マーケティングと心理学の関係性
マーケティングには、心理学が活用されている。顧客の購買意欲を高めるための戦略やその戦略を実施するため、人間の心の動きや行動の特性を研究する心理学が欠かせないからだ。
マーケティング心理学とは
マーケティング心理学では、顧客の心理や行動の特性を取り扱う。心理学の中には、認知心理学や学習心理学、発達心理学といったさまざまな領域があるが、マーケティング心理学とは行動心理学や社会心理学を使って顧客の購買行動を読み解くことだ。
行動心理学では、人間の行動とその行動を起こす心理のメカニズムを、社会心理学では人間が集団や社会から影響を受けるメカニズムを明らかにする。顧客が何にどのような影響を受けて商品やサービスの購入を決めるのかを学び、それをマーケティングに活用する領域だといっていい。
購買行動に影響を与える心理学的アプローチ
マーケティングにおける購買行動には、購買行動モデルが複数存在する。AIDMAやAISAS、SIPSなど の購買行動モデルは、顧客の行動心理をマーケティングに活用した代表例だ。
古くは1900年代初頭に開発されたAIDMAのような、マスメディア時代の購買行動モデルに始まる。次いでWeb時代へと移り変わり、1990年代以降にAISASやDECAXに代表される購買行動モデルが広まった。近年のSNS時代には、SIPSやULSSASなどの購買行動モデルが提唱されている。
このように時代や社会の発展にともなって、顧客の購買行動も変化してきた。購買行動モデルが顧客にとって商品・サービスを知るきっかけから購入、その後の評価や拡散までの流れを示すものであるのに対し、マーケティングに活用される心理学は、「認知」「興味」「比較検討」「購入」といったそれぞれの段階で用いられるものだという関係にある。
顧客の心を動かすマーケティング心理学17選
ここではより具体的に、マーケターが知っておきたい心理学の理論や効果を紹介する。どれもよく使われているものなので、身近なところですぐに実例を見つけられるだろう。
カリギュラ効果
カリギュラ効果とは、禁止されている行動を示されると、かえって興味がわいてしまうという心理効果だ。画像や文字の一部が伏せられていると、そこに何が隠されているのか知りたくなってしまう現象も同様といえる。
見たい・知りたいという人間の本能的な欲求を禁止または制限することで、そこにかかるストレスに抗う反応を引き出す手法だ。「絶対に〇〇してはいけない」というキャッチフレーズを見聞きしたことのある人は多いだろう。「興味のある人以外は見ないでください」と動画のサムネイルに文字を表示させるのは好例だ。なお、行動だけではなく、数量や時間、期間を限定する方法もある。
プロスペクト理論
顧客は利益を得るよりも損失を回避する傾向が強いという、意思決定に関する行動理論がプロスペクト理論だ。プロスペクトとは英語の「prospect(見込み・可能性)」で、利益や損失を見込んでいる状+態を指す。
同理論には、損得感情を表す価値関数というグラフがあり、それは同じ金額でも得より損を感じやすいことを表すもの。たとえば、1,000円得する場合と損する場合とでは、損失感のほうが強いということだ。
「期間限定品」「申込初月無料」「全額返金キャンペーン」などは、この理論を活用している一例だ。
ハロー効果
ハロー効果とは、ある対象物を評価する際に、際立つ特徴があるとそのイメージが強く残り、ほかの点まで同じように評価してしまうという現象を指す。
ハローは英語の「halo(後光)」で、商品やサービスそのものではなく、ビジュアルや肩書、権威といった背景にあるものに価値を感じる心理だ。後光効果とも呼ばれる認知バイアスの一種で、認知バイアスとは、経験則や先入観などからくる判断の偏りを意味する。
たとえば、世界的なブランドの新作に予約が殺到したり、有名な産地の名産品に人気が集まったり、勢いのある有名人をCMなどの広告に起用して商品・サービスや企業のイメージを向上させるといったものだ。「〇〇コンクール大賞受賞」「創業〇〇年」「〇〇の番組で紹介された」などの謳い文句も該当する。
バーナム効果
バーナム効果とは、誰にでも当てはまるような一般的なことを自分だけのこととして受け取るという心理現象のことだ。たとえば占いがよく挙げられるの。「あなたは今悩んでいますね」と言われ、自分のことをわかってくれていると思い、好感や信頼を寄せ、心理的距離が縮まるというものだ。
これには、相手がその道のプロや権威であるという前提条件がある。占いの例でいうと、自分が悩んでいると通りすがりの人に突然言われても、好感ではなく不快感や警戒心を覚えるだろう。
マーケティング施策としては、自社商品やサービスの領域から「こんなことでお悩みではありませんか」といった問いかけをするという方法がある。実はそれがよくある質問だとしても、相手によくわかっていると思わせる効果があるからだ。
カクテルパーティ効果
