記憶より記録、脳内から手の平の上へ
20年以上、商品開発からブランディングまでマーケティングコミュニケーションに携わってきた電通デジタルの深田欧介氏。デジタル時代のマーケティングには、これまでとは異なる新しい選択肢が必要ではないかと語る。マスメディアを中心としたブランドキャンペーン「プランA」とは別のもう一つの選択肢「プランB」だ。その中身について詳述する前に、前提である背景について触れておこう。
深田氏によると、現在、多くの広告主が“手段の四面楚歌”に陥っているという。ソリューションベンダーは様々なツールや手法を提供し、個別に見るとどれも魅力的ではある。しかし、「売上拡大」という大きな目的と「解決手段」の間に距離があり、結局何を選べばいいのかわからないという状態にあるというわけだ。そこで、手段レベルではなく、具体的なアウトプットレベルでゴール像を設定しておく必要性が生じる。
生活者は商品を買っているというより、その商品に対する脳内での自分の理解に対して対価を払っているのだ。そのため、商品に対するイメージを蓄積していくブランディングが重視されてきた。たとえば、差別化の難しいミネラルウォーターのような製品でも、ブランディングによって売上は大きく違ってくる。そして、ブランディングに大きな影響を与えてきたのが、マス広告だ。
しかし、明らかにモノの売れ方が変わってきた。スマートフォンやソーシャルメディアの普及により、人は購買前にまず検索するというスタイルが当たり前になった。マス広告により脳内に蓄積されたイメージよりも、ネット上に魚拓化された情報のほうが大きな影響を与えるというわけだ。記憶より記録、脳内より手の平の上での情報が意味を持つとも言えよう。
マスメディアが不要になるというわけではない。「プランA」というマスを中心としたブランドキャンペーンとは別の選択肢、顧客を中心としたブランドエコシステムである「プランB」も検討すべき時代なのだ。
ブランドエコシスムとは
では、プランBである顧客中心のブランドエコシスムとはどういったもののことだろうか。深田氏によると、「概念的には、生態系の循環システムのようももの。太陽エネルギーのような役割をブランド活動が担うことで、顧客中心の情報発信から消費までの循環を作り出すのがそのゴール像」とのことだ。
その目標は、サステイナブルな売上拡大を目的に、既存顧客との絆を起点に新規顧客を誘引すること。コンテンツアイデアを循環させることで、タンジブルなブランド資産を生み出していく活動ということになる。
「ブランドキャンペーン思考は外から中に招き入れることに力点を置くわけですが、ブランドエコシステム思考ではユーザーとの関係性を起点に、そこから情報を広げていくことに注力します。まず、店舗や商品、コールセンターといった広い意味でのオウンドメディアを関係性づくりの起点として機能させてことが重要。そして、顧客アカウントといった評判を獲得するアーンドメディアに作用させ、アンバサダーや自社の他ブランドなどシェアードメディアで広げていくといった戦い方になります」(深田氏)
ブランドエコシスムの利点は、これまでのただ認知拡大を目的としたキャンペーンよりも、予算的に効率的なこと。また、資産とし蓄積されていくため、継続に比例してマーケティングの効率が上がっていく。名実ともに、フローからストックへの転換となる。
3つのPとC
プランAのマスメディアを中心としたブランドキャンペーンが狩猟のように出向いて狩るようなスタイルであることに対し、プランBのブランドエコシステムは、罠をはって迎え入れるような形だ。そのため、場所・空間の設定というものが非常に強く影響する。
情報を拡散しながら課題を解決してくマーケティングコミュニケーションとなると、つい「バズ」ありきの「コンテンツ」に目がいきがちだが、並行して、あるいはそれ以前に「環境ストラクチャー」についても考えなくてはならない。
深田氏は、環境ストラクチャーの3つの肝となるものを「3つのP」、循環コンテンツの肝となるものを「3つのC」として整理している。「3つのP」とは、「Player」「Platform」「PDCA system」のこと。「3つのC」は、「Context」「Connectivity」「Cooperativity」のことだ。
