「未完成で世の中に実装する」がコンセプト
──まず、資生堂のオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」がどのような経緯で始まったのか教えてください。
中西:fibonaは、2019年に資生堂の新しい研究拠点「資生堂グローバルイノベーションセンター(以下、GIC)」が横浜・みなとみらいに設立された際、同時にスタートしたプログラムです。
中西:以前の研究拠点は横浜市の都筑区という閑静な住宅街にあり、研究に没頭するには最高の環境でしたが、一方で「生活者のリアルな姿」が見えにくいという課題もありました。
BtoCの商品を扱い、美を提供する企業のR&Dとして、研究室に閉じこもるのではなく生活者のインサイトをより深く捉えるべきではないか。そんな思いから、生活者が身近に感じられる現在の場所へ移転し、外部との共創を進めるfibonaが誕生しました。
GICの1階が誰でも入れるエリアになっており、fibonaの商品を販売する店舗であり、生活者と研究員が共創する場「fibona Lab」には月に5,000人近い方が来場されます。そこで日々交わされるコミュニケーションこそが、研究のインスピレーションの源泉になっています。
──fibonaが誕生する以前は、外部との共創は行っていなかったのでしょうか?
中西:大学などのアカデミアとの共同研究は以前から盛んでしたが、スタートアップ企業や生活者との直接的な共創はfibonaの試みが初めてでした。
──リアルの接点に加えて、2025年5月にオンラインコミュニティ「Club fibona(クラブフィボナ)」を立ち上げた背景について詳しくうかがえますか?
中西:研究所の強みは「研究シーズ(技術の種)」を商品化することですが、それが本当に生活者のニーズに合致しているかは、実際に使っていただくまでわかりません。開発の初期段階から生活者に加わっていただき、フィードバックを基に改良を重ねる。このプロセス自体をオープンにすることが、共創の醍醐味だと考えています。
fibonaは「未完成で世の中に実装する」というコンセプトを大切にしています。メーカー側から完成品を一方的に届けるのではなく、生活者とともにプロダクトを完成させていこうという考え方です。このコンセプトを体現する場として、オンライン上でいつでもアクセスでき、生活者とタイムリーに意見交換ができるオンラインコミュニティに大きな可能性を感じていたため、Club fibonaを立ち上げました。
共創×コミュニティのメリットは「スピード」と「熱量」
──Club fibonaの運営体制を教えてください。
小堀:私の所属するチームが、全体のコーディネートとデイリーの運営を担っています。
小堀:コミュニティ内での投稿やリプライ(返信)は専任の担当者が行い、生活者の皆さまと対等な関係を築くことを意識しています。具体的な商品プロジェクトが動く際には、それぞれの研究員からなるプロジェクトチームがスポットで参加し、生活者からのご意見を直接受け取ったり、イベントを企画したりする体制です。
──コミュニティの専門家として、黒田さんは「オープンイノベーション×コミュニティ」の相性をどう見ていらっしゃいますか?
黒田:両者には非常に強いシナジーがあると感じています。シナジーがもたらすメリットは大きく二つに分類できます。一つは「スピードと精度の両立」です。コミュニティを通じて生活者の生の声を拾い、仮説検証を繰り返すことで、研究所にいながらにして市場の反応をダイレクトに反映できます。もう一つのメリットは「熱量の高いアンバサダーの育成」です。開発プロセスをともにした生活者は、ブランドに対して深い愛着を持つアンバサダーになってくれます。
一般的なファンコミュニティとの違いは?
──一般的なファンコミュニティと共創のためのコミュニティにはどのような違いがあるのでしょうか?
黒田:ファンコミュニティが主にポジティブな共感の場であるのに対し、共創コミュニティではアイデアの取捨選択が発生します。生活者のニーズを全て叶えることは現実的ではありません。生活者の声を聞きつつ、事業として成立させるバランス感覚が求められるのです。
黒田:また、プロジェクトマネジメントの観点を要する点も共創コミュニティならではの特徴と言えます。共創とは非常に時間がかかるものです。コミュニティのマネジメントだけでなく、プロジェクトの進捗も管理しなければならない点が、難しさであり面白さでもあると思います。
──Club fibonaでは、共創コミュニティならではの難しさをどのように乗り越えていますか?
小堀:アイデアの取捨選択においては、私たちが判断軸を持つことに加えて、意思決定プロセスに透明性を持たせることが重要だと考えています。「なぜこのアイデアが採用されたのか」「今回はなぜ見送られたのか」といった情報をできる限り公開し、参加してくださる皆さまに納得感を持っていただくよう努めています。
コミュニティマネジメントとプロジェクトマネジメントの両立については、現在進行形でチャレンジしているところですが、私たちからの問いの精度を高めることを意識しています。漠然と意見を募るのではなく、こちら側が何を求めているのかを明確にすることで、集まるアイデアの質が変わるからです。トライ&エラーを繰り返しながら最適な場の設計を模索しています。
──Club fibonaの立ち上げにあたり、コミュニティプラットフォームに「Commune」を採用した決め手は何だったのでしょうか?
