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翔泳社の本(AD)

なぜデータを可視化するのか? 可視化が人間の知的リソースを最大化する3つの理由

 データ活用において重要なことの1つがデータの可視化(見える化)です。というのも、生のデータだけを見て現状を分析したり、課題を見つけたりするのは簡単ではないからです。『データ可視化の基本が全部わかる本』(翔泳社)の著者・矢崎裕一さんは、データ可視化には人間の知的リソースを最大限活用するための3つの理由があるといいます。今回は本書から、データを可視化すべき理由を解説します。

 本記事は『データ可視化の基本が全部わかる本 収集・変換からビジュアライゼーション・データ分析支援まで』の「第1章 なぜデータを可視化するのか」から一部を抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。

データ可視化に秘められた3つの力

 なぜデータを可視化するのでしょうか。Excelで表を作成してデータを眺めれば、その傾向を把握できます。データ分析であれば数式やアルゴリズムを用いた計算結果さえ得られれば、図として表現する必要はないかもしれません。

 しかし、データを可視化するからこそ人間の知的リソースを最大限活用できることが明らかになっています。具体的には大きく3つの理由があります。

  • 視覚優位な特性と外的表象の力を活かす
  • 知的活動を支援する
  • ストーリーを伝達する

視覚優位な特性と外的表象の力を活かす

 人間の知覚の中でも聴覚や嗅覚、味覚よりも視覚が優位とされています。その視覚を用いて外的表象(頭の中ではなく身の回りに存在する情報)をあつかうことこそが思考を導きます。外的表象は文章ではなく図表現の方が優れていることが過去の研究から示されています。3つに分けて詳しく見ていきましょう。

人間の知覚は視覚が優位

 心理学者で『データ視覚化の人類史』(青土社、2021)の著作があるマイケル・フレンドリー(Michael Friendly)氏は「なぜデータ可視化をするのか」への回答として、視覚を活用することのメリットを以下のように挙げています。

  • 環境に関する情報の約90%は目から得られる
  • 私たちの脳ニューロンの約50%は視覚情報の処理に関与している
  • 画像があると、テキストを読みたいという欲求が最大80%増加する
  • 聞いたことの10%、読んだことの20%、見たことの80%を覚えている
  • 図がなければ、人は情報の70%を認識する。そこに図を追加すると、認識の割合は最大95%まで増加する

 このように私たちは視覚から多くの情報を得ており、脳の半分は視覚情報の処理に関与しています。視覚に訴える情報提示は情報を効果的に伝え、記憶に残すのに役立ちます。ゲシュタルト心理学の観点から視覚的芸術における知覚を分析したルドルフ・アルンハイム(Rudolf Arnheim)氏は、芸術作品の分析を通じて視覚的表現の持つ力を明らかにしました。彼の著書『視覚的思考』(美術出版社、1974)における主張は、データ可視化における視覚の優位性を表しています。

  • すべての思考は基本的に知覚的性質を持つ
  • 視覚の基本的プロセスには、推論に典型的なメカニズムが含まれる
  • 私たちが世界に対して知覚的に反応することは、出来事を構造化し、そこからアイデアや言語を導き出す基本的な手段である

 これはつまり、私たちが物事を理解し、概念を形成する基礎として、視覚的知覚が働いていることを示します。私たちは単にデータを受動的に見ているのではなく、視覚情報から積極的に意味を引き出しているのです。データ可視化は視覚的推論能力を活用して、データからインサイトを引き出します。

外的表象こそが思考を導く

 人間は頭の中に知識や情報を蓄えていて、これを「内的表象」とよびます。一方で、頭の外つまり私たちの周りの環境にも知識や情報が含まれており、これを「外的表象」とよびます。外的表象は単なる刺激として内的表象に入力されるだけではなく、内的表象を外的表象に変換することで、思考が助けられることもあるのです。

 つまり頭の中の知識を外に書き出して整理すると、これまで気づけなかった新しいことに気づいたり、問題がわかりやすくなったりすることは誰しも経験があるはずです。そして外的表象の形式そのものが思考に影響を与えます。

