デジタルは「制御モデル」の一つの形態
EC商品のサイト内検索およびレコメンドエンジンで、各業界のリーディングカンパニーを中心に高い導入実績を誇る旧ゼロスタートは、10月1日に社名をZETAに変更。検索エンジンから“CXソリューション”としてバージョンアップした「ZETA SEARCH」は、導入先企業の年間流通額の合計が7,000億円、扱う年間総クエリ数は300億にも上る。
同時にレビューエンジン「ZETA VOICE」など複数ソリューションを扱う同社の山崎徳之社長は、今回のMarkeZine Dayのテーマである「デジタルファースト」に焦点を当て、「そもそもマーケティングにおけるデジタルとは何かを改めて考えたい」と切り出す。
買ってもらう、行ってもらう、口コミを書いてもらう……。昔も今も、マーケティングは「どうやって人を動かすか」に取り組む活動だといえる。そのとき機能する、人を誘導するさまざまな仕組みを「制御モデル」と山崎氏は表現する。
「こんな広告を流すとブランドリフトする、こういうアフィリエイトが購買につながるなど、何らかの働きかけによって人に動いてもらうのがマーケティングの根本です。デジタルはたしかに魅力的ですが、特別視されすぎてバズワードに振り回されるところがあります。デジタルは、あくまで人に動いてもらう『制御モデル』の一つの形態に過ぎません」(山崎氏)
デジタルコマース=ECと考えるのはもはや誤り
ただし、単にネットが登場してデジタルが活用され始めたころよりも、スマートフォンが一般化した今のほうが、マーケティングに与える影響は大きくなっている。
ネットが出始めた当時は、通信は双方向でも情報は一方向的だった。しかし今、ユーザーからの発信が活発になり、情報も双方向になったため、本当にインタラクティブでリアルタイムなマーケティングが可能になった。さらにスマートフォンは、企業とユーザーとの距離をぐっと縮めた。
つまり、企業はスマートフォンによって「インタラクティブ、リアルタイム、ゼロディスタンス」の3つの大きな特徴を備えた制御モデルを構築できるようになったのだ。
では、コマースにおいてデジタルがどう働いているかを見てみよう。デジタルマーケティングという切り口で考えると、おのずと思考がECに狭まってしまうが、「デジタルはデジタルコマースだけの手段ではない。リアルコマースにもデジタルはとても有効」と山崎氏は提示する。購買のポイント以外にもたとえばリテンション、広告配信などにもデジタルは大きく関わっている。
コマースにおけるデジタルがECという誤った前提で、いまだに「デジタルに予算が割けない」という話も聞かれるが、それはリアルも含めたコマース全体の機会損失につながっていることを認識すべきだろう。「アリババのジャック・マーも『いずれECがなくなる』と言っていますが、“EC”という言葉も次第に意味をなさなくなるでしょう」と山崎氏。リアルとデジタルの融合が進むと、もはやどこで買われたかは重要ではなくなってくる。
すべてをカスタマーエクスペリエンスの傘の下で考える
事実、ユーザーはリアルとデジタルを自由自在に行き来している。それなのに“ビッグデータ”“DMP”“MA”といったデジタルを切り口とするバズワードばかり挙がってくるのはなぜなのか。
山崎氏は、これらをどういう傘の下で理解すれば振り回されないのか、こうした要素を統合する概念はないのかとずっと考えていたという。そして行き着いたのが、カスタマーエクスペリエンス(以下、CX)だ。
CXの中で、たとえばデータというCX向上のための材料に注目したのがビッグデータ。その材料の処理に注目したのがDMP。どういう流れで体験してもらうかという順番に注目したのがカスタマージャーニー、といった形で、CXという概念の中の何に注目しているかをひも解くと、近年のバズワードがどう位置しているかが見てくる。
山崎氏はこうしたバズワードが次々と登場することを「我々ツールベンダーの都合」と解説する。
「CXを向上させるといっても、それは概念なので、強いていえばコンサルティングくらいしか売るものがないということになってしまう。ツールを売るには、何かの一部を切り出して『それを解決する』と提示しないと説得しづらいので、どちらかというと売る側の都合によってさまざまな切り取り方をされてきたわけです。
今日、強調したいのは、ツールを買う企業の側はこの“切り取り方”をいちいち気にする必要は一切ないということ。マーケティングにおけるデジタルとは、CXにおける制御モデルであり、個別の施策やツールが『総合体験としてのCXを向上させるかどうか』を考えていくのが大事です」(山崎氏)