小堀:前例のない私たちの挑戦に伴走してくれるサポート体制です。研究所が主導するコミュニティで、テスト販売や未完成品を世に出すという新しいプロセスを構築するにあたり、コミューンさんの知見は非常に心強いものでした。
コミュニティで得るVoCとSNSで拾う声は全く違う
──Club fibonaの取り組みにおいて、コミューンの皆さんが果たしている役割を教えてください。
石垣:オンラインコミュニティのコンセプト立案や体験設計、他社事例の共有など、広い視点で支援しています。また、参加者に最も近いところにも当社のメンバーが伴走し、茶話会やオフラインのイベントの運営をお手伝いしています。
──Club fibonaの活動内容を教えてください。
中西:オンラインで「茶話会(さわかい)」と称して、1対1でじっくりお話をうかがう場も定期的に設けています。
小堀:Club fibonaで参加者を募り、リアルの場で交流する機会もあります。商品を買ってくださった方が集まるファンミーティングや、発売前の商品を体験いただき商品企画に参加してもらう会などをGICで実施しています。
──印象的なエピソードをうかがいたいです。
中西:最も印象的だったのは、商品に関わった研究員自身の変化です。これまでのバリューチェーンでは、研究員が生活者の声を直接聞く機会はほとんどありませんでした。しかし、コミュニティを通じて「こんなに思いを寄せてくださっているんだ」という熱量を肌で感じたことで、研究員のモチベーションが飛躍的に高まりました。これはまさにEX(Employee Experience:従業員体験)の向上と言えます。
──SNSなどで拾う声とはやはり違うのでしょうか?
中西:全く違います。相手がどのような方で、どういう文脈でその言葉を発しているのかという解像度は、コミュニティのほうが圧倒的に高いです。自分たちの姿勢に対して、どこに共感してくださっているのかという“答え合わせ”ができる貴重な機会になっています。
「洗顔セラム」の思いもよらないニーズを発見
──Club fibonaで収集したVoCが商品の開発や改善につながった例はありますか?
中西:2025年4月にfibonaでローンチした商品「洗顔セラム」で面白い事例がありました。私たちは当初、女性の朝の洗顔習慣を変えるものとして開発したのですが、Club fibonaで使用者の声を聞くと、意外にも男性の購入者が多かったんです。「髭剃り後の肌に優しい」「これ一本で仕上がるから楽」といった、研究員が想定していなかったニーズが見つかりました。
中西:このようなニーズは、再販時のメッセージングを変えたり、R&Dから事業部にブランドや商品の方向性を提案したりする際のエビデンスになります。Club fibonaを始める前は、R&D側にそのような仮説がそもそも存在しませんでした。定量/定性調査も実施していますが、不確実性の高い“思いもよらない発見”を拾えることが、オンラインコミュニティの魅力だと感じています。
──Communeの機能やコミューンのサポートについて「ここが助かっている」という点があればお聞かせください。
小堀:システムに関しては管理画面が見やすく、デイリーやウィークリーの活動量を踏まえてテコ入れの施策を考えやすいです。運営に関しては、当社のトンマナやスタンスを汲み取った上で場を設計してくださるため、丁寧なコミュニケーションに助けられています。
──コミューンのお二人から見て、Club fibonaの特徴はどのような点にありますか?
黒田:企業側と参加者側、二つの視点でお話しします。まず資生堂様にとっては、中西さんがおっしゃったように、研究員の皆さまのEXにポジティブな影響が出ている点です。普段、技術や製品に向き合っている開発者の皆さまが、生活者から「こんな風に役に立っている」という実感を直接得られる機会は極めて貴重です。それが大きなやりがいとなり、さらなる商品開発やエンゲージメントの向上につながる。これは企業にとって大きなメリットです。
参加者の立場に立っても、研究開発のプロセスに携わったり、研究員の方と直接対話したりする機会は、他では得られない希少性の高い体験です。ブランドを一緒に育てるという強い参与感を持てる点が、他のコミュニティとの違いだと感じます。
石垣:未発表のものを世に出すことや、工数がかかるコミュニティイベントの実施に二の足を踏む企業も多い中、資生堂様は共創を前提に全てが動いているんです。そのオープンな姿勢が生活者の方々の愛着につながっていますし、ギブ目的ではなく「企業/ブランドへの愛を語りたい」という純粋な思いを持つ方々をコミュニティに集めていると思います。
生活者とメーカーの間にある情報の非対称性
──最後に、皆さまの展望と読者へのメッセージをお願いします。
中西:生活者との共創は、Club fibonaによって大きく前進しました。メーカーと生活者の間には、どうしても「情報の非対称性」が存在します。私たちはClub fibonaを通じて、この非対称性を解消したいです。アセットを持つメーカーからの一方的な提供にとどまらず、もう一段レベルを上げた活動が将来的な目標です。
小堀:Club fibonaが生活者との対話の起点となり、ここから生まれた商品やカルチャー、場が「Club fibonaだからできたよね」と言われるような存在にしていきたいです。

石垣:これまでは、Club fibonaに参加する方をどう温めるか・定着させるかに注力してきました。今後は、新しく入ってきた方と長く参加している方の熱量の調整など、一歩先の施策にも挑戦したいです。
黒田:fibonaの名前の由来である「フィボナッチ数列」は、常に黄金比に近づこうとしながらも、完璧にはなりません。その未完成さを愛で、調和を求める姿勢がClub fibonaの活動なのだと感じました。コミュニティを立ち上げる前は「うまくいくのか」「やる意味はあるのか」と不安になる方も多いと思いますが、資生堂様のお取り組みからコミュニティのインパクトは十分に伝わると思います。ぜひ多くの企業で取り組んでみていただきたいです。

コミュニティ活用についてもっと知りたい方は
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