電子化で試される、紙面の価値
MZ:日本の本って紙面がすごく複雑なものがありますよね。コラムが入る、傍注が入る、見出しのデザインも何パターンもある。注も「ワンポイント」「用語解説」みたいに何種類もある。でも、電子書籍の場合、特にEPUBでテキストがリフローする場合には、そこを変えていかないといけないと思うんですが。紙の本の編集者の人がそこを理解するのは難しそうですね。
福浦:簡単ですよ。「できない」「できない」「できない」とずっと言い続けるだけ(笑)。
錦戸:まあ、テーマによりますよね。そういうふうにサービス精神を出さないと完結しない本もありますし。たとえば「できる」シリーズみたいな初心者向けの本。私は縦組みのビジネス書をつくることが多いので、そういう意味では派手なマニュアル本をつくっている編集者よりは(福浦と)ケンカしないで済んだと思います。

MZ:じゃ、そういう本をつくっている人は、福浦さんといっぱいケンカしないと電子書籍をつくれない(笑)。
福浦:勝てないですよ。なぜかというと私が「できる」シリーズをつくったんで(笑)。
錦戸:福浦は「できる」シリーズの元編集長なんです。
福浦:あの派手な紙面を1回つくっているので、なぜ電子書籍ではこういうふうにするのかという理由を説明できるんです。すごく簡単なことなんですよ。見開きの紙面で何かを表現するとき、いろいろな要素を入れたくなるのは当たり前じゃないですか。でも、ディスプレイが4インチしかないときに、いろいろ入れて、それで読み手になにか役に立つ情報があるのかということなんです。
MZ:もしかしたらないかも……?
福浦:だから、そのまま表現したいと言ってる時点で、その編集者の理屈は破たんしているんですよ。
電子書籍のコストをどう読むのか
MZ:錦戸さんはどうして、この本をEPUBにしたかったんですか?
錦戸:社内で、「EPUBとオンデマンド印刷が今後の専門出版の世界のスタンダードである」と決めてしまおうという話があったんです。EPUBはオープンスタンダードだし、国際標準フォーマットだし、今後リフロー型のサービスがどんどん入ってきても、EPUBにさえしておけば、いろんなところに展開しやすくなる。EPUBを使わないという選択はないということになりました。
MZ:そういう方針を決められない出版社が多いと思うんですけど。
錦戸:それはたぶん、紙である程度もうかってるからですよね。今は電子書籍やオンデマンド印刷に行くほうがリスクがある。紙の本なら出版社は取次に本を納品してしまえば、お金が入る。著者にも保証印税(※)が払える。そっちのほうが、その構造に守られて安心して本をつくれる。
福浦:電子書籍の場合、いくらお金をかけていいのかわからないんですよ。5部しか売れないかもしれないし、1万部売れるかもしれない。1万部売れるんだったら、ふつうに書店で流通させればいい。じゃ50部ってなると、「50部にいくらお金がかけられるの?」ということになる。
MZ:本ごとに違いますよね。
福浦:だから、極端な言い方をすると「2人日」でつくるくらいの覚悟でやらないとこのブランドはつくれないという話なんです。今回この本が成功したのでコストは見えてくると思うんですが、どこまでかけていいかはまだ見えていないんですよ。見えてない以上はかけないほうが安全ですね。
あらかじめ決められた部数の印税を保証すること。実売部数が保証部数に達しない段階でも、著者に印税が支払われる。