消費者インサイト部の3つの業務、アサヒビールのイノベーションゲートとは?
米田:ここまで消費者インサイト部の役割の変化についてうかがってきました。次は、日々の業務がどう変わったのか、具体的に教えてください。
江尻:消費者インサイト部では、従来のサポート業務もこなしているのですが、インサイトのプロ集団として新たに始めた業務も色々あります。今日は量的なインサイトに関わる業務と、質的なインサイトに関わる業務の2つをピックアップしてみました。
1.イノベーションゲート運営:第三者的な立場でコンセプト調査や商品調査を実施し、分析・予測を行う。結果から考えられることや改善点、リスクなどを提言するとともに、進行の可否の議論を推進する
2.お客様理解・マーケティングを科学する業務:インサイトにつながる消費者の行動分析、新手法・過去データの研究
3.サポート業務:社内・グループ内におけるリサーチやデータ分析に関する様々な支援。事業会社内におけるリサーチ組織のサポート業務に近い
米田:サポート業務は、いわゆる「社内におけるリサーチ業務の支援」で、事業会社でよく見られる内容だと思います。今日はせっかくなので、アサヒビールならではのポイントがある「1.イノベーションゲート」と「2.お客様理解」を深掘りしていきましょう。
江尻:イノベーションゲートとは、消費者インサイト部が第三者的な立場でコンセプト調査から商品調査までを実施し、分析や売上予測を行う仕組みのことです。その結果から考えられる改善点やリスクをリサーチ専門家として提言し、それらを踏まえてプロジェクトを次に進めるかどうかの「可否議論」を推進します。
プロセスそのものは、商品開発に携わる方なら馴染みのある流れだと思いますが、我々はここで「N=1」を重視していることにポイントがあります。商品企画の起点には、必ず「リアルなお客様の声」がなければいけません。N=1からつくられたコンセプトを検証し、実際にビジネスとして成り立つのかを分析していきます。
すべての企画は「実在するN=1」から始まる
米田:こことても重要なので、皆さん注目していただきたいのですが、アサヒビールのイノベーションゲートでは最初のアイディエーションの段階でN=1が出てきます。「そこにN=1はいるのか」「インサイトはあるのか」といった言葉は現場でよく飛び交いますが、アサヒビールさんの場合「N=1がいないと次に進めない」というルールを、このイノベーションゲートという仕組みによって徹底しているわけです。
実は、松山さんから「インサイトに強いマーケティング本部にしてほしい」とご依頼されたとき、最初に握った定義があります。それは「実際の行動変容、態度変容が起こるきっかけとならない限り、それはインサイトとは認めない」というものでした。ですから、「商品を買いたくなる・買うという変化を本当に起こせるか」「ターゲットとしているお客様は実在するのか」が議論でもポイントとなります。
江尻:つまり、N=1は実在する人でなければいけません。実際の運用では、N=1のインタビュー内容とそれに対応するコンセプトを必ずセットで提示してもらうようにしています。
コンセプトゲートを通ったものは商品開発へ進み、最終的にこれまで蓄積してきた膨大な調査結果をもとに構築した「予測モデル」によってポテンシャルを測り、発売するかどうかの検討を行います。
米田:最終的なGoの判断をどう下すかは難しいポイントですが、アサヒビールさんは「この商品を市場に出せば、何パーセントのシェアが取れそうか」という予測が立つモデルを組んでいます。これが最強で、100%の的中ではなくても、関係者がディスカッションをする際に強力な共通指標となっている。こうした武器を持つことで、消費者インサイト部がより大きな力を発揮できるようになったように思います。
江尻:予測モデルに関しては「当たるか・当たらないか」という二元論に終始すると議論が止まってしまいます。我々の中には「大体合っていればいい」という感覚があり、一方で「外れる幅はこのくらいだよね」という共通認識も社内で持てている。この信頼の積み重ねがあるからこそ、議論の場をゲートとすることができているのだと思います。
このプロセスで2025年の半ば頃から開発してきたのが、4月14日発売の『アサヒゴールド』です。とてもユニークな開発プロセスを経て完成した新商品なので、ぜひ発売を楽しみにしていただきたいですね。