情報の透明性が求められる時代
商品を認知し、検討して購入し、リピートしたりレビューを投稿したり返品したりと、これら個別のユーザー体験のすべてを指すのがCXだ。
これを“向上する”とは具体的にどういうことかというと、「たとえば配送が早いほうが喜ばれる、サポートがしっかりしているほうが安心して買ってもらえるなど、一つひとつはとても些細なことです。ただ、言い換えればそれだけ、本当にすべてのポイントを大事にする必要があります」と山崎氏。
“オムニチャネル”も、上記のような総合体験とも受け止められているが、どちらかというと物流をメインに考えられている。これも、CXにおいて特にモノの流れに注目したものだと捉えると腑に落ちる。
では、CXにおける各所でデジタルが働き、そして冒頭で紹介したように、そこにはスマートフォンによって「インタラクティブ、リアルタイム、ゼロディスタンス」という3つの特徴がもたらされている現状で、企業はどんなことに注意してマーケティング活動を進めていくべきだろうか? ここで、特に検索やレビューというユーザー行動に精通するZETAならではの視点をもって山崎氏が提示するのは、「情報の透明性」だ。
消費者がスマートフォンを手にし、SNSでの発信が格段にしやすくなったことで、近年のメディア構造として紹介されるトリプルメディアにおける「オウンドメディア」と「アーンドメディア」の垣根が極めてあいまいになっている。商品について検索したとき、企業が発信する情報よりも膨大に口コミ情報が出てくる今、それが真実として受け止められても不思議ではない。
消費者が商品の真価を知るのに協力できているか
山崎氏によれば、米国では口コミを確認するためにAmazonを閲覧するユーザーが一定数いるという。あのAmazonもアーンドメディアとしての役割を担いつつあるのだ。日本はまだそこまでではないが、たとえばメルカリで買おうと思っている商品のレビューをAmazonで先に見る、といった行動は思い当たる人も多いのではないだろうか。
ブランド企業のオフィシャルサイトはさておき、少なくともリテールに関しては、消費者から見たオウンドメディアとアーンドメディアの融合は進んでいく。企業もそれを意識しないと消費者の実態とズレが生じ、「今後のコマースにおいて後塵を拝することになると思う」と山崎氏。企業のサイトの記載とSNSなどでの評判が著しく乖離していたら、今の消費者がどちらを信じるかは明らかだ。
「情報の透明性が重要だという指摘を噛み砕くと、『消費者が商品の真価を知ることにどれくらい協力できているか』といえると思います。本当の姿が明らかになってしまう今、それをひた隠しにするのではなく積極的に開示する企業のほうが、今後は伸びていくでしょう」(山崎氏)。
さらに、ここでいう「商品の真価」についても、日々リアルタイムに膨大な情報に接している消費者を考えると「商品の価値は普遍ではない」という重要なポイントが見てくる。
情報のベクトルは「消費者から企業へ」
かつて企業は、価格やスペックといった客観情報に、マスマーケティングによって「このコーヒーはおいしい」「この車は素敵だ」といった画一的なイメージを上塗りして消費者に接触してきた。
しかし、他人の口コミがすぐわかり、売上ランキングや返品率もリアルタイムで可視化される今、商品の本質的な価値も刻々と変わっていくと捉えるのが自然だろう。以前は企業から消費者へ向いていた情報のベクトルは、「消費者から企業へ」と、逆方向になりつつあるのだ。
これは、ZETAが得意とする検索やレビューの領域を見てもよくわかる。検索行動は極めてインタラクティブ性とリアルタイム性が高い。レビューはリアルタイム性こそ薄いものの、次なる誰かの購買行動に大きな影響を及ぼす。
たとえば、米国でのある調査によると、レビューが0件から1件になるとセールスが10%上がり、30件になると1.5倍、50件になると2倍になる。また、50件の評価の平均が4.0点の商品より、100件の平均で3.5点を獲得している商品のほうが売れるという(※)。
※出典:『The impact of customer reviews and ratings on conversion rates』、Smart Insights
「こうあってほしいというマーケティングはもう通用しません。逆に、消費者がどう感じているかを起点に、『真実を見てください』という意志をベースにしたマーケティングに切り替える必要に迫られています。これが商品の本質的価値における情報の透明性であり、CXという今後ますます大切になる概念を前提にデジタルを活用する際の大きなテーマになると思います」(山崎氏)