※本記事は、2023年3月25日刊行の『MarkeZine』(雑誌)87号に掲載したものです。
保険産業が、積み上げたデータの「価値」「責任」を付与する
2023年1月、「札幌医科大(=医療機関)」と「富士通(=ITシステム)」の座組による新たな取り組みが発表された(参考:「札幌医科大と富士通、ヘルスケア領域のデータポータビリティ実現に向けて個人の健康データの活用推進に合意」/日本経済新聞)。患者の過去データのポータビリティが実現すれば、診察のたびに各病院で問診記入からレントゲン撮影までを行う「めんどう」が省けるので、より良い前進と思える。
ただ、この取り組みは病院とIT事業者との二者に限定されたものだ。患者個人にとっては貴重な「ワタシの命のデータ」であっても、単なる「生データの集積」のままでは、それを責任持って預かる事業者側へのインセンティブが働かない。
この医療データに価値をもたらすには「値付け」が必要とされ、その通貨機能として「保険(金融)」が存在する。責任の「重いデータ」として価値変換されたデータになってはじめて、医療事業者とIT事業者は保険会社と共にデータ保全(漏洩や乱用防止)の責任を負いつつ、事業(や社会)への成長リターンを生む動機を持つ。保険会社とIT事業者がデータの管理や漏洩に及ぶ責任までリスクを負ってくれるのは、そのデータが価値ある商売道具であり、自社(や社会)への成長リターンを生むものであるからだ。
たとえば、「GEICO」や「オリックス」などの保険会社が間に入ったトライアングルの座組が考えられる。日本でも今、取り組んでいるところだろう。
この座組が強力なのは、政府の巨額の保険予算や企業の雇用保険が連動するからだ。三者どころか四者のスクエアになる構造も描いておきたい。政府が「医療の国民負担の適性化」をデジタル上で進め、法改正していくのは自然で明らかな流れである(医療制度の是非については略)。
患者側においても、アプリで健康管理をするといったオモチャ機能ではすぐに飽きるが、保険が関与すれば桁違いに強く飽きないインセンティブ(医療費が安くなるなど)が発生する。
事業側も国民一人ひとりにアプリを登録してもらい、サブスクアカウントを増やして、D2Cでスケールさせて……という風下からの小銭集めの事業ではなく、国家予算や大企業の福利厚生を意識した風上市場が起点(飴玉)になる。「デカいほうからごっそり」と、風上側から動きが起こるのが「重いデータ」側の特性だ。もちろん数年の時間がかかり、長期ビジョンや資金力、気力、体力、そして政治力が求められる。
医療機関がデータの保全を先端ITと保険会社とで協同で担いながら事業インセンティブを持ちつつ、患者さん(D2C)に向けて「ご安心ください。当病院は世界に先駆けて最先端の……」と案内できれば、エコシステムが機能し、自然成長し始める。今回の発表は、そのシステムの実験時期(黎明期)と捉えてみよう。