“社会科学×人工知能”を企業に導入
MarkeZine編集部(以下、MZ):人工知能(以下、AI)の研究は日進月歩で進んでいると思いますが、マーケティング領域でも、今年はAIにますます注目が集まる兆しがあります。石山さんはリクルートのAI研究を牽引してこられた方と聞いていますので、今回お話をうかがうのを楽しみにしていました。
まずは、これまでのご経歴を教えていただけますか?
石山:リクルートに入社して、今年が10年目になります。大学院では、経済学や社会学など社会科学の理論はAIによってさらに発展するだろうという仮説の下、“社会科学×AI”といったテーマで研究を行っていました。
当時は研究に没頭していて、2年間で論文を18本書いたのですが、「論文を書いただけでは世の中変わらないな」と思いまして(笑)。社会的な接点が高い会社にAIを導入するほうが、世の中を変えるスピードも速く、社会貢献レベルも高いのではと思ってリクルートに入社したんです。
MZ:入社後は、どんな業務を担当されていたのですか?
石山:いつかAIに関する研究所を社内で設立したいとイメージは持っていましたが、最初はちょうど当社が雑誌などのオフラインビジネスのデジタル化を推進していたので、そちらに携わりました。
その後、リクルートが別の会社と立ち上げた、ビッグデータのジョイントベンチャーに出向しました。そこでの事業を成長フェーズに乗せ、3年でバイアウトするという、事業開発も経験させてもらっています。
AI領域の世界的権威をトップに
MZ:2015年11月、御社は「Recruit Institute of Technology」(以下、RIT)をシリコンバレーに移し、AI領域で非常に著名なAlon Halevy(アーロン・ハーベイ)博士をヘッドに迎えられたと発表されました。この組織について教えていただけますか?
石山:元々、当社はITによるイノベーション創造に力を入れていて、専門の研究機関を運営していました。それを包括し、強化する形で2014年にRITを立ち上げて、翌2015年4月にAI領域専門の研究所として改めて発足しました。
私は当初、RITの責任者を務めていましたが、ご存じのように2015年11月、シリコンバレーに開発拠点を新設しました。そしてこちらをRITの本拠地とし、日本には新たにRIT推進室を開設して、私はその室長にスライドしました。RIT推進室は、RITで生まれた研究成果を各事業へどう展開していくか、実際のビジネスと接続する役割を担います。
MZ:Alon博士とは、どういった方なのでしょうか?
石山:Alonさんは、AIと事業開発の両分野における世界的な権威です。研究者でありながら、自身で起業した2社をバイアウトし、そのうち1社はGoogleに売却しています。
私も一応、AIと事業開発両方のバックグラウンドがありますが、Alonさんの実績は圧倒的ですね。前身のRIT時代から、近いうちに米に拠点を移してAlonさんを招きたいと、私の中では明確な構想がありました。
AIで全てのマーケティングファネルを最適化する
MZ:AIによってマーケティングがどう変わるのか、関心を持つマーケターも増えています。現状、AIはマーケティング領域でどう活用され、どのような影響を及ぼしているのでしょうか?
石山:まず、AIが世の中に浸透していくには2つの段階があると考えています。データサイエンティストがAIを活用する状態がフェーズ1、誰もがAIを使いこなせるようになるのがフェーズ2。全体的には、今はフェーズ1ですね。先進的な企業ではデータサイエンティストを雇用して、AIによるデータドリブンマーケティングを推進していると思います。
フェーズ1におけるAIとマーケティングの関わりとしては、2つの観点があると思います。ひとつは、AIによるROI(投資対効果)の改善です。お問い合わせや購買など何らかのアクションをゴールとする一般的なマーケティングのファネルを思い浮かべていただきたいのですが、潜在層の発掘から始まって、このファネルをいかに効率的にゴールまで運ぶかが重要ですよね。この各段階を、AIによって効率化することができます。
MZ:CPAやCTRを改善する、といったことですか?
石山:そうですね。加えて、LTVが上がるためにどう改善すべきか、といったこともAIを使って導くことが可能です。
端的にいうと、ファネルの転換率を簡単に向上できる。それがいちばんの魅力です。同じ投資額でリターンが2倍になるケースも十分考えられますし、コストを半減させて想定通りのリターンを獲得するという方向性も出てきますね。
いいデータサイエンティストがCVを生む
MZ:なるほど。もうひとつのマーケティング的な観点とは、どのようなことでしょうか?
