中国のモバイルユーザーは日本よりリテラシーが高い
冒頭、モデレーターを務める百度(以下、バイドゥ)の髙橋氏が、イントロダクションとして中国デジタルマーケティングおよび本セッションに関連性のある6つの数字について解説。
- 6億9,500万人……中国のモバイルインターネット人口/2016年12月時点
- 637万人……1年間の訪日中国人旅行客数/2016年
- 4,091万人……中国における越境EC利用者数/2016年
- 4.1倍増……バイドゥで中国語の目薬(眼药水/完全一致)が検索された数、2011年と2017年との比較
- 3.5倍増……バイドゥで北海道(完全一致)が検索された数、2011年と2017年との比較
- 7年2ヵ月……マツモトキヨシが中国市場でバイドゥを用いてアプローチしてきた期間
かつて中国市場は、法律や決済、物流などの各方面で日本企業が進出するには障壁が高かった。時代は進み、中国マーケットは越境ECや金融(フィンテック)、AIといったグローバルビジネスの本丸(主役)として存在するように。それらを裏づけるインパクトのある数字ばかりが並んだ。
「中国市場の前提として特に共有したいのが、中国のモバイルユーザー数が桁違いな点です。中国はPCの浸透がまだまだな分、デジタル体験はモバイルになります。不便な地域が多く、タクシーの配車や弁当の配達、決済なども頻繁にモバイルが活用されていることから、日本よりユーザー数が多いだけでなく、モバイルのリテラシーが高い状況にもあるのです」(髙橋氏)
続いて登壇者の紹介へ。各社が中国市場やバイドゥとの関わりについて言及した。
最初に紹介されたのが、7年以上バイドゥを使った中国市場展開を行うマツモトキヨシの奥平拓時氏。マツモトキヨシは7年前から中国人旅行客の来店数の多さに着目。バイドゥによる検索連動広告経由のLP(ランディングページ)と割引クーポンを用意し、中国人の訪日旅行客に対して、国内店舗への集客施策を行っている。
「弊社は“考えるよりやってみよう”という社風ですので、トライを続けながら成果を生み出してきました。私たちも初期は小さな数字でしたが、積み重ねることで社内の認識は変えられます」(奥平氏)
訪日外国人の約3割が中国人旅行客!
7年の間には、尖閣諸島問題など、政治問題や為替、季節要因に左右されるタイミングもマツモトキヨシは経験している。それらをどう乗り切ったのか?
「最も大事なのは、長期的にチューニングしながら続けることです。継続があるから、過去の経験則に基づく月次やトレンドが見えてくるのです。望ましくない状況となっても、データ取得のいい機会だと解釈していました」(奥平氏)
次に紹介されたのが、全日本空輸株式会社(ANA)の渡邊勇喜氏。冒頭の訪日中国人旅行者数「637万人/年」は、訪日外国人旅行者数が年間約2,000万人と言われる中で、約3割を占める。中国の航空会社との熾烈な価格競争を前に、どう対処しているのか?
「ANAでは、中国市場でのKPIを中国版ANAサイトでのチケット購入としています。飛行機は豪華客船などと違って、1便あたり200〜250人と限られます。必然的に1席あたりが高単価であるほど成果に直結するので、単価が下落する価格競争には付き合えません。
そこで、中国国内でブランドアウェアネス(企業知名度)を向上させながら、デジタルの直販チャネルを確立させてきました。歴史的には、観光ビザが必要な時代が長く、実店舗のある旅行代理店が伝統的に強い中、今はネット購入比率が約2割に伸びてきています」(渡邊氏)
3人目のヤフー中島氏は、検索広告の責任者である。登壇の背景は、2016年11月末からヤフーがバイドゥと業務提携を行い、ヤフーが「百度リスティング広告」「百度アドネットワーク広告」を販売する総代理店となった。
「ヤフーがバイドゥの広告の日本販売代理店として2017年4月から本格的に販売していく上で、中国市場は、巨大かつ期待するマーケットです。国内では約5,000万人とされるモバイルユーザーに対して、10倍を遥かに超える規模の中国市場は見過ごせません」(中島氏)
中国市場での成功は継続性にアリ
登壇者紹介後の中盤からは、髙橋氏より「中国市場向けの具体的な施策」について各社に話が向けられた。奥平氏からは、マツモトキヨシがバイドゥで行う検索連動型広告の詳細が語られた。
「7年近く、日本旅行や日本の商品に興味のあるユーザーに向けて続けています。中国にサーバーを立てて、中国向けのLPを用意し、LPからクーポン用の印刷ページへの遷移を狙っています。印刷して日本国内のマツモトキヨシ店舗に来れば割引します、というサービスです。訪日観光客向けに翻訳できるスタッフを置くお店がありますが、弊社はその先駆けとして、初期からクーポン施策と連動して翻訳スタッフを常駐してきました」(奥平氏)
「中国市場向けの新たな体制作り」といえる本施策の話に触発された中島氏が、ゼロからの組織づくりに関して追加で質問。すると、奥平氏は次のように語った。
「オープンな会社で、初めの一歩自体は踏み出しやすかった分、インバウンドマーケティングを本格的に見据えた過程では紆余曲折が待っていました。そこで止めずに、地道にコツコツと続けたことで、データが蓄積され、継続の後押し材料となったのです」
一方でANAは、中国との就航が30年以上という長い歴史がある。デジタルでのダイレクト販売が可能となったのは、ここ10年ほどだ。
「ANAも、バイドゥとのやり取りが7、8年。バイドゥのサーチから自社サイトに引き込んでコンバージョン、という流れを築きつつ、ここ近年はブランドアウェアネスを重視しています。というのも、“全日空”と漢字で書くと、全日(すべての時間帯)で空いている、と中国の方には読めてしまうため、機体の全日空という文字をリペインティング(笑)。ANAだけでも何の航空会社かわからないので、タグラインに“Inspiration of JAPAN”を設定し、一緒に記しています」(渡邊氏)
中国人にマッチしたクリエイティブで勝負せよ!