視覚的な情報ではなく、人間の聴覚に働きかけるのがカクテルパーティ効果だ。人間には、多種多様な音の中から、自分に必要または重要な音や興味関心のある情報を無意識に選び出すという働きがある。カクテルパーティのような賑やかな場面でも、自分の名前が聞こえたら呼ばれたと思うということだ。
脳は耳に入ってくる音や情報をすべて処理することはできない。そのため、自分にとって必要なものだけを処理していく。カクテルパーティ効果は、選択的聴取または選択的注意とも呼ばれる。
たとえば、「30代のあなたへ」「毎日忙しいあなたにピッタリ」「お金を増やしたいなら」といった呼びかけを、該当する人に訴えかけるという方法がよく知られている。
バンドワゴン効果
バンドワゴン効果とは、多くの人が選んでいるものを良いと感じ、自分も欲しくなるという現象を指す。「皆がやっているから自分もやる」というように、人気のあるものや流行っている、バズっているものに自分も乗っておこうという心理のことだ。
具体的には、「行列のできるお店」「利用者100万人突破」「当サイト人気No.1」といったフレーズによる販売促進が挙げられる。ほかにも「SNSで話題の〇〇」「完売につき〇回目の再販」などもバンドワゴン効果を活用した例だ。
スノッブ効果
「みんながそうしている」という方向性とは逆を狙うのがスノッブ効果だ。「みんなとは違うものがいい」という、希少品や個性的なもの、入手困難なものに惹かれる心理を指す。また、周囲の人が一様に同じものを持ち始めると、興味関心が薄れてしまう心理だともいえる。
高級ブランドが一点ものや数量限定品を販売するのは、スノッブ効果を活用した好例だ。単価が低めの商品・サービスの場合には、地域や数量限定、店舗・Web限定、今年度特別仕様といった方法が取られることも多い。
特定の地域や店舗でしか手に入らない商品・サービスや1日3組様までといった限定サービス、創業〇周年記念の特別仕様品のように活用される。
アンダードッグ効果
前述のバンドワゴン効果には、もうひとつ関連するものがある。アンダードッグ効果だ。「判官贔屓(ほうがんびいき)」ともいう。不利な状況にあるほうを応援したくなる心理ということだ。行動心理は異なるが、どちらも「有利・不利」といった情報によって行動が起きる。
弱い立場にあるものを守りたくなったり、状況に抗おうと頑張る姿に心を動かされたりして、つい肩入れをしてしまったという経験をしたことのある人もいるだろう。スポーツ観戦で劣勢のチームを応援したくなるのが代表例といえる。選挙戦で勝てないだろうと予測されていた候補者が、思いのほか票を集めて当選するということも、アンダードッグ効果の一例だ。
マーケティング施策では、余剰在庫を「売れ残り」として同情を誘ったり、規格外のものを「訳あり品」として販売するなどの例がある。
アンカリング効果
アンカリング効果とは、最初に提示された情報が、その後の判断に無意識に影響を及ぼしてしまうという認知バイアスのこと。アンカーは英語の「anchor」で、船が海流に流されてしまわないようその場に留めておくための錘を指す。
たとえば、「1万円のサプリメントが3,000円で購入可能!」という広告文があるとしよう。顧客は70%OFFなのでお買い得だと判断する。仮にそこまで値引きしなければ売れなかった商品であったとしても、元値の1万円につられてしまうという心理効果だ。
なお、景品表示法 では価格を不当に安く見せる表示には、事業者を罰則に処す可能性がある。誤解を与えないような配慮が不可欠だ。
ディドロ効果
何かを新調した際、それに合わせてほかのものも一新したくなる心理がディドロ効果だ。人間には、統一性や一貫性を好む傾向があり、何か新しいものを購入するとそれをきっかけにほかのものも揃えていきたくなるというものだ。
ディドロ効果の代表格は家具類といえる。テーブルやソファを購入するとそれに合ったものを次々と購入したくなる心理を活用して、トータルコーディネートが展示されていることや商品シリーズが展開されていることは珍しくない。
高級ブランドやお気に入りブランドのアイテムをひとつ購入したら、ほかのアイテムも欲しくなってしまうというのもディドロ効果だ。
ザイオンス効果
ザイオンス効果とは、接触する機会が多いほど好感度が高まるという心理効果だ。単純接触効果とも呼ばれる。シンプルながら効果的で、接触する回数が増えるほど抵抗感が薄れて好感が増していくというものだ。
たとえばTV CMやネットCMが短期間に集中的に同じCMを繰り返し放映するのは、このザイオンス効果を狙っているからだといえる。その一方で、あまりにも同じCMを見すぎるとかえって好感度が下がるともいわれている。
そこで重要になるのが、異なる媒体でアプローチするという手法だ。飽きられないように、動画CMやSNS、メールマガジンといった複数のチャネルから顧客にアプローチする必要がある。
ウィンザー効果
ウィンザー効果とは、当事者よりも利害関係のない第三者の評価のほうに信用を置きやすいという心理傾向だ。
「〇〇さんが褒めていたよ」と聞いて嬉しくなったという経験をしたことがあるのではないだろうか。本人から直接聞くと、気を遣っているのかもしれないと感じてしまうことでも、第三者を経由すると信用度が上がる。
