勝ちたいならば、勝てる市場で戦えばよい
木村:ここからはノバセルのブランディングについて、教えてください。前編で田部さんは「ブランド力=純粋想起されること」と定義されているとおっしゃっていました。まずはこの考え方について詳しくお聞きできますか?
本記事は対談の後編となります。よろしければ前編からご覧ください。
田部:売上の成長を考える時、一番のクライテリアになるのは、やはりシンプルに「想起(アウェアネス)」だと考えています。これは、社名やブランド名を覚えてもらうという“認知”ではなく、購買などの行動に起こす際、我々のブランドを思い浮かべてもらう“純粋想起”を指します。「〇〇と言えばラクスル/ノバセル」と想起される率が上がれば、確実に売上も上がるだろうと考え、マーケティングでは純粋想起の伸長を意識してきました。
純粋想起されるために重要なのは、自社が戦うフィールド=Whereを定めることです。このWhereは、「〇〇と言えば」の〇〇の部分にあたります。どこで戦うのかを決めて、その領域での想起率を上げていくというのが私のマーケティングの基本的な考え方です。
木村:純粋想起の下に想起集合(エボークトセット)があります。僕は、この想起集合に入ることが重要になると考えているのですが、想起集合はどう見られていますか?
田部:おっしゃる通り、想起集合の中で選択肢の3つの中に入るか入らないかは最終的に重要だと私も考えています。想起集合を目指す場合「自社の規模では無理だ」などとおっしゃる方が多いのですが、想起集合に入れるか否かは、企業規模や広告予算の大小で決まるものではありません。どこで戦うのか=Whereで決まる(決める)ものです。
たとえば、「フライドチキンと言えばケンタッキー」という純粋想起は、フライドチキン市場をほぼ占有している状態です。このような市場に、ベンチャー企業が挑戦しても成功は難しいでしょう。ですが、市場を狭めることで成功の可能性を高めることができます。あくまで一例ですが、「フライドチキン」という大きな市場に「目黒駅・徒歩5分圏内」などの限定した条件を掛け合わせることで、ナンバー1を獲れる確率は上がります。
1つの場所でナンバー1が獲れたら、2つ目の場所、3つ目の場所とカバー範囲を広げていけばよいのです。
木村:僕もまったく同じ考えです。純粋想起をどのカテゴリーで獲っていくかというWhereの話は、消費者や市場を分解してターゲットを定めていくセグメンテーションの話にも繋がってくると思います。はじめからマスを相手にマーケティングをするというのは無謀な話です。適正なサイズまで絞ったセグメントから始めて、徐々にターゲットや市場を広げていくというのは、僕のマーケティングのスタイルと共通しています。
実際に、ノバセルはどのようなWhereで戦ってこられたのでしょうか?
田部:元々、ノバセルは「マーケティングの民主化」をミッションに掲げ、「大手広告代理店がやらないことをやっていこう」と事業をスタートさせました。事業会社のプロモーション・マーケティング支援をしていますが、これらは長年数多くの事業会社をサポートされていて、実績も知見も豊富な大手広告代理店に依頼したほうがよい内容だと思います。いくら事業会社で実績を出してきたマーケターが揃っていると謳っても、名も知れぬ支援会社に依頼をすることにメリットがあると思っていただくのは、なかなか難しいでしょう。
では、大手広告代理店が手を出さないWhereはどこか? 3C分析を進める中で、見つけたのが「初めてのテレビCM」という領域でした。この領域だけぽっかり空いていたんです。今でこそ、大手企業以外もテレビCMを放映していますが、5年前はスタートアップや中小企業がテレビCMを放映するなんてほとんど考えられなかったですし、大手広告代理店においても工数やフィーのバランスを鑑みた上で注力していなかったであろう領域です。
木村:つまり、市場すら存在していなかったと言えます。
田部:そうです。ラクスルはテレビCMを用いたプロモーションで急成長を遂げました。我々にはこの成功体験によるメソッドがあったので、大手広告代理店をはじめとした競合が入ってこない、かつ自分たちの強みを活かせるWhereとして「初めてのテレビCM」を戦う場所に定めたというわけです。
「初めてのテレビCM」に関する領域は、小さな市場だと思われるかもしれません。ですが、当時の我々の会社規模からすると、十分に大きな市場でした。小さな会社でも勝てる領域は必ずあります。逆に勝てる領域を見つけられなければ、後発でビジネスを起こす会社に勝つ術はないと考えています。