2社に共通するのは、中国事情特有の状況に柔軟に対応してきたことである。それは同様にクリエイティブにも反映される。
「中国以外のグローバルエリアと中国では、ユーザーに対するクリエイティブの刺さり方が異なります。たとえば、ニューヨークのタイムズスクウェアだったら、ダンディなおじさまがANAのビジネスクラスに座るようなクリエイティブのOOHを掲げますが、中国人だと響かないわけです」(渡邊氏)
中国では“日本のエアラインは正確、時間通りに離発着する”という点が受け入れられているからで、その点が伝わるクリエイティブでなければならないのだ。
「要は中国人目線でクリエイティブを作れるかどうかです。スケジュール通りの離発着という点がハイエンドなビジネスクラスの中国人に響き、正確かつ安全、安心のANAという認識を広めたい。価格競争では勝ち目がありませんから。
理想はブランドアウェアネスと刈り取り施策を一気通貫で行うことですが、中国では意図的に分けて考えたほうがいいでしょう。ブランディングとは別に、コンバージョン(刈り取り)施策を進めておき、収益の最大化に備えるべきです」(渡邊氏)
奥平氏も、クリエイティブやコンバージョンへの距離の取り方について、渡邊氏に賛同。マツモトキヨシの場合は、内製化とエージェンシーを使い分けながら取り組んでいるという。
「LPを作り出した初期は、日本のトーン&マナーをベースにしたユーザーインターフェイスで文字だけ中国語にしていると、多方面から中国人向けではないとご指摘が。そこで、日本だと敬遠されそうな、安売りのチラシっぽいユーザーインターフェイスで作りなおすと、まあまあ売れるように好転。分析は日本の本社でやるとしても、中国本土向けに発信するクリエイティブは中国人、中国の感覚がわかる方と分業したほうが得策です」(奥平氏)
中国市場に踏み出すための具体的な工夫について
セッションの後半では、髙橋氏からグローバルでの対応について話を向けられた。ANAは現地(北京)に会社を置く。
「昨年から中国支社に予算がつく編成に変えました。国内本社と中国とで人材交流をしながら、スキルやノウハウを移植しつつ、運用などを北京支社にまかせて、アドオンで行うテストマーケティングは本社の予算で行っています。
フル加速でアクセルを踏むと、すぐに運用コストが消化され予算が尽きてしまいます。近々は地区ごとの最適化を始めたところで、北京のほか上海や杭州は重点地区で強めに、大連や瀋陽などは弱めに運用しています」(渡邊氏)
「日本の検索広告では、運用に用意していた予算をすべてご利用いただくことができないケースが多いのですが、そうはならないのが中国市場の巨大さですね」(中島氏)
あくまで国内のみに店舗を構えるマツモトキヨシはどうか?
「国内だけの組織中心、国内に基盤を置く事業構造だからできる強みを発揮したいですね。たとえば、国内向けと中国バイドゥ向けとの出稿費用はあまり変わりません。それだけ出稿の障壁は高くなく、実施への工数も多くはない。社内で継続的に運用を続けながら知見を貯めていくことが、他社にない武器となるのです」(奥平氏)
モバイルオンリーな中国市場でやるべきこと
残り時間で、中国市場におけるモバイルユーザーの存在感について、各社の見解を述べて閉会した。各社共通のキーワードを挙げるなら「モバイルオンリー」。
「日本だとPC、モバイル、タブレットと揃っているユーザーも多い中で、中国ではモバイルだけのユーザーが大半です。7億近いモバイルユーザーに対して、スマホファーストではなくスマホオンリーという人たちへの最適化が喫緊の課題です。
サーチだとPCよりモバイルのほうがクエリ数で2.5倍も大きいのに、決済のコンバージョンはまだPCが高いままです。今後はモバイルの決済チャネルを大きくするのも課題です。現状は、クレジットカードのほかに、支付宝(アリペイ)や銀聯(ギンレン)といった中国オンラインの決済サービスにも対応しました」(渡邊氏)
「マツモトキヨシでも、PCよりモバイルのトラフィックが多く、PC向けのほかスマホ向けのLPを新たに用意しました。弊社もANAさんと同じで、コンバージョンするデバイスはまだPCが優位です。それとは別に、日本にお住まいの中国の方に対して、中国本土の方向けに作ったクーポンが流通しないことも課題ですね」(奥平氏)
「中国市場を考える際はモバイルサイトからユーザーインターフェイスを組んだほうがいいかもしれない。単にPCサイトを置き換えただけのユーザーインターフェイスは避けたほうが無難です」(中島氏)
2017年は日中国交正常化45周年、2018年には日中平和友好条約締結40周年を迎え、2020年は東京で夏季オリンピックも控える。ここ数年は、両国にとっての節目が続く。髙橋氏からは、バイドゥにアカウントを持つ200以上の日本企業を中心に、節目となる将来を見据えながら、積極的に情報発信とビジネス支援を行いたい旨を結びとし、締めくくった。