米国で進む実店舗の再評価
2026年1月、ニューヨークで開催された世界最大級の小売カンファレンス「NRF 2026: Retail’s Big Show」。今年のテーマに掲げられた「The Next Now(次なる現在)」は、リテール業界が「実験」のフェーズを終え、「実装と収益化」のフェーズに突入したことを示唆している。
会場で浮き彫りになったのは、オンライン上のトラフィックを奪い合うだけの競争の限界と、「フィジカル(実店舗)」が持つメディア価値の再評価である。Cookieレス時代において、確実な購買データと高エンゲージメントな顧客接点を持つ実店舗は、マーケティングにおいて最も信頼できる「聖域」となりつつある。
店舗デジタル化のパラドックス、「枠」はあるが「価値」がない
米国がAmazonなどを筆頭に「オンラインからオフラインへ」という順序でリテールメディアを拡張しているのに対し、日本では、「店舗のデジタルサイネージ化」からアプローチが進んできたという独自の経緯がある。
ここに日本のリテールメディアが抱える構造的なパラドックスが存在する。ハードウェアとしての「枠」は増えたものの、その多くはメーカー支給のテレビCM素材や特売情報を垂れ流す「販促」の域を出ておらず、収益性の高い「メディア」へと昇華できていないのが現状だ。
本記事ではNRF 2026のセッションおよび現地店舗を通じ、販促費依存からの脱却とブランド予算獲得のための構造変革に向けた業界リーダーのアプローチを考察する。
「広告」ではなく「文脈」を売る、店内サイネージLift & Learn
店舗サイネージがメディアとして機能しない最大の要因は、コンテンツの不適合にある。買い物客の注意喚起時間はわずか数秒だ。認知獲得を目的としたテレビCMの流用は、購買モードにある顧客にとってノイズでしかない。
この課題に対し、スポーツ用品大手Dick's Sporting Goodsは、デジタルを「広告枠」ではなく「商品体験の増幅装置」と定義した。同社のVP of Store Creative and InnovationであるMike Budzisz氏は次のように述べる。
「顧客が店に入った瞬間、有料広告で攻め立てたいか? 答えはNoだ。デジタルは、ブランドストーリーを伝えるための鍵になる」
出典セッション:Elevating retail experiences in the digital age: Building the future of in-store media(デジタル時代における小売体験の向上:インストアメディアの未来を築く)
筆者が視察した同社の旗艦店「House of Sport(ジャージーシティ店)」では、「Lift & Learn(持ち上げて学ぶ)」という技術が導入されていた。顧客が壁面のシューズを手に取ると、センサーが反応し、即座に目の前のスクリーンに関連コンテンツ(スペック詳細やアスリートの使用映像)が表示される。商品を棚に戻せば、元のブランドロゴ表示に戻る。
この仕組みの革新性は、顧客の「知りたい」という能動的なアクションに対して、システムが遅延なく応答する点にある。
従来のサイネージが、購買意欲の低い顧客に対しても一方的に情報を浴びせる「認知獲得装置」であったのに対し、Lift & Learnは、購買検討フェーズに入った顧客の背中を押す「コンバージョン装置」として機能している。
ここまでコンテキストが整合して初めて、サイネージは「店舗ノイズ」ではなく「接客の一部」となる。このレベルの体験品質が担保されてこそ、メーカー側は単なる「棚確保の協賛金(販促費)」ではなく、ブランドの世界観を正しく伝えるための「広告宣伝費」を投下する合理的根拠を見出すことができる。
