マーケターにとってAIは押さえておくべきテクノロジーのひとつですが、AI研究の進化の速さや聞きなれない専門用語にとまどいを感じている人も多いのではないでしょうか。今回は、AIをはじめとする先進技術の研究開発を行うYahoo! JAPAN研究所 所長の田島 玲氏と、ヤフー マーケティングソリューションズカンパニーでクライアントの課題解決に取り組む井上亮平氏に、AI活用やビジネスサイドとの連携についてお話をうかがいました。【本記事は定期購読誌「MarkeZine」3月号の記事の要約・転載です】
世界的な注目高まるディープラーニング
――まずは田島所長から、ご自身の経歴と研究所の主な研究領域などをうかがえますか。
田島:私は日本アイ・ビー・エム東京基礎研究所での研究職、A.T.カーニーでのコンサルタントを経て2011年にヤフーに入社し、翌年からYahoo! JAPAN 研究所の所長を務めています。機械学習や自然言語処理が主な研究対象で、基本的には「データや技術をいかに価値に変えていくか」という観点のもと、自社で保有するデータやユーザーベースを活かせるような領域を主に扱っています。他にも、画像や音声処理、データサイエンスやUIといった分野の研究者もいます。
――ヤフーの広告プロダクトにはデータを駆使したものが多いですが、事業部門と連携して、これらの商品の開発やアップデートなどにも関わっているのでしょうか。
田島:そうですね。たとえば近年、Yahoo!ディスプレイアドネットワーク(以下、YDN)が非常に伸びていますが、数年前にバックエンドのロジックを大幅に作り直しました。このアップデートには、私も広告事業部門のチームと一緒になって関わりました。これは大きな刷新でしたが、細かい部分で研究結果をサービス側に反映するといったことは、随時行っています。
――AIの現状を田島さんはどのようにご覧になっていますか。
田島:機械学習の中でもニューラルネットワーク、特にディープラーニングの領域全体が盛り上がっているのは確かです。通常、技術系の国際会議には1,000人も集まれば多いほうですが、昨年12月に行われた国際会議「NIPS(Neural Information Processing Systems)2016」には、5,000人以上の参加がありました。
ニューラルネットワークの実装と運用は必ずしも容易なことではないのですが、最近の事例としては、スマートフォン版Yahoo! JAPANトップページとYahoo! JAPANアプリで、ユーザーごとにパーソナライズする記事の選択にディープラーニングを活用しています。時々刻々と入ってくるニュースを表層的な単語ではなく意味レベルで把握し、同様にモデル化されたユーザーの興味関心とマッチングすることで、より個々のユーザーの興味を反映した記事配信となり、ユーザビリティの改善にもつながっています。
クライアントの課題をいかに研ぎ澄ませるか
――では、井上さんはご自身のビジネス領域で、これまでどのようにデータやテクノロジーと関わって来られたのでしょうか。
井上:私は、ヤフーに入社してから「Yahoo!動画」(当時)や「GYAO!」など映像系のサービスに携わった後、新規事業の立ち上げや、ヤフーのメディア力を活かしたタイアップ広告の企画立案などを担当してきました。そこで、クライアントのビジネスゴールやそのプロセスについて対話を重ね、解決策を考えることの重要性を学びました。元々ヤフーは人々や企業の課題解決エンジンになることをミッションとして掲げていますが、クライアントの課題解決や施策提案に取り組みながら、現在は、データ活用に関するコンサルティングを含めたマーケティング全般に携わっています。
――現在の体制について教えてください。
井上:ヤフーの広告事業部門、マーケティングソリューションズカンパニーのコンサルティング本部の中で、私は主にプランニングの部分を見ています。他にアカウントマネジメントチームと、データ分析をするチームなどがあり、クライアントごとにこの三者が連携し、ひとつのユニットを作って対応しています。ユニットの数は、現状では数十を超えています。