例を挙げるならば、口コミやお客様の声が代表的なものだ。この場合に重要なのは、すべての口コミを確認できるようにしておくこと。ポジティブであってもネガティブであっても、受けた評価としてどちらも公開しておくほうが、信頼を得やすい。
松竹梅の法則
3つの選択肢が用意されていると、人間は真ん中のものを選びやすいというのが松竹梅の法則だ。極端な選択を避ける心理傾向だといっていい。
たとえば、松竹梅という3つのプランが提示されているとして、松は10,000円、竹は7,500円、梅は5,000円だとする。すると、そこまで高いのはいらないし、安いから用を足さないのでは良くないという考え方で竹が選ばれるという具合だ。
マーケティングでは往々にして、もっとも売りたい商品・サービスを真ん中に据え、その上位版と下位版が設けられる。
ヴェブレン効果
「頑張って買った高級品を自慢したい」という心理が、ヴェブレン効果だ。価格が高いものほど自己顕示欲が刺激されやすいともいえる。自分には高額商品を買える経済力や社会的地位があると示すためのみせびらかし消費だといっていい。
それを巧みにマーケティングに利用しているのが、高級ブランドの超高級品やおいそれと手が出せない高額商品だ。時計や宝飾品、高級車などが該当するといえる。誰の目にもわかる高級感ではなく、サラリと身に着けている衣服が実は高級品だというのも、顧客の自己顕示欲を満たすだろう。
返報性の原則
返報性の原則とは、お世話になった人やお世話になっている人に何かお返しをしたくなるという心理のことだ。受けた恩には報いたいという、人情としてもわかりやすい原則だといえる。プレゼントやギフトを贈られたほうも、また何かの機会を見つけてお礼をしようと考えれば、定期的な購入機会の創出や生活必需品よりも高い価格帯での消費も期待できるだろう。
マーケティング施策としては、試食や無料サンプル品の配布、次回以降の購入時に使える割引クーポンなどがある。「お世話になった方にお礼の気持ちを届けよう」といったキャッチフレーズも、よく目にするだろう。
テンション・リダクション効果
テンション・リダクション効果とは、重要な決断をしなければならない局面では緊張が高まるものの、それを過ぎると緊張が一気に緩和され、その差によって通常の自分を見失うことがあるというものだ。
デジタルマーケティングでの活用例を挙げよう。Webやアプリで商品やサービスを買おうかどうか迷って決断した後に、「こちらもいかがですか」「このような商品もよく一緒に買われています」といったメッセージで追加購入をおすすめされ、つい買ってしまったという例が該当する。
特に大きな買い物では、決断までの緊張と決断後の気のゆるみの差が激しい。テンション・リダクション効果とは、その心理を活用する「ついでにどうぞ」作戦だといえる。
シャルパンティエ効果
シャルパンティエ効果とは、物理的に重さが等しい物でも、視覚的な大きさの影響を受けて、体積が小さい方が重く感じられる錯覚現象のことだ。まったく同じ重さで大きさの異なるボールを持たせる実験 をしたところ、小さいほうが重いと感じたという結果からきている。
つまり、同じ体積なら小さいもので表現したほうがイメージしやすいということだ。シャルパンティエ効果を活用した広告例として、ドリンクの例がある。ビタミンCを「2000mg配合」ではなく「レモン100個分」と表現したものだ。毎日の食生活に必要な野菜を「350g」ではなく「1日分」と表したものもある。
錯覚を利用するという意味では、年会費36,000円を月会費3,000円や1日あたり100円と表示させると負担を軽く感じさせるパターンもある。その1日あたりの金額をコーヒー1杯分などと具体的なものに置き換えることで、さらに負担感を軽減する手法もよく知られている。
説得力を高める6つの心理原則
最後に、説得力を高める6つの心理原則を取り上げておこう。マーケティングでは有名なロバート・B・チャルディーニの著作「影響力の武器:なぜ、人は動かされるのか」によるものだ。
返報性:受けた恩を返したくなる心理
コミットメントと一貫性:自分の中で一貫性を保とうとする心理
社会的証明:自分の周囲の動きに同調したくなる心理
権威:権威を持つ人に信頼を置く心理
好意:自分に好意的な人に同意したくなる心理
希少性:手に入れにくいものに魅力を感じる心理
ここまでに紹介したマーケティングに活用される心理学の法則や効果の中に、この6つのキーワードや心理原則が散見される。自社商品・サービスの魅力を効果的に伝える手段として効果的に取り入れることをおすすめしたい。
まとめ
マーケティングには、ここで取り上げたものを含む心理学の理論や効果、心理原則などがよく用いられている。実際に、商品・サービスのコンセプトやキャンペーンの企画、SNSによるプロモーションなど、心理学を活用できる場面はさまざまだ。場面にふさわしいマーケティング心理学を活用して、顧客の心を動かそう。