みずから欲しい情報を取りにいく生活者
SNS、ニュースメディア、キュレーションメディア……。今や、情報を摂取するチャネルとしてたくさんのアプリが生活者のスマートフォン画面に並んでいる。今年はそこに、動画配信アプリを加えた人も多いのではないだろうか。
キュレーションメディア「antenna*」を運営するグライダーアソシエイツの荒川徹氏は、ここ数年の情報流通構造の変化について「テレビ番組や雑誌といったパッケージコンテンツの消費からパーツ単位の消費へ変わり、さらにプロとアマチュアのコンテンツが混在。加えてSNSが一般化し、生活者自身も情報の発信者になる“生活者のメディア化”も加速しています」と指摘。
その中でユーザーに信頼性の高い情報を届けるために、「antenna*」では現在300もの良質な一次メディアと提携し、570万人のユーザーを擁している。これを強みに2年半前に開始した広告事業も好調で、企業サイトへの送客だけでなく、ユーザーの4年分の記事閲覧ログから導き出したインタレストデータの分析や提供、イベントやサービス開発なども手掛けている。
「この数年で、企業のブランディングにおける主戦場はすっかりスマートフォンになりました」と荒川氏。現に、最近の調査では1日のメディア接触総時間380分のうち、実に100分以上をスマートフォンが占めていると発表された。常に手にしているデバイスに膨大な情報が押し寄せる中、生活者もそれらの要・不要を選ぶようになり、検索行動をはじめ能動的な態度で接するようにもなっている。
マス媒体が発信する情報の質が見直される兆し
「つい先日、ラジオでもオンデマンドの“聴き逃し配信”が始まりました。こうしたメディアの変化によって、さらに生活者の行動スタイルも変化しています」と荒川氏。情報の質や、情報接触の仕方自体に対する生活者のリテラシーが高まった結果、たとえば「既に興味がある情報しか表示されない」「便利だが新しい出会いがない」という不満が生まれている。また、海外では既にアドブロックの問題が顕在化している。
「広告主はこうした生活者の変化をつぶさに捉え、複雑化を増す情報流通構造の中でいかに自社のメッセージをターゲットとする人たちに届けるか、まさに変化が問われているのが現状です」
実際に、2016年の1年をみても、生活者の変化は著しい。メディア環境に関する調査によると、2016年は「各メディアに対する期待価値の変化や兆しが見られた」という。具体的には「量より質」「表面的な情報から本質的で深さのある情報へ」「見慣れたものから発見やワクワク感がある情報へ」という3点が特徴的だ。
これらを踏まえて、荒川氏は「従来のマス媒体が発信する情報価値の見直し」に言及。「マス媒体社が紙メディアの電子版や、見逃し・聴き逃し配信といったサービスを充実させた結果、生活者がスマートフォンをきっかけにマス媒体が発信する情報の価値を再認識しているのは興味深い変化です」。実際、とある新聞では電子版アプリの普及にともなって、紙面の購読者も最近増える傾向があるとし、「実体験や周囲を見る限りではそう感じている、相関があるのではないか」と自身の印象を述べた。
企業の組織改革が加速、マスとデジタルは統合へ
他にも、生活者の注目すべき変化はいくつかある。たとえばスポーツやライブコンテンツのリアルタイム視聴が好調だったり、体験を共有できるイベント市場が拡大したり。これらはSNSをはじめデジタル上で拡散すると、さらにその場にいる価値が増すという側面も持つ。デジタルが発展したからこそ、リアルな体験が求められるようになっているのだ。
これらを俯瞰して、荒川氏は次のように分析する。「ネット上で表面的かつ膨大な情報にさらされ続けた結果、生活者は『価値あるコンテンツに触れたい』という思いを強くし、スマートフォンだけですべては満たされないとも感じています。商品やサービスを選ぶのも、一昔前のように口コミサイトを拠り所にするのではなく、失敗しても自分の直感を信じたいという価値観も見受けられます。体験を重視する傾向も含めて、これらの潮流は来年以降さらに加速するのではないかとみています」
では、広告主はこれらメディアや生活者の変化を受けて、今どのように変化しているのだろうか? 「antenna*」に広告出稿歴のある約1,500社の企業のうち、特に数十社とは継続的に大規模なプロジェクトを展開する中、これら企業の動向で特徴的なのは「宣伝部門の組織改革が進んでいること」と荒川氏は指摘する。
具体的には、マスとデジタル、イベントなど領域別だった組織の統合だ。これは特にこの1年で加速した印象だという。
興味関心や欲求の喚起、そして体験がコモディティ化を防ぐ