石山:AIによって大きなコスト構造の変化が起こること、そしてデータサイエンティストという職種が少しずつ一般化していることから、マーケターの役割が変わりつつあります。
たとえば、データサイエンティストをどう雇用するかも、マーケターの範疇になりつつあります。仮に、広告枠の買い付けに100億円かけているなら、その仕入れを80億円にして、20億円でデータサイエンティストを雇ってコンバージョンを2倍にする。そのほうがずっとROIも良くなりますし、AIの活用はそれを可能にする力を持っています。
この話はあくまで一例で、事業形態によって異なりますが、ある程度のマーケティングコストをかけている企業なら、若いデータサイエンティストでもAIを活用してすぐに億単位の成果を出すことは珍しくありません。
先ほどのファネルの話は、割とよくいわれていると思いますが、固定費とされている雇用の部分も含めてROIを考えるという話はあまりなじみがないかもしれません。
MZ:たしかに、初めて聞く話です。でも考えてみれば、データサイエンティストを雇用してAIを活用することで、それだけのリターンやコスト削減が見込めるなら、データサイエンティストの雇用自体がマーケティング施策であるともいえますね。
石山:まさにそこまで含めて、マーケターの守備範囲になりつつあります。
AIを誰もが使える時代へ
MZ:ここまでうかがったのが、データサイエンティストがAIを活用するというフェーズ1の時代の話なのですね。さらにフェーズ2は、誰もがAIを使える時代というご説明がありましたが、これはどういったことでしょうか?
石山:コンピューターが汎用化し、ダウンサイジングしてスマートフォンという形で誰もが使っているように、AIも近いうちに同じ経路をたどると考えています。
自社内で行いたいAI関連のプロジェクトが数十個単位なら、データサイエンティストに任せられるでしょうが、それが数百、数千の単位だと、もはや専任者の雇用では対応できません。グローバル大手のプラットフォーマーで、かつビッグデータも有しているような企業では、実際に数千単位で常時プロジェクトが回っています。それは、全員がエクセルと同じくらい簡単に機械学習を使いこなし、予測モデルを立てられるので、可能になっているんです。
実はすでに当社では、誰もがAIを使えるフェーズ2を実現する開発を進めているので、決して未来の話ではないですね。
MZ:そうなんですね。具体的に、どういった形で実現しているのでしょうか?
石山:当社は昨年、米国のデータロボットという会社に投資をしました。同社は、世界的なデータ解析のコンペティション「kaggle」で上位を獲得している常連メンバーによるベンチャーで、誰もが使える機械学習のプラットフォームを開発しているんです。
これによって、すでに当社ではデータサイエンティストではない人も、自分でどんどん予測モデルを立てています。
マーケターの重要な能力は、データを生み出す力
MZ:では、AIが汎用化する中で、マーケターはどのような能力が必要になるのでしょうか?
石山:大きくは、3つあると考えています。ひとつは先ほどお話しした、データサイエンティストの採用。2つ目は、彼ら専門職以外の人もデータサイエンスを駆使できるようなプラットフォームの要件定義。同時に、自分たちの業務のうち煩雑な作業をAIに任せて、さらにどのように生産性を高めるか、ビジネスフローの要件定義も必要になると思います。
3つ目がいちばん重要な、データをつくる能力です。マーケターの圧倒的優位な能力は、実はデータをつくる力だと私は思っているんです。
MZ:具体的には、どういったことでしょうか?
石山:単にデータ収集プランを立てるのではなく、ビジネスの構想を起点に、それを実現するためのデータ収集の仕組みを考案していく。すでに先進的な企業やマーケターは実践していますが、こうした考え方がさらに重要になり、差別化の要因にもなるでしょう。
たとえば今普及しているSNSも、サービスを通して得られるユーザーデータに高いマーケティング価値があるわけです。10代の子がどういう写真を投稿するのかというデータが得られれば、若年層向け商品のコンサルティングもできるでしょうし、プラットフォームを確立すれば広告的な価値も生まれます。
このように逆算してサービスを設計し、データを集め、データサイエンスと掛け合わせてまた新規ビジネスに活かしていく。そんな能力が、ますます求められるようになると思います。
MZ:人工知能の浸透が進むことで、マーケターに求められるスキルセットが大きく変化しそうですね。後編では研究を通して、リクルートの既存ビジネスとの関連性、そしてAI研究を通してどのような未来を目指すのかをうかがいます。