テレビ中心のコミュニケーションから脱却できない企業は、消費者に嫌われる
マス的な共同幻想でブランドを作ろうとすると、いまの消費者には嫌われる可能性がある。なぜなら、一方的だからだ。しかも、同時に同じことを一方的に不特定多数に送りつけるのだ。デートのときに、一方的に自分の自慢話ばかりする男性が女性に嫌われるようなものだ。しかも、同時に、他の女性にも自分の自慢話をしていたら、もっと嫌われる。さらに、テレビで番組を視聴しているとき、つまり、楽しんでいるときに、テレビCMはその視聴体験を邪魔する形で割り込んでくる。「あー、いま、いいところだったのに、CMかよ。トイレでもいくか」という経験は多くのひとにあるだろう。テレビCMはトイレタイムと言われたりもする。決して、100パーセント歓迎されているものではない。

そのようなテレビCMの弱点もあって、ブランドの重心は、国家であれ企業であれ、共同幻想から対幻想へと移行しているのだ。そのような流れがあるにもかかわらず、電通の「2014年日本の広告費」によると、テレビメディア広告費1兆9,564億円となっていて、その一方で、インターネットは1兆519億円程度だ。これは、まだまだ多くの、おそらく、大企業が、テレビ中心のコミュニケーションから脱却できていないことを示していると思う。
私自身はテレビで育った世代なのでテレビは好きなのだが、でも、企業のマーケティングやブランディングという観点でいうと、ちょっと心配だ。いつまでも、テレビに頼って、マス広告的共同幻想のブランディングばっかりやっていると大変なことになるのではないかと思う。
いつ、なんどき、チュニジア「ジャスミン革命」のような火の粉が自分の会社に降りかかってくるとも限らない。なるべく早く、対幻想的なコミュニケーションに移行しないと、次のチュニジアになるのは、あなたのブランドなのかもしれない。日本の大企業、ナショナルクライアントをみていると、そんな気がしてならない。
GoogleがテレビCMを実施する理由
テレビCMを完全に否定するつもりはない。必要に応じて使う価値があると思う。たとえば、私がGoogle Japanに在籍しているとき、ちょうどテレビCMを使うべきかどうかという議論をしていた。いろいろと議論した結果、2010年からだったと思うが、テレビCMを使うようになった。

当時のGoogleの状況として、それなりに多くのユーザーに使われるようになってきていたのだが、それでもまだまだ、インターネットをあまり使わない人には知られていない、認知されていないという問題があった。そのため、そのような人たちにも知ってもらい、Googleを使ってもらうために、テレビCMを活用したのだと思う。ただし、そのことで、Googleのコミュニケーションの中心がテレビCMに移ったということではない。
そもそもインターネットの会社なので、Google検索というインターフェイスやYouTubeなどのサイトを通じて、消費者とのコミュニケーションを行なっているのがGoogleという会社だ。その検索結果画面などのサービスは、ユーザー一人一人の検索履歴などに基づいて、カスタマイズされている。つまり、テレビCM中心にコミュニケーションしている大企業、ナショナルクライアントのように、同じ情報を一方的に多くの人(マス)に対して送りつけている訳ではない。
消費者に見捨てられないブランドになるには
私からみると、テレビCM中心に自社ブランドのメリットばかりを一方的にコミュニケーションするのは、女性との食事の席で自分の自慢話を一方的に話している男性と同じようなものだ。つまり、そのうち、消費者に嫌われてしまうかもしれないのだ。
そのような一方的なコミュニケーションばかりやっていて、消費者の声を聞いたり、あるいは、双方向で語りかける対幻想的なコミュニケーションが欠落している企業は、気をつけたほうがいい。なぜなら、国としては、テレビ局を見捨てたように、消費者から見捨てられるのは、あなたのブランドかもしれない。怖い。怖い。遅きに失する前に手を打った方がいい。
本記事は「Unyoo.JP」の記事「国としては、テレビ局を見捨てたんだと思いますよーブランドの重心は共同幻想から対幻想へ」を要約・編集したものです。長編のオリジナルコンテンツを読みたい方は、こちらをご覧ください!