我々コンサルタントはアカウントマネジメントチームとデータ分析チームの間に立って、クライアントの課題の抽出や整理などを担当しています。クライアントの課題を取り出していかに研ぎ澄ませていくか。この部分がしっかりできていれば、エンジニアやサイエンティストがその答えを形にしてくれます。ですから「どんな課題を解決すればいいのか」をきれいに特定することが、仕事の9割を占めると言ってもいいでしょう。
AIの活用は静かに広がりつつある
――マーケティングの解決策を提示する中で、AIを活用したものもあるのでしょうか。
井上:あくまでクライアントの課題に応じて、それぞれの技術を選択肢のひとつとして捉えているというスタンスです。先端技術を使っているかという点では、機械学習を使った行動予測モデルを提供しています。研究所や専門のメンバーの存在によって、課題解決のバリエーションが増えていくのはありがたいですね。
――田島さんは、研究者でありながらビジネスに成果を結びつけるという立場に難しさを感じることはないですか。
田島:これまでの経験の中で、どんなに技術的に優れたものであっても、現場でしっかり納得して使ってもらわないと意味がないということを、骨身に沁みて感じていました。ですから、ヤフーへ来てからも、ビジネスサイドのメンバーを通してクライアントのニーズや価値観を理解するよう心がけています。
――機械学習の技術を用いて広告の運用効果を上げていくといったことも、もう普通に行われているのでしょうか。
田島:はい、日々、少しずついろいろなところに手を加えています。デジタルならではのスピード感でPDCAを回し、細かくチューニングしていくことが求められるインターネット広告の世界は、AIと相性がいいと思います。
井上:たとえばYDNが調子いいなというのはみんな認識していますし、これからも様々な技術や各部門の知見、クライアントの声などを広告プロダクトの改善に活かしていければと思います。
――井上さんから、今後こうした課題がAIによって解決できないかといった要望はありますか。
井上:たとえば、よくある逆三角形のパーチェスファネルにおいて、ファネルの下のほうはリターゲティングなどの技術改善によりある程度は解決できるようになっています。さらに洗練することも大事ですが、リードを獲得するとか、そもそもパイを広げるといったファネル上部の課題解決策は、まだあまり定石がありません。ターゲティングの精度を上げると、どんどん対象が絞られていく。でもクライアントはそこを広げていきたい。そのちょうどいい落としどころを探したいと思っています。
田島:その点に関しては、質を拡張する、文字どおり「質拡張学習」と呼んでいる技術があります。オーディエンス拡張に似た形で、グループAとグループBとの違いに関する知見をデータから引き出せばいい。それを我々は、人の興味関心が表れる膨大な量の検索データを活用して行うことができます。
具体的には、検索行動の差異を仮説立てに活かしていきます。ユーザーが「これを知りたい」と入力する言葉が持つ情報量はすごく多い。たとえば「猫」と入力するのと「ネコ」と入力するのでは、その意味するところが大きく違う。前者はペットとして猫を飼っている人、後者はキャラクターとしてのネコが好きな人といった傾向があります。このように、その言葉の意味だけでなく、組み合わせや、漢字で入力するかカタカナで入力するかでも、嗜好性やイメージに一定の傾向が現れたりします。自然言語処理の専門家を中心に、そのあたりを今探っているところです。
井上:なるほど。ファネルの上部では、コンバージョンや売り上げといった結果だけでなく、顧客理解の程度やメッセージの質を見る必要がある。そのプロセスにもデータを活用したいと考えています。特に上部にいくほど仮説性が高くなるので。
田島:そういうニーズがあれば、どんどん言ってほしいですね。使えるのがサイト訪問履歴のデータだけだったら、他社も我々もできることは限られますし、差がつきません。どういうデータをどのように使うかが成果を左右するので、今後もヤフーならではのデータを活用して、ビジネスに活かせる知見を探りたいと思います。
本記事は、定期購読誌「MarkeZine」3月号の人工知能特集「AIが変えるランドスケープ」からの要約・転載です。
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