見えていない世界の動きに意識を向けよ
図表1は、1996年に出版されたスティーブン・R・コヴィーの著書『7つの習慣』で提示されている「時間管理のマトリックス」だ。重要なことと重要でないこと、急ぎのことと急ぎでないこと。読者は、いつもどこに力点あるいはプライオリティを置いているだろうか。
こうして改めて考えてみると、「日々、急ぎのことについつい引っ張られていること、振り回されていること」に気づくのではないだろうか。
「2028年の世界へ向けて マーケティングの“変数”を見る」と題し開催された本セミナーのテーマは、「見えないものを見る」。すぐに仕事で役立つような話題や情報ではなく、日頃意識していないために見えていない「急ぎではないけど大事」な世界の動きにあえて目を向け(図表1のBの分野)、未来の可能性を見つけることに重点が置かれた。セミナーで榮枝氏が紹介した8つのトピックスを、以下で紹介していく。
ビッグプレーヤーがひしめき合うCTV広告市場
1.裏にある飴玉で儲ける、Amazonのビジネスモデル
身近にあるが意外と見えていないかもしれない話題の1つ目として、世界のクラウド市場でダントツ1位と2位の企業はどこか、答えられるだろうか。正解は、1位がAmazon(Amazon Web Services、以下AWS)でシェアは31%、2位がMicrosof(Microsoft Azure)でシェアは20%。2社で世界のクラウド市場の51%を寡占している。
Amazonの業績については、近年は何となく「赤字」と見聞きする機会が多いが、大きな赤字を出しているのはEC事業のほう。図表2のとおり、AWS事業と合算すると1兆5,920億円の営業利益が残る。Amazon.com(EC)やAmazon Prime(動画サブスク)は販売促進のためのコンテンツで、表からは見えないところ=AWSで売上をあげるというのが、Amazonの事業モデルである。
「昔、“紙芝居のおじさん”というビジネスが存在していました。無料の紙芝居を見に集まった子供たちに、飴玉を売るモデルです。紙芝居コンテンツは客寄せに過ぎず、その先の飴玉で儲けていました。この“紙芝居モデル”は、今やAmazonのEC事業がBtoBの客寄せコンテンツ、AWSが飴玉となる事業マーケティングとも思えます。D2Cブランドでも多く見られる傾向です」(榮枝氏)
2.Netflixは番組をAWS、広告をMicrosoftへ
そんな大きなプレーヤーたちも含め、近年大きな動きを見せているのがCTV広告の領域だ。CTV広告の海原に、続々と黒船がやってきている。
まずは、Netflix。Netflixは、AWSのクラウド、海底ケーブルを用いて、コンテンツを配信している。NetflixとAWSは一心同体なのだ。ところが、2022年7月、Netflixが広告事業のパートナーとしてMicrosoftを指名したことが発表された。同年12月には広告付きの新プランの提供も始まっている。これはつまり、AWSのクラウドの上に、Microsoftのデータが乗るということ。何やら、大きなねじれ現象が起きていないか。
クオリティの高いコンテンツを、まあまあお手頃な価格で提供し、長年かけて億人単位のサブスクへ拡大させたNetflixが、「ねじれ」を覚悟で突如行った広告事業への転身に、大きな「変数」が含まれる。
3.Disney+の加入者数拡大と赤字増大
もう1つの大きなプレーヤーは、Disney+。日本ではまだ顧客数が少ないが、これからCTV市場でのシェアが拡大する。
「Disney+の加入者数が2億500万人を突破しNetflixを超えた」「Disney+の事業は赤字である」といった情報は日本のメディアでも話題にされてきた。こうした表面的な点をどう読むかが問題だ。たとえば、日本では月額990円で提供されているDisney+だが、実はアジア(インド)では月額約99円で提供されている。加入者数の大きな伸びの裏には大赤字の販促キャンペーンがあったというわけだ。当然赤字は拡大しており、2021年に約2,200億円だった赤字額は、2022年には約5,200億円まで増大している。ここまでの販促ができるDisneyの体力にも気づきたい。
そして、2022年11月、DisneyのCEOにボブ・アイガー氏が復帰した。同氏は、約15年の間Disneyを引っ張ってきた大物で、2年前にCEOを退任していた。Disneyがボブ・アイガー氏を呼び戻したという変化に、このCTV事業拡大での大赤字の「変数」が見える。
4.NetflixとDisney+、広告ビジネスモデルの違い
競合とされているNetflixとDisney+だが、広告のビジネスモデルを比較すると、アプローチがまったく異なっていることがわかる。NetflixはBtoC、Disney+はBtoBという点からまず違う。詳しくは、過去のMAD MAN REPORTで解説しているので、ぜひ以下からチェックしてみてほしい。
参考記事:2022年10月25日刊行『MarkeZine』82号に掲載
※ドル円換算は、1ドル=130円で計算