前述のように、メディアの変化と生活者の変化は極めて密接だ。マス、デジタル、あるいは生活者起点など、発信元が異なる様々な情報に生活者がシームレスに接触している今、既に“出版社担当だからデジタルに疎い”状態では勝ち残れないのは自明だろう。
媒体ごとに役割を分けるのではなく、マス担当でもデジタルを理解する、あるいはその逆も然りだとする考えが広がっている。媒体ごとに効果を見るのではなく、すべて統合した上でプランニングし、PDCAを回していく必要がある。
たとえば、今年ついに開花した動画市場をみても、組織統合が必然的であることがよくわかる。「これはGoogleが提唱している考え方ですが、かつてのプランニングはテレビ用コンテンツをPCまたはスマートフォンで見せるというテレビ起点の流れでした。今は動画コンテンツを起点に認知やブランド理解、購買促進といった目的を定め、その上でテレビやFacebook、antenna*あるいは企業サイトなど適した媒体を選ぶという、動画起点のプランニングが求められています。これを可能にするにも、マスとデジタルの連携は不可欠です」
ここまでで語られたメディア、生活者、そして広告主の変化を踏まえて、荒川氏は2017年の広告主の挑戦として「認知以降の興味関心や欲求の喚起がカギになる」と推測する。今、AIDMAでいう認知と行動の間をつなぐコミュニケーションが欠けていることが、ブランドのコモディティ化を招いているというのだ。
コンテンツを通して自社ブランドのファンを育成
認知の部分は、マスとデジタルの最適な予算配分が求められるが、先進企業をはじめ各社が模索することで一定の効果が上がるようになってきている。一方でAIDMAの最後となる購買や資料請求といったActionを刈り取る部分は、デジタル施策の効率の低下が課題となっている。加えて目立つのが、この間の興味関心、欲求、記憶の各プロセスで効果を上げられていないことだという。
「昔ほど機能の差が伝わりにくくなっている今、ブランドの存在を知ってもらってからのコミュニケーションが、コモディティ化を防ぐ上で重要になります。具体的には、様々なコンテンツを通してブランドへの理解を深めてもらい、ファンを育成すること。各社が2017年度の予算確保に動いている今、我々も様々な有力企業のCMOや宣伝部長と話す機会が増えていますが、コンテンツを通したファンづくりへの挑戦が来春以降どんどん始まると思います」
では、スマートフォンを手に24時間オンライン状態になっている生活者に、どうやって自社ブランドへの理解を深めてもらえばいいのだろうか? 先の生活者の変化も踏まえてここで重要になる要素が、情報の信頼性と、ブランドへの親近感を醸成しやすくする文脈、そしてリアルな体験だ。自社に関連するマスメディア発信の情報や、オウンドメディアのコンテンツなど自社発の一次情報は、信頼性は高いが単体では生活者の興味を引きにくい。そこで、これらを編成して文脈を構成し、生活者にブランドの世界観に触れてもらうわけだ。
高い編成力で企業のコンテンツをユーザーに届ける
実際に「antenna*」では、こうした狙いに基づいて既に様々な企業のブランディングをサポートしている。
いずれも日本を代表する業界大手の企業がantenna*をプラットフォームにブランディング施策を展開する中、たとえば日立製作所では、家電以外の幅広い企業活動を知ってもらうために「antenna*」上に特集ページを設置。「antenna*」と提携する一次メディアの日立製作所に関する記事を集積し、同社が元々社内に有しているコンテンツと合わせて再編成することで、多岐にわたる活動に触れることができる。antenna*のキュレーション力とUIを活かした構成だ。
「antenna*では、ユーザーに提供する価値として“好奇心”をとても大事にしています。企業が社内に有している様々なコンテンツ、WebサイトやテレビCM、CSR活動の記録や企業理念は、そのブランドらしさを感じてもらえるコンテンツに十分なり得ます」と荒川氏。編成次第で、今はファンではない潜在層へもアプローチできるのだ。
さらに現在では、企業と協働したサービス開発やイベント開催にも取り組んでいる。ANAが空港で提供するANA Wi-Fiの専用ブラウザ構築や、antenna*で人気のテーマをリアルイベントに仕立てて三井不動産ららぽーとで共同開催するなど、事例が続々と上がっているという。
最後に荒川氏は「スマートフォンは重要なチャネルだが、スマートフォンだけでブランディングができるとは思わない」と語る。「スマートフォンをひとつのきっかけに、デジタルとマス、リアルをどう連携してブランディングにつなげるかは、今後も大きな課題です。我々もさらなる好事例を生み出していきたいと思います」