Uber Eatsのマーケティングで感じた「新しい習慣を作ることの難しさ」
木村:中川さんは、2022年からUber Eats Japanのゼネラルマネージャーを務められていますが、元々はP&Gとユニリーバで消費財のマーケティングに従事されてきた経験をお持ちです。消費財からフードデリバリーのテックという全然違うカテゴリーに移った時、マーケティングの考え方の違いに面食らうようなこともありましたか?
中川:Uber Eatsにジョインしてまず最初に驚いたのは、ビジネスをドライブしていく上でのマーケティングのロールの違いでした。Uber Eatsのようないわゆるテックカンパニーでは、プロダクトを作るエンジニアの人たちが中心にいて、彼ら彼女らがどれだけ素晴らしいアプリを作るかで勝負が決まってくるという側面が非常に強く、これが想像以上でした。
ブランドマネジメント制度を採っているP&Gやユニリーバでは、製品設計から売上までマーケティング部門が一貫して関わる形になっていますよね。対して、Uber Eatsでは、エンジニアが開発したアプリの価値や体験を伝えていくという立ち位置なので、誤解なきように伝えたいのですが、マーケターが少しサポーター寄りになっていると言えるかもしれません。
ただ、これはあくまで会社のオペレーションの回し方であって、個々人のマインドセット次第で、マーケティングの関わり方は異なってくると思います。
もう一つ、マーケティング戦略の観点で「新しい習慣を作ることの難しさ」は、今もですが、ジョインした直後は特に感じていました。
木村:なるほど、そうなんですね。執筆した『ブランド・パワー ブランド力を数値化する「マーケティングの新指標」』で、Uber Eatsやメルカリのように新しいカテゴリー(市場)を作っていく時は、ブランドマーケティングの正攻法では勝負できないだろうと書いたのですが、実際のお話しを詳しくお聞きしたいです。
中川:日用品の場合、基本的には既にカテゴリーが成立しているので、その中でどうシェアを獲っていくか、単価を上げていくかという勝負になってくると思います。たとえば、今シャンプーしか使っていない人にトリートメントも使ってもらうようにする、スキンケアにもう1ステップ増やしてもらうといったアプローチもありますが、いずれも「髪を洗う」という既存の習慣の中でのワンステップですよね。対して、Uber Eatsの場合は、「オンラインデリバリーを頼んでみる」という今現在の日常生活で行っていない行動変容を起こすことになるので、変化をもたらす難易度や、マーケティングの重点の置き方が全然違ってきます。
木村:Uber Eatsは日本よりも先に海外でスタンダートになっていった印象があります。オンラインデリバリーの市場を日本でも拡大していく時に、海外ではこういう風に仕掛けたなど、前例を踏襲していたりするんですか?
中川:Uber Taxiについてはアメリカやヨーロッパのほうが歴史が長いのですが、Uber Eatsに関してはカナダ以外のおおよその国で同じタイミングでサービスをスタートさせており、実は国ごとでそんなに歴史に差があるわけではありません。そのため、グローバルでの前例を日本で応用するようなことはまだないのですが、たしかに日本市場はペネトレーション*の伸びしろがまだまだあります。日本ではオンラインデリバリーサービスをまだ利用したことがない人が多数なのに対して、アメリカやオーストラリア、台湾などのマーケットではもうほぼ浸透しきっていると言えるような状態です。
ペネトレーション:penetrationは「浸透」「普及」を意味する言葉。マーケティングにおいては、新しいプロダクトやサービスを市場に浸透させることを意味する。