 「外的表象なしには課題解決ができないのであり、外的表象こそが私たちの思考を導いている」のであり「どの表現形式を選ぶかによって私たちが課題から何を知覚し、どのように処理し、どのような構造を発見できるかが決まってしまう」というのがジャジェ・ジャン(Jiajie Zhang)氏による「The nature of external representations in problem solving(筆者訳:表象決定論)」の主張です。

 これは私たちも日々実感していることです。データに限らずとも、口頭よりも文章、文章よりも図で対象を示すことで、問題の構造が明らかになったり、注目すべき論点が発見でき、その結果として議論が深まります。データの可視化についても、どのチャートを用いて可視化するのか、どのカラースキームをどの変数に適用するのか、チャートの軸へ適用するスケールは線形スケールか対数スケールか、など可視化に対しての選択そのものが思考に影響を与えます。

文章表現よりも図表現が優れている

 ジル・H・ラーキン(Jill H. Larkin)氏らの論文「Why a Diagram is(Sometimes)Worth Ten Thousand Words(筆者訳:図が(ときには)1万語の価値がある理由)」では、外部表象として使う図と文章を比較し、図の方が優れている理由を以下の3点にまとめています。

推論のために必要な要素をグループ化する

 文章表現では情報が分散し、計算や理解に手間がかかります。一方、チャートによる図表現では情報がグループ化され、視覚的に表現されることで、必要な情報を素早く見つけ、関係性を直感的に理解しやすくなります。

情報の位置関係そのものが情報の紐づけを表現する

 文章表現では、各データ項目にラベルをつけないと理解ができません。一方、チャートによる図表現では軸やプロットの位置関係自体が情報の紐づけを表現するので、明示的なラベルづけが減り、情報の関係性をより直感的に理解できます。

人間の知覚的推論を自動的にサポートする

 文章では個々のデータは正確に伝わりますが、全体の傾向を把握するには数値の比較が必要です。一方、チャートは全体の推移やパターンを視覚的に表現し、データの関係性が直感的に理解しやすくなるため、重要な情報を素早く把握できます。

 これらの特性により、図は文章と比較して複雑な情報や関係性を効率的に伝達し、直感的な理解を促進する優れた手段となります。とくに、大量のデータや多次元のデータをあつかう場合、図の利点がより顕著になります。

知的活動を支援する

 データを可視化する2つ目の理由は知的活動を支援するためです。知的活動とは、人間の活動の中で創造的思考、批判的思考、課題解決、意思決定などを含みます。個人の成長、学術的な進歩、職業的な成功、社会的な発展において重要な役割を果たします。コンピュータを用いたデータ可視化は3つの側面から支援してくれます。

仮説をデータから構築する

課題を探索するというアプローチ

 統計学者ジョン・W・テューキー(John Wilder Tukey)氏は、1962年に発表した論文「The Future of Data Analysis」において「正しい質問に対するおおよその答えの方が、間違った質問に対する正確な答えよりもずっとよい」(筆者訳)という言葉を残しています。課題解決では問いの立て方が非常に重要なことを示唆しています。そのために、データそのものから仮説を構築する探索的データ解析(EDA:Exploratory Data Analysis)を提唱しています。

 この対として、事前に定義された仮説を検証するために分析する確証的データ分析(CDA:Confirmatory Data Analysis)があります。結果の解釈が明確ですが、事前に定義された仮説に対象が限定されてしまいます。テューキー氏による「正しい質問」とは「正しい課題」といい換えることができるでしょう。このとき、データを視覚的にすることで課題の探索がはじめてできるようになります。

可視化からはじめよ

 安宅和人氏は『イシューからはじめよ』(英治出版、2010)で、「イシュー度」と「解の質」の二軸を挙げ、意味のある仕事とは何かを以下のように論じています。

  • 多くの人は解の質をまず高めることが大事だと考え、イシュー度にはあまり関心を持たない傾向がある
  • 本当に大事なのは課題の質であり、これこそが受益者にとって価値の高いものである

 ここで、イシュー度を「課題定義の質」、解の質を「課題解決の質」と読みかえてみてください。課題定義の質、つまり「課題は何か」をできるだけ正確に定義するためには、データを通じた現状認識が不可欠です。

