したコピーが「敏感肌は、どこまでも美しくなれる」です。このコピーには、敏感肌向けのスキンケアアイテムを「マイナスをゼロにするもの」ではなく「マイナスからプラスを生むもの」へと転換させる意図があります。このコンセプトに基づいて商品開発やデザインの方針をすべて再設計したところ、ようやく成果が出始めたのです。
休眠顧客の反応でブランドの強さがわかる
田部:ディセンシアの主な対象顧客は女性ですよね。小林さん自身が当事者ではない場合に、顧客インタビューを実施する上で心がけていることはありますか?
小林:「なぜ購入したのですか」といった直接的な質問はしません。購入のきっかけは聞きますが「顧客が何に困っているのか」を理解することが結局のところ重要だからです。また、困りごとに加えて化粧品以外の美容に関する関心事も聞きます。商材に関するインタビューだけでなく、周辺領域の悩みについて聞くことで、お客様の課題がより明確になるためです。
小林:お客様と会って話す際は「企業対顧客」の関係にならないよう意識しています。当社のオンライン顧客イベントでは、必ず私が最後の挨拶をするのですが、私が登場するとチャットに「たっくんが来た」「たっくん待ってました」といったコメントが溢れ、まるで推し活のような雰囲気になります(笑)。このような関係性を築くことが大切なのです。「社長とお客様」の関係ではなく、人として、あるいはブランドの人格として接し、冗談を言い合えるくらいの親密さを持つよう心がけています。
田部:正しい意思決定を裏付ける“感覚知”を養うために、ブランドの人格として接しながら、顧客を理解しているわけですね。そんな小林さんの考えるブランド論を教えてください。
小林:ブランドの本質は、シンプルにLTVで測ることができると考えています。本当の意味での生涯顧客価値をどれだけ創出できているか。この点を重視すべきではないでしょうか。
投資判断をする際は、休眠顧客向けに実施した施策の効果を見ます。ライフスタイルや肌の悩みは変化するものです。一度離れた人が必ず戻ってくるような、真の意味での“生涯顧客価値”を創出できているブランドは強いでしょう。