AI時代にも変わらないマーケティングの「普遍的な定義」
講演の冒頭、金井氏はAIという最新テクノロジーを語る前に、そもそも「マーケティングとは何か」という原点に立ち返る重要性を説いた。デジタル化やAI化が進み、手段がどれほど高度になっても、ビジネスの根本的な構造は見失ってはいけないからだ。金井氏は、20年以上にわたる実務家としての経験から導き出した独自の定義を提示する。
「マーケティングとは、『人が創り出すマーケットのニーズに、限りなくリアルタイムに、価値を届ける適応をして、利益を生み出すこと』だと私は定義しています」(金井氏)
新卒でNTTドコモに入社。端末のマーケティングを経験した後、iモードでビジネス展開をする会社へのコンサルティングに従事。その後、リクルートへ転職。マーケティング室のVP(ヴァイスプレジデント)として、横断の人材育成・知見流通とHR領域のマーケティング責任者を担当。HR領域におけるToC及びToB双方のプロダクト横断での事業・マーケティング戦略、ブランディングからdirectADやSEO等のネットマーケティング、CRMに至るまで統合的なマーケティング戦略を推進。2025年6月末で退職し、リクルート流のマーケティングを起点に、事業戦略から、実行組織の設計・育成まで、一貫して伴走支援する共創型パートナー、株式会社NexGenを創業。
この定義の中で金井氏が特に強調するのが「人が創り出すマーケットのニーズ」という点だ。現代のマーケティングはデータ分析が主流だが、数値化できる事象(算数)だけで市場を完全に理解することはできない。数字には表れない消費者の前提や背景、感情の機微を言葉(国語)で読み解く「算数と国語の行き来」があってこそ、真のニーズを捉えることができるという。
さらに、見つけ出したニーズに対して「限りなくリアルタイムに」価値を届けることの難しさと重要性についても言及した。ニーズが発生するタイミングを先読みし、課題が顕在化した瞬間に適切なソリューションを提供できれば、「広告は単なるノイズではなく、ユーザーにとっての『ギフト』になる」と金井氏は語る。
「そして最終的に重要なのは、利益を生み出すことです。売上は顧客からの『ありがとうの数』であり、利益は事業を続けるための『酸素』です。顧客が喜んでくださっているという前提がなければ、持続可能なビジネスモデルにはなりません」(金井氏)
NVIDIA視察での衝撃と、意思決定プロセスの「AIシフト」
普遍的なマーケティングの定義を確認した上で、話題は「AIによる変化」へと移る。金井氏がAIの真の恐ろしさと可能性を肌で感じたのは、2023年3月に米国の半導体大手・NVIDIAを視察した際のことだったという。
「そこで見たのは、エッジコンピューティングによるAIとロボティクスが融合し、『身体を持ったAI』が自律的にタスクをこなす姿でした。人間と同じように視覚や触覚から情報をインプットし、滑らかに動くロボットを見たとき、有史以来初めて我々のやることが代替されていくということをまざまざと実感したのです」(金井氏)
このようなテクノロジーの進化は、日常の購買行動における「意思決定のプロセス」にも劇的なシフトを引き起こしている。これまで消費者は、自ら検索エンジンにキーワードを入力し、複数のサイトを巡回して比較検討を行ってきた。しかし現在、新規の検索行動は対話型のAIへと流れつつある。AIが膨大な情報から条件に合う候補をスクリーニングし、最適な答えを提案してくるため、人間はAIが提示した選択肢の中から「最終判断(承認)」を下すだけの存在になりつつあるのだ。
「人間相手であれば、『デザインが好き』『安心したいから』といった非合理で情緒的なアプローチ、いわゆる『売り込み』が通用しました。しかしAIは、言語モデルで機能的価値を正確に分解・評価し、合理的な選択肢を提示してきます。これからの時代、人間の感情に訴えかけるだけの強制的な売り込みは成立しなくなるのです」(金井氏)