 課題というと課題解決という言葉が連想されることが多いですが、解決とはあくまで人的・金銭的・時間的リソースが投下されてようやく実現するものです。コンピュータ上でのデータ操作は、解決というよりは「課題は何か」を特定する段階だといえます。「データ分析による課題解決」とよくいわれますが、実際は「データ分析とはデータの探索的な可視化を通じて課題が何であるかをできるだけ正確に見極めること」なのではないでしょうか。そのためにデータ可視化が役立ちます。

タイムリーな意思決定

 データ可視化は、複雑な情報を直感的に理解しやすい形式に変換してタイムリーな意思決定を強力に支援します。情報や状況が急速に変化する現代において、効率的な運営や戦術的・運用的な意思決定に不可欠なツールとして以下の点で重要性を増しています。

迅速な状況認識

 市場動向や競合状況を迅速に把握し、戦略的な優位性を確保できます。市場シェアの変動やユーザー行動の変化など、ビジネス環境の動きをとらえることで、競争力の維持・向上が実現できます。

業務効率の最適化

 業務プロセスの非効率な部分を特定し、改善の機会を明らかにします。業務全体の流れを把握し、リソースの適切な配分や無駄の削減につながります。結果として、生産性の向上とコスト削減を同時に実現できます。

リスク管理の向上

 異常値や予測からの逸脱を視覚的に表現することで、迅速に対応策を講じることができます。これにより、さまざまな分野でリスクの軽減と事業継続性の向上が図れます。

人間と機械が協力し合う課題解決や意思決定

 人間と機械(主にAIを組み込んだITシステム)が協力して課題解決や意思決定を行うプロセスをヒューマン・イン・ザ・ループ(Human in the loop)といいます。インタラクティブなデータ可視化を通じて、以下のような点で、より効果的で信頼性の高い意思決定プロセスを実現します。

  • 可視化されたデータを解釈し、機械が見逃した微妙なパターンや異常を発見することで、複雑な判断の精度を上げる
  • 人間の経験や直感を活かし、コンテクストを考慮した判断を下す
  • モデルの精度だけでは測れない要素について、倫理的判断を行い必要に応じて業務プロセスを調整する
  • 継続的なフィードバックループを通じて、AIモデルの性能を向上させ、より正確で信頼性の高い結果を得る

 ヒューマン・イン・ザ・ループでは、データ可視化は人間と機械のインターフェイスとしての役割を果たします。適切に設計された可視化ツールは、複雑なデータや機械の処理結果を人間が直感的に理解し、迅速に判断できるように支援します。また、「責任あるAI」や「解釈可能なAI」といった概念とも密接に関連しており、透明性の高い、説明可能なAIシステムの開発と運用を促進します。これにより、人間と機械の協働がより効果的かつ倫理的に行われ、社会的により受け入れられやすいAIソリューションの実現につながります。

ストーリーを伝達する

 データを可視化する3つ目の理由は、ストーリーを伝達することです。情報をより鮮明に、記憶に残る形で伝えるための効果的な手法です。直感的な理解を促進し、使う人の脳を特別な方法で活性化させ、さらにはインタラクティブ性を通じて使う人の参加を促します。ここでは3つの観点を紹介します。

効果的な伝達のためのデータストーリー化

ストーリーの力

 ストーリーとは直訳すると「物語」「物を語ること」という意味ですが、日本のナラティブ研究者である野口裕二氏によると、時間軸上に並べられている複数の出来事(ナラティブ)に、あるプロット(筋立て)が加えられたものがストーリーだといいます。ストーリーがもたらすメリットについて、ここでは『Data-Driven Storytelling』(Nathalie Henry Riche etc.、CRC Press、2018)で紹介されている以下の性質を挙げます。

  • 経験の拡張:私たちは経験よりもはるかに多くの物語を聞くことができる。物語は世界を見る私たちの狭い窓を広げてくれる
  • 洞察と教訓:物語の中に自分自身や他人を見ることができ、そこから洞察や人生の教訓を引き出すことができる
  • 意味の多層性:物語には意味の層があり、それを理解することで、人生の意味を見つける方法や人生を有意義に生きる方法を学ぶことができる
  • 解釈の可能性:物語は、私たちの人生と同様に無限に解釈され再解釈される可能性がある
データとストーリーの融合

 データ単独では多くの人々の注意を引きつけられません。データのストーリー化はデータ可視化を第三者へ効果的に伝達していくために必要不可欠です。ストーリーの中にデータ可視化を織り込むことで、データの持つ意味や重要性をより効果的に伝えることができます。また、本来データに興味を持たない人々にもアプローチできるようになります。

多角的な因果関係の理解

 歴史学における因果関係は、時間的な前後関係にある個々の出来事をつなぎ合わせてストーリーとすることが多く、統計学における因果関係とは定義が異なるので注意が必要です。

 たとえば大治朋子氏の著書『人を動かすナラティブ』(毎日新聞出版、2023)ではナラティブを以下のように説明しています。「歴史書も教科書も、個々の出来事はどれも断片的で、そのままではなかなか頭に入らない。だがそれらをつないでひとつの「お話」としてのナラティブな形式にしていくと、受け取る者の脳にも収まりやすくなる」。

 これがジャーナリズムに持ち込まれる際、統計学的な因果関係のないものがナラティブとしての因果関係として語られてしまうことで、偏見や差別を生み出してしまいかねないことには、注意が払われるべきでしょう。

理解しやすく記憶に残りやすくなるコミュニケーション

 ナンシー・ドゥアルテ(Nancy Duarte)氏は著書『Data Story』(共立出版、2022)で、データをストーリー化することの理由を科学的な根拠をもとに説明しています。

  • 脳科学の研究により、ストーリーは直感的、情動的、合理的など、脳のあらゆるレベルに働きかけることが示されている
  • データを単独で提示するよりも、ストーリーの文脈の中で提示する方が記憶に残りやすい
  • ストーリーを聞くと脳内の化学物質であるコルチゾール(ストレスホルモン)やオキシトシン(愛情ホルモン)の分泌が促されることが研究で明らかになっている。コルチゾールは注意力を高め、オキシトシンは共感性を高める効果があるため、この研究結果はストーリーが脳内の化学物質の分泌を促し、注意力や共感性を高めることを示している

 ストーリーは、データを直感的、情動的、合理的に訴え、注意力や共感性を高めるとともに、記憶に残りやすい形式だといえます。エピソードとともに聞いたデータにまつわる話は自然と覚えている経験があると思います。

説明手法と探索手法の相互補完

 通常、ストーリーは作る人がすべてを主導しますが、データ可視化のストーリーには、作る人主導型と使う人主導型の両方があります。本書では作る人主導型を表現伝達型コミュニケーション、使う人主導型を課題探索型コミュニケーションとよびます。

 表現伝達型コミュニケーションとは、データ可視化コンテンツに関連する文脈や解釈を、作る人が意図的に設計したものをそのまま伝達することを指します。一般的なストーリーのあり方に近いものです。一方、課題探索型コミュニケーションとは、使う人が自らさまざまな問題意識をもとにデータを調査し、個人的な経験に基づいてストーリーをパーソナライズできる自由度を提供します。

 表現伝達型コミュニケーションでは、ストーリーの流れや重要なポイントを効果的に伝えられますが、使う人の興味や疑問に応えきれない可能性があります。一方、課題探索型コミュニケーションでは、使う人が自由に探索できる反面、重要な洞察を見逃すおそれがあります。

 それぞれのコミュニケーションを成立させるために、本書では説明手法と探索手法を提案しています。説明手法とは作る人が意図した設計をそのまま理解してもらうための手法で、探索手法とは使う人のための能動的な自由度を提供する手法です。

 データ可視化を利用して作成されるコンテンツは、両者を適切に組み合わせることで、ガイドつきの説明と自由な探索を両立させ、より効果的で影響力のあるデータストーリーを作成できるようになります。

データ可視化の基本が全部わかる本 収集・変換からビジュアライゼーション・データ分析支援まで

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データ可視化の基本が全部わかる本
収集・変換からビジュアライゼーション・データ分析支援まで

著者:矢崎裕一
発売日:2024年8月28日(水)
定価:2,750円(本体2,500円+税10%)

本書について

本書は、情報デザイン、コンピュータサイエンス、データサイエンス、統計学、記号学、インタラクションデザイン、ストーリーテリングなどさまざまな分野に分散しているデータ可視化の知見を統合し、ビジネスの最前線で役立つ内容に整理しています。

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【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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MarkeZine(マーケジン)
2024/09/04 07:00 https://markezine.jp/article/detail/46636