エコシステムの上で主体を担う人々が「Player」。彼らが活動し、つながる場となる「Platform」。情報の拡散と循環を把握するための「PDCA system」。これが3つのP。そして、3つのCのほうは、ブランド価値を伝え、狙った層に態度変容を実現し続ける「Context」。投下されたコンテンツがターゲットに受け入れられ、参加などの狙った行動につなげるための「Connectivity」。PDCAサイクルにおいて参加意欲を刺激し、ダイナミズムを最大化する「Cooperativity」という内容だ。
具体的な事象で考えみよう。デレク・シヴァーズ氏による『社会運動はどうやって起こすか』(TED)という有名な短い動画がある。一人目の“変わり者”が、あるムーブメントを起こしたとき、最初のフォロワーが重要な役割を担うということをフェスの会場を舞台に示唆したものだ。
このシチュエーションに3つのPとCを当てはめてみる。まず、演奏というコンテンツに“踊れる”という「Context」を持たせることでオーディエンスを“踊り手”として「Player」化することができる。“衆人環視のフェスの会場”という「Platform」が設定されており、かつ「騒いだもの勝ち」というフォローPlayerたちがゆえに“変な踊り”は「Connectivity」を持ち、輪は広がっていった。ここまでは自然に起きた流れだが、もし演者が「PDCA system」を機能させ、“セットリストを変える” という「Cooperativity」を発揮させたならば、この輪はさらに拡がり続けたかもしれない。これが、まさにブランドエコシステムの一つのプリミティブな形を表している。
ブランドエコシスム構築のための小さな一歩とは
では、ブランドエコシステム構築のために、何からはじめていくべきだろうか。まず小さな一歩として、わかっているつもりになっているブランドも多い「顧客理解」が欠かせないだろう。次にその周辺の環境も明確にして、さらには現段階における構造も理解するべきだ。
「それぞれの階層にいるのはどんな人で、何にお金を払うのかを明確にするのが顧客理解です。たとえば商品が水だとして、その人によって、のどの渇きにお金を払うのか、リラックスした時間に払うのか、理由は違うはず。セグメントごとのペルソナやモチベーションを確認します。さらに、エコシステムは人の口コミだけでできているわけではないので、様々なメディアと人との関係性を把握する必要があります。それは純粋な接点や、アセットごとのブランド効果、購買への影響など。最終的には、アズ・イズのカスタマージャーニーの把握にもつながります」(深田氏)
顧客・環境理解のために
電通グループでは、企業の顧客理解や環境理解を支援するために、「People Driven DMP」を提供している。これは、4億Cookieのオーディエンスデータに加えて、各種の電通独自データや、提携パートナーデータを収納した巨大マーケティングプラットフォームである。Web上の行動データのみならず、意識データや購買データ、さらにはTwitterの全量データなども搭載している。
もし、顧客構造やカテゴリーごとのジャーニーが把握しきれたならば、現段階のメディアの作用から投資を検討するという段階に進む必要もあるだろう。電通グループでは、企業のグローバルなマーケティング投資に一貫性をもって対応するため、グループ横断組織「Data2Decisions Japan(略称:D2D Japan)」を立ち上げた。深田氏は、「売上という最終ゴールを対象に分析するMarketing Mix Modelingを進化させメディア同士の相互作用とそれぞれの影響の大きさを推定するため、複数のモデルを組み合わせた『エコシステムモデリング』を開発しました。どのメディアが売上に影響を与えるかを特定し、ROI最大化の策を提示します」と語る。
まるで家を建てるように、計画的に丁寧に
最後に深田氏は、「マーケティングプランナーは、マーケティングアーキテクトへ進化するべき」だと主張した。メッセージを企画するだけではく、情報構造を設計する、いわば建築のような視座に立つことを目指すべきだということだ。そして、「ブランドエコシスムは、指針として大きなもの。内包する手段も多く、複雑なものになります。だからこそ、いきなり大きな建物を建てようとするのではなく、まずは丁寧に、地盤や建材をしっかり調べることが重要で、そして何より住む人々にあわせた住みやすい家を丁寧に考えなければなりません。最初は試験的に建築模型を作ることからはじめてみてはいかがでしょうか。私どもは、設計事務所として、建築会社として、あるいは大工として。皆さまのお手伝いをしていければと思います」と講演を締めくくった。