理性でなく感情脳に訴える
本稿では、『もうモノは売らないー「恋をさせる」マーケティングが人を動かすー』を紹介します。
はじめに、同書はコカ・コーラの全世界統括マーケティング・ディレクターを務めたハビエル・サンチェス・ラメラス氏が、マネージャーのミスを減らし、自身の経験から学んでもらうために作成したパワーポイントの資料から誕生したものです。後に各方面からこの資料を共有してほしいと頼まれるようになったため、同氏がワードのドキュメントとしてまとめ、随時アップデートしてきたものが同書の起源となっています。
そんな同書の中で大きくテーマとして掲げられているのが、商品に「恋をさせる」ということ。序盤では、最適なマーケティングに欠かせない組織とリサーチについても解説されていますが、大きくは消費者の理性ではなく感情脳に訴える方法について重点的に書かれています。
消費者はオピニオンリーダーに恋をする
「恋を生む対話のレッスン」として、同書では顧客と有意義な関係を築くために必要な9つのルールを解説しています。その中で印象に残ったのが「自分のことばかり話さない」というもの。以下は、その冒頭の文章です。
成功するブランドは現在の消費者ではなく、未来の消費者に話しかける。よい会話のポイントは、まず“聞く”こと、そして“答える”ことだ。
また、同氏は「すべてはインサイトから始まる」「人はオピニオンリーダーに恋をする」とも主張しています。
アトランタのワールド・オブ・コカ・コーラ博物館では、コカ・コーラのブラドの歴史に触れることができますが、その歴史からコカ・コーラが実際に世界のオピニオンリーダーであったことがわかるそうです。下記はこれを証明する、コカ・コーラの代表的な取り組みです。
1910年、コカ・コーラは美しく着飾った女性がカフェでコカ・コーラを飲んでいる姿を描いたポスターを発表しました。現代だと特別な意味をなさないポスターですが、女性の投票権すら認められていない時代に掲げられたこのポスターは女性の解放に貢献したものだったと言います。
また第二次世界大戦中には、世界中のアメリカ兵にコカ・コーラを5セントで届けることを約束。さらに戦後の1969年には黒人と白人5人の若者がベンチでコカ・コーラを飲んでいるビルボードを制作します。前年の1968年、コカ・コーラ本社の近隣に住んでいたマーティン・ルーサー・キング・ジュニアが暗殺されており、当時壮絶な人種差別が繰り広げられていたアメリカ南部の企業としては、これは大きな試みだったのです。
このように社会や文化、人々の喜びや不安に心を開き、オピニオンリーダーとしてはっきりとした態度を示すことの重要性を、同氏はコカ・コーラの歴史を例に説明しています。
ちなみに“聞く”ことの重要性に加え、同書の最後には「コミュニケーションは最後で良い」との説明もあります。なぜなら、マーケティングへの投資が上手くいくのは、製品やブランドに関するほかの全ての要素が正しい時のみであるから。同氏はこの点を決して忘れてはいけないと言います。
同書の特徴は、これらの主張が同氏の経験に基づいたものであることです。莫大なマーケティング予算を有するコカ・コーラならではのマーケティング施策ももちろんありますが、同氏のメッセージは基本的であるため共通性の高いものだと感じました。特にBtoC企業のマーケターにおすすめの書